旧友の存在を知り

 奇襲をかけた私と、それにうっとりしている領主。

 領主を守るために、周りの兵がジリジリと近づいてくる。


「あ、リルフィさん、大声を出す失礼をお許しになって。——兵たち、下がってよろしくてよ!」


 それに気づいた領主の一声で、周りを囲む兵があっという間に散っていった。

 私が魔剣を突きつけているのにも関わらず、堂々とした様子だった。

 脅しがいのないものである。


 兵を下がらせたあと、領主は両手をあげて無害をアピールする。

 命乞いかと思えば、その目線はものすごくしっとりしていて、こちらが少しでもスキを見せれば抱きついてきそうな感じ。

 刺してきそうなのではなく、抱きついてきそう。

 ちっとも人質らしくない。

 そこで私は、すっかりやる気をなくしてしまい、剣を下ろした。


 どうせワナだとしても、この距離なら一太刀で領主をトばせる。

 警戒だけは忘れずに、流れに身を任せることにした。


 指名手配犯が生きていたとなれば、事情聴取のために来ていた女商人と門兵はお役御免。

 その場でバイバイして、私たちは領主の館に招き入れられた。


「リルフィさん、私のことは覚えておいでございます……?」


 歩きながら、すぐ横にいる領主に問われる。

 いつもエリスかアリアがいるポジションが、領主に取られてしまっていた。


「全く知りません」

「んまっ」


 見たところ、歳は近いかも。

 大人というには幼い顔立ちで、子供というには着飾りすぎている。

 首元を覆うヒラヒラでフワフワなレースのリボンが第一印象で、その下には金色の刺繍が入った分厚くて真っ赤なドレス。

 ウェーブかかかった明るい茶髪が揺れるたび、ドギツイ香水の匂いがするから、もうちょっと離れて歩きたいものだ。


「こちらのお部屋で待っていてくださいませ。お茶の準備と、身なりも整えて来ますの」


 客間に通され、私たちがふかふかのソファに腰掛けるのを待って、領主が席をはずす。

 完全に無警戒だ。

 私たちが多少暴れたところで、鎮圧できるほどの防衛設備があるのだろうか。

 不気味すぎて、無闇に動けない。


「たぶん、ワナじゃないと思う。わたしたちをはめるための準備時間なんて、なかったよね」


 私の不安を察したアリアが、ひとりでに答える。

 それはごもっともで、この屋敷に来たのは、奇跡が重なった結果だ。

 私たちの近くを歩いていた商人を襲ったのは偶然。

 検問で兵士が商人を領主の屋敷に送ったのも偶然。

 現にこうして接待の準備もできていないのだから、ワナを張るのなんてもってのほか。


 考えすぎなのかな。


「アリアはあの領主のこと、知ってる?」

「しらない」


 アリアも知らないとなれば、アリアと出会う以前の知り合いか。

 ノーザンスティックス領のお隣だし、魔法学校に入る前に遊びにきたのかも。

 でも、その時のことなんて、小さすぎて覚えてないぞ。

 本人に直接聞く方が早いと判断して思考を放棄する。

 久しぶりのソファの感触を堪能することにした。


「——お待たせしましたわ。リルフィさん」


 ただでさえキツイ香水の匂いが、さらにヒドくなった領主の再登場。

 化粧も一段と濃くなっており、禍々しい赤のリップが嫌悪感をかき立てる。

 そしてこれから社交場に行くのかとツッコミたくなるような、金銀宝石を散りばめたギラギラドレスを身にまとい、私たちの目を悪い風に刺激する。

 さっきのままでよかったのに!


 領主の後ろから使用人が現れ、ティーポットとカップを人数分並べていく。

 それもよく集中しないと、使用人の姿が領主のインパクトに覆われてしまう。


「こちらの紅茶、アール領から取り寄せた、アールレッドを使用していますの。香り高く癖のない、とっておきの茶葉ですわよ」


 ティーポットから注がれる紅茶。

 ご自慢の香りがただよって来そうだけど、香水に全てかき消されている。


「さあ、冷めないうちにどうぞ」


 領主が早速カップを手に取り、一口飲み込む。

 こちらはエリスが毒味役を買ってくれて、大丈夫と判断されたカップを受け取って液体を口に含む。


 あー。

 クセしかない領主が視界に入っているせいで、味がわからない。

 そもそも冒険者生活が長かったから、私の舌もだいぶ貧相になっているかもしれない。


 一気に飲み干して、本題に入ろうとした。


「おほほ、気に入っていただけたようですのね」


 私の仕草をひとつひとつ眺めて、うっとりしている領主に、自分が見世物になった感覚におちいる。

 相手のペースにのせられないように、咳払いをして空気を整えた。


「領主さん、私のことを知っているようだけど、何者?」

「ぐっ……! 本当に覚えてなさらないようですわね……」


 まったく知らない。

 こんな衝撃的なひと、一度見たら忘れたくても忘れられないだろう。

 領主はアリアの方に視線をやり、恐る恐るといった様子で口を開く。


「そ、それでは、ア、アリア様は……?」

「え? しらないって」

「んまぁっ!」


 絶対ありえないけどエリスなら知っているかもしれない。

 ほとんど0の可能性にかけてエリスの方を見ると、彼女は窓の外の雲を目で追っていた。


「ソフィア・グロサルト……。ここまで言えばおわかりになると……」

「聞いたことない」

「しらない」


 向こうはアリアのことも知っているようだから、やっぱり魔法学校時代のひとかもしれない。


「私、ソフィア・グロサルトは、リルフィさんとアリア様の元クラスメイトですわ……」


 ほーら当たった!

 心の中でガッツポーズを決めて、アリアの様子をうかがう。

 本気で意味わかんないという表情をしていた。


「……お二人が学園を飛び出して、魔法学校は休校になり、私はこのグロサルトに戻って領主業を継ぐことになりましたの」


 手配書にのっていたアリアの罪状は大量虐殺。

 意外と行動派のアリアは、私を退学させるために裏で色々やんちゃしていたっぽい。

 おてんば姫の暴走により、学園は再起不能なまでに破壊し尽くされたのだ。


 ひと昔前にそのことを知っていたら、アリアが怖くなって逃げ出したかもしれない。

 でも今となっては私も似たようなものだ。


「手配書が張り出された時は、驚きましたわ……。でも、私はリルフィさんの無実を信じております。いえ、たとえリルフィさんが重罪人でも、私のこの恋心は変わりませんの……!」


 身に覚えのない好意にあてられて、心に重石がのしかかる。

 とはいえ、私たちが捕まらないのは、領主が私たちをよく思っていたから。

 ならばヘタに否定しないようにガマンだ。


「幼い頃よりリルフィさんと、なんどもお話をしましたのに……。覚えておりませんの……?」

「ちょっと待って、思い出してみる」


 目をつむって遠い過去の記憶を引っ張り出す。


 入学当初。

 ひとりぼっちの私の席に、アリアが登場。それと有象無象。

 2年次。

 魔法を習い始めの時、なかなかできない私に手取り足取り教えてくれるアリア。それと有象無象。

 3年次。

 遠足で王城見学をする日、風邪をひいて休んでいるアリアと、看病する私。たまに訪問者。


 …………。


 それ以降の記憶を思い返しても、アリアしかいない!

 もしかしたら、視界の端にソフィア・グロサルトがいたかも。

 お貴族さまの社会に興味がなさすぎて、その他のひとの存在はまったく認知していない。

 こりゃまいったね。


「……そんなことより、私たちが身を隠してこの街にやって来たのは、ある理由があってのことなんだけど」

「ちょっと、覚えていないからって、話を逸らさないでくださいまし!」


 強引に話題を変えすぎて、領主の不興を買ってしまった。

 どうしよう。


「……ちっ」


 おおっと?

 隣からお下品なSHITAUTIシ・タ・ウ・ティが聞こえてきたぞ?

 アリアの威圧で、一転してソフィアさんがしゅんと、うなだれてしまった。


「あ、あの、うるさくして、申し訳ございませんの……」

「ん? なんのことかなぁ?」


 アリアとソフィアさんの会話。

 これぞまさしく学園での上下関係を示しているのだろう。

 そしてこの光景には、見覚えがある。

 魔法学校で有象無象が私に話しかけてきた時のアリアがこんな感じだった。

 アリアの凶暴性に気づいていなかった昔の私ってば、鈍感〜☆


「リルちゃんが話したがってるでしょ。ね、リルちゃん」

「あっはい」

「リルフィさんの話をさえぎって申し訳ございませんの……」


 魔法学校にいたときのアリアの偉大さを思い知る。

 おそらく学校中の人間が、アリアの支配下にあったのだろう。

 一声でこんなにもひとを動かせる権力を持っていたのだ。

 学園から抜け出してから、思い通りに事が進まなくなって、アリアが自信喪失してしまうのもムリはない。

 今はアリアの発言力に感謝して、やっとのことで本題に入る。

 微妙な空気になって切り出しにくい。


「じゃあ、話します。……実は私たち、王の遺産を集めてて、えー、それがここにあると、こちらのエリスが言っていまして、ですねえ」

「……うん、ある気がするよ」

「あ、このエリスは王の遺産のひとつで、魔剣エリスフィアの精霊なんです……」


 アリアの作り出したいたたまれない空気のせいで、冴えない営業トークになってしまった。

 相手がしょんぼりしているから、話が盛り上がらず、喋る自信がなくなって語尾が消えていく感じ。

 あの賑やかな女商人に冗談のひとつでも飛ばしてほしくなる。

 連れて来ればよかった。


「それで、グロサルト領で管理している王の遺産を、ゆずってほしいな、と……」


 ダメと言われればチカラずくで奪い取ることになる。

 死にたくなければわたせ、と下衆な盗賊のようなセリフに言い直そうか。


「わかりましたわ」


 グロサルト領主から、あっさりと肯定の言葉が。

 元・同級生効果なのか、私に向いている重い好意からか。


「王の遺産とやらがどういうものかわかりませんが、リルフィさんのために、探し出してみせましょう!」


 自信満々の割に、頼りない回答だった。

 ……よくよく考えると、王の遺産の存在は王族だけが知る情報だ。

 各地方の貴族は王の遺産の管理をしているけれど、管理者自身、それが王の遺産であることを知らない。

 魔剣エリスフィアもそうだった。

 加えてこの領主、私たちと同い年ということは、まだまだ新人領主だろう。

 ここに守るべきものがあることすら認知していない様子だ。


「とりあえず、お母さんに聞いて、屋敷を探し回ってみますわ! その間、最高級の宿を用意しますので、リルフィさんはゆっくりお休みになっていてくださいまし!」


 領主ソフィア・グロサルトは上機嫌に、使用人を呼び宿の手配を命令した。

 待ち時間の間、ソフィアさんはこっちが本題と言わんばかりに、趣味のことや仕事のことなど、バリエーション豊かな世間話を披露する。

 今度こそ領主の機嫌をそこなわないよう、私は笑顔を貼り付けて聞き流していた。


 ————。


 慣れないふわふわソファに長時間座って、腰が痛くなる頃には、窓から見える空がすっかりオレンジ色に染まっていた。


「——どうでございましょう! 私のこと、思い出していただけましたか! いえ、忘れたままでも構いません。今からでも、私の素晴らしさを理解していただければよいのです!」


 あくびが出た。

 返事をしなくても話し続けるものだから、BGMとして聞いていた。

 内容はまったく覚えていない。

 質問されたら答えられないぞ。


 もし返答を間違えたら一気に心証を悪くしてしまうかも。

 少しの焦りを感じていると、誰かがドアをとんとん叩く音。

 領主がそれを出迎えに行ってくれたから、なんとかセーフ。


「あ、宿が用意できたみたいですわ」


 それを聞いて、すぐに立ち上がる。

 勢いで思わず背伸びまですると、今までの疲れが抜けていくように気持ち良かった。

 貴族社会ではかなり無礼な態度だけど、ソフィアさんはニコニコしていたから大丈夫。


「実は、王女の名をかたる不審者に、一等客室を占領されていたらしく、追い出すのに時間がかかってしまったみたいですの」


 アリアとエリスも立ち上がり、場の雰囲気はお開きの流れに。

 今日は笑顔を作るばかりの作業で、歩いているより疲れた。

 敵地の中で油断は禁物なのに、今日はぐっすり寝てしまいそう。


「おかげでリルフィさんといっぱいお話……いえ、リルフィさんを長らくお待たせしてしまって、本当に申し訳ございませんでしたわ」


 そんな嬉しそうな顔であやまったって、喜びしか伝わってこないぞ。

 領主のニヤニヤ顔に見送られながら、私たちは客間を後にする。


 そこからは使用人に先導されて、屋敷の庭で馬車に乗せられ宿へ。


 着いたのは冒険者が泊まる安宿とは違う、見た目からして豪華な建物だ。

 石造りのがっちりとした建物には、呼吸の音すら筒抜けの薄い壁なんて存在しないだろう。

 丸い形や四角い形を奇妙に積み重ねている割に、石の継ぎ目がまったく見えず、一つの芸術をなしている。


「……ここに泊まるの?」


 普段生活する環境とはあまりにも違いすぎて、目が回ってしまいそうだ。

 おかしいな、これでも私、貴族だよ。

 野宿と安宿に慣れすぎて、地面が硬くないと眠れんぞ。


「リルちゃん、はやく行こ?」


 私が建物の前で怖気づいている一方で、グロサルト家の使用人は入口の前で静かに佇んでいた。

 アリアもエリスも、とっくに前に進んでいる。

 どうやら感性が貧乏になっているのは私だけのようだ。


「今行くよ」


 ふたりの様子を見るに、領主の施しを受けることには反対していないらしい。

 いまだにワナである可能性に警戒をしてしまうけど、ここはみんなを信じよう。


 宿に入ると、案内人がグロサルト家の使用人から宿の従業員へバトンタッチ。

 きっちりと着こなした給仕服の女性が、ムダのない所作で先導してくれた。



 ——与えられた客室はこれまで見たこともないような、ワンフロアを丸々使った貸切部屋だった。

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