魔物は魔物らしく

 そこらへんで捕まえた女商人の荷馬車に乗り、見事街の検問まで近づくことができた。

 あとは検問を突破するだけで、晴れてグロサルト領の街。

 帆で覆われた荷馬車に隠れている私たちは、外の情報を音で把握することしかできない。


「……あ、検問には二人の兵士がいて、片方が通行証、もう片方が荷物のチェックをしているんだなー」

「恩人さん恩人さんなんでそんな説明口調なの?」


 外からエリスと女商人の会話が聞こえる。

 おかげで検問の様子がしっかり分かったぞ。


「止まれ」


 男の声がすると、馬車の速度がゆるまった。

 御者台から商人が降りる気配と、兵士が近づいてくる気配。

 魔剣による身体強化で、感覚が鋭くなっているから、ひとの動きが目で見ているみたいに分かる。


「通行証を」

「はいこれです」


 そのやり取りの間にもうひとりの兵士が、荷馬車の後ろに回り込んできた。

 たれ下がった帆布がめくられて、中があらわになるのだが、そこに私たちはいない。

 ミドリンゴが入った箱の奥底に、私たちは隠れている。

 アリアと私が横になっている上に、いっぱいのミドリンゴを被せているから、覗かれても大丈夫。


 密着しているアリアが、さっきからハァハァ言っているのを聞こえないふりして、兵士の動向に集中する。

 ねえアリア、足を私の股の間に入れないで。


 兵士が荷台に乗り込んで、荷物をひとつひとつ確認し始めた。

 とは言っても、ほとんど形だけの作業になっており、ちょっと見てすぐ終わり。

 私たちのいるミドリンゴ箱も、なんなく通り過ぎていった。


 荷物検査はクリア。

 あとはひとの方だ。


「——この者の通行証が無いようだが?」

「そ、そうなんです聞いてくださいよ兵士さん! この近くで、あの最低最悪の凶悪犯罪者、リルフィ・ノーザンスティックスとアリア・ヴァース・C・C・エルフィードに遭遇してしまって!」


 アリアと私の名前が並べられるのが、ちょっとうれしい。

 肩書きを気にしなければ、仲良しふたり組みたいに聞こえる。


「エルフィード史上最低最悪の極悪人に襲われていたところを、この方に助けてもらったのです! 凶悪犯を華麗な剣さばきで成敗してくれましたs!」

「……ふふ」


 国家犯罪者をとっちめたことに、商人とエリスが盛り上がっている。

 それに対して兵士の方は、そーなのかやったーと喜ぶ雰囲気ではない様子。

 なにか問題でもあるのだろうか。


「ちょっと待て、殺したと言ったか? ……リルフィ・ノーザンスティックスを」

「その通りです! この恩人さんが一太刀で、ズバッとやってくれました」


 ズバッとはなっていなかったでしょう。

 女商人は一体何を見ていたのか。


「手配書には、殺害は禁ずる、と書いてあるのだが……」

「え゛っ」


 国が出した手配書に書かれていることは、絶対に従わなきゃならない。

 法律の条文と同じ効力を持っているのだ。

 強制力を持ったその紙に書く文字は、誤解のないように、慎重に選んだ言葉。

 そんなものに「殺害を禁ずる」と書くのは、深い理由があってのことだろう。

 私を追ってきたエルフィード軍も、アリアはどうでもいいような扱いで、私を殺さず捕まえようとしていた覚えがある。

 両親やエリスの言う「王家の血」が私に流れていることと、関係があるの?


「こ、こいつがやったんです。商人はなにも悪くありませんっ!」

「……ひどい。ボクはキミを助けただけなのに」


 自分が不利になるとわかった瞬間、命の恩人を兵に突き出そうとする女商人。

 女商人がエリスを馬車から下ろそうと腕を引いているのか、馬車が小刻みに揺れる。

 告発されながらも、エリスは堂々と御者台に座っており、頼もしいことこの上ない。

 そこに兵士も駆けつけてきて、エリスに事情聴取することにしたようだ。


「お前が殺した人間の、死体はないのか?」

「……あいにく、死体を集める趣味はなくてね」

「そ、そうですよ思い出しました! 死体がひとりでに消えていたんですよ兵隊さん! つまりヤツラはまだ生きている可能性がある! 商人も恩人さんも悪くないんです!」


 はい、死体はここにいまーす。


「うーん……死体がなければ本当に手配犯を仕留めたのかわからないのだが……」

「仕留めてないんですよー? つまり商人はなにも見ていないのと同じでーす。通してくださいー」


 厄介ごとに首を突っ込みたくないという気持ちが、商人の言葉の節々から漏れている。

 しかし、私たちに目をつけられたのが運の尽き。

 そう簡単には逃げられないぞ。

 ほら、兵士もそう思ってるよ。


「この件は、検問の兵程度には判断しかねる。領主様に報告に上がるぞ」

「りょ、領主……」


 商人は絶望に飲まれた……と思いきや。

 領主の単語が出た瞬間、商人の動きが機敏になった。


「やったー! 領主様に会える! ばんざーい! ばんざーい!」

「うむ。精進せよ」

「領主様! ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」

「それでは行くぞ」


 あんなにもしぶっていた商人が、領主の元に行けると聞いただけで、こんなになってしまうなんて。

 グロサルト領の領主は、よほどの人格者か、商売のカモか。


 こちらとしても、王の財宝を持つ領主に近づけるのは、願ったり叶ったり。

 途中でこそこそ降りる必要もなくなった。


 商人が再び御者台に乗り込んで、馬車が動き出す。

 兵士の引率のもと、次に向かうは領主の館である。




・・・・・・・・・・・




 馬車の揺れが、舗装された地面の上を進むものに変わり、周りの空気も賑やかになってきた。

 これなら多少は音を立ててもバレないだろう。


「リルちゃん」


 それを悟ったアリアが、唐突に話し出す。


「これまでの旅で、わかったと思うけど」


 アリアが私の股の間に潜り込ませている足を、より深く差し込んできた。

 上に積まれたミドリンゴのせいで動きづらいというのに、私の体が抱き寄せられ、耳元でささやいてきた。


「エルフィード人はみんな、本能的にリルちゃんをもとめるの」


 アリアと接しているところが熱くなっていく。

 ここ最近、エリスもアリアも必要以上にくっついてくるのは、今アリアが言った通りのことだろう。

 単なる好感では説明のつかないような、鬼気迫るものがある。

 これまでの旅でも、妙に他人が寄ってくることがあった。

 決まって私に狂気の瞳を向けてくるのだ。


 エルフィードに住むイキモノはそういうものだと、なんとなく理解していたことが、実際に言葉にされた。


「魔物が人を襲うのといっしょ。エルフィード人がリルちゃんをもとめるのは、当たり前のこと。魔力をもつニンゲンほど、リルちゃんに強く惹かれる」


 我慢できないといった様子で、強引に唇が塞がれる。

 アリアに食べられてしまうんじゃないか、という勢い。

 身をもってアリアの言葉を、アリア自身が証明している。


「……んっ。守ってあげる。わたし、リルちゃんをエルフィード人から、守るの」


 アリアを守って国外に逃げていたのが、今度は立場が逆転だ。

 その決意が、アリアが私をもとめる力強さに乗って、伝わってくる。

 私はアリアのする行為を、じっと受け入れていた。


「はぁっ、今のリルちゃんは、いろんな人に裏切られて、虐げられて、すごく不安定。わたしがしっかりしないと、リルちゃんが泣いちゃうから」


 そんな風に見えていたのか。

 知らない間に、アリアに余計な心配をかけてしまったようだ。

 アリアが悪いことを考える必要がないように、しっかりしないと。


「そんなこと考えちゃ、だめ」


 アタマの中を読まれたように、すかさず注意される。


「わたしも、成長するんだよ。今度は、リルちゃんが悲しまないように、もっと頑張って、もっと幸せになって、リルちゃんの全てを、手に入れる——」


 宣戦布告。

 薄暗い箱の中、アリアの瞳が、だんだんと、よく見知った濁りを見せる。


 背筋にぞわりと寒気がして、私はこれから何をされてしまうのだと不安感を覚える。


「前回は失敗だったんだよ。わたしが一人で先走りすぎて、失ったものばかり。なんでだめだったのかもわからなかった。でも、ちゃんと学んだの。わたしたちはニンゲンで、周りにもニンゲンはいっぱいいて、リルちゃんと違ってわたしには王の遺産なんてないから、ちっぽけな魔法でいっぱいいるニンゲンを消すことができない。リルちゃんは荷物みたいに、なにもできないわたしを運んで、わたしはリルちゃんが喜ぶように、アリアを演じていた。ずっと欲しかったリルちゃんとわたしだけのセカイを、叶えることができたんだと思った。でもちがう。やっぱりわたしは、リルちゃんのもっと深いものが、ほしい。リルちゃんに守られるだけじゃなくて、わたしがリルちゃんを守って、リルちゃんもわたしも、どっちかがいなくなると精神だけじゃなくて、肉体的にも死んじゃうような、そんな深い深い関係がほしい。リルちゃんもそう思うでしょ?」


 それは今までの旅路の否定だ。

 アリアが好きと言ってくれたことも、私がアリアを好きと言ったことも、全てなかったことにして、一からやり直す、ということ。


 ——今の私も、もう一度アリアに愛を誓えるだろうか。

 もちろん、これまでの人生は、アリアに捧げてきたものであり、アリアと離れることはないことだと思う。

 現にこうして、抱き合ってもいる。


 でも、今すぐ愛を誓えるかと言ったら、考えてしまう。

 うしろめたさ。

 私がアリアを求めていいのだろうか。

 そういう負の感情から生まれる、ビミョウな関係。


 アリアと距離が空いていた時間が、長すぎたのだ。

 動かないアリアを前に、いつの間にか気持ちが変わっていた。

 言葉を選ばずに表現すれば、自分を慰めるためのオモチャとして見ていたのかもしれない。


 アリアにそれを、見抜かれた。


 エルフィードから出る旅は失敗。

 出会った仲間たちとは散り散りになって、故郷も失って、悪いことだらけ。

 わざわざ辛い思いをして国外に逃げるのではなく、はじめから国内で生き延びる方法を見つけた方がよかった。


 それは間違っていないことだけど、認めたくない。

 全部がムダだったと割り切ったって、なにも戻ってこないのだ。


 でも。


「……そんなこと言わないでよ」


 今のアリアは、少しでも触ると爆発するような危険な状態だ。

 だけど、認めたくなくて。

 思わず言い返してしまった。


「ふふ。ふふふふふふふふ」


 赤い瞳が静かに笑う。


「だいじょうぶ。わたしはもうだいじょうぶ。リルちゃんの怒りも不安も、ぜんぶ伝わってくるよ。うんうん。そのとおり。失敗って言っちゃったけど、無駄ではなかったんだよ。だってわたしは、こんなにもリルちゃんの感情が理解できるようになったんだから。そうだ、エルフの里でわたしがやったこと、覚えてる? 『リルフィさま』の事情も、エルフの事情も考えず、わたしがエルフを皆殺しにして、リルちゃんを独り占めしようとしたこと。それでエルフに返り討ちにあったこと。あれは最悪だったよね。そのあともわたしは、リルちゃんに迷惑をかけてばかりで、学園からリルちゃんを連れ出した意味が全くなかったんだと気づいた。エルフィードの外で眠っている間にね、最初の失敗から今までのことを、ずっと考えていたの。どうしてうまくいかなかったのか、リルちゃんを悲しませてしまったのか、わたしがどう動けばリルちゃんの力になれたのか。それでね、わかったんだよ。成長したんだよ。だからリルちゃんはもう、なにも心配しなくていい。わたしに気を遣わなくても、ちょっとのことじゃ傷つかない。だいじょうぶ。リルちゃんはなにもしなくていい。わたしはリルちゃんの全てを、リルちゃんはわたしの全てを手に入れて、境目がわからなくなるくらいになって、最後には一つになるの」




 ——アリアの紅い瞳に、深く深く、吸い込まれていく。

 

 しかしその感覚は、馬車のひときわ大きな振動で解除された。


 乗っていた馬車が止まり、私は隠れていたことを思い出す。

 アリアの目から視線を逸らし、動くひとの気配を探るのに集中を持っていく。

 御者台から商人が降り、エリスが降り。


「あ! 領主様! わざわざこの商人のために出向いてくださるなんて恐れ多い!」


 商人の言葉の後に、新たな人間の気配がもう一つ、こちらに接近してきた。


「進捗は?」

「はい領主様! 本日も誠心誠意、労働させていただきました!」


 領主と思しき女の声がかかると、商人の気配が移動する。

 荷台を覆う幕が開けられて、私たちが入っている箱が引きずられた。


「うーわ! このミドリンゴ箱、こんなに重かったかな!? 恩人さん手伝って!」

「……なんでボクが」


 ふたりの人間によって、私たちが入った箱が持ち上げられる。

 ひときわ大きな揺れが起こると、陽の光が果実の隙間から差し込んできた。

 馬車から搬出されたらしい。


 そして、少し移動したところで地面と再会。


「領主様! こちら献上品になります! 旧ノーザンスティックス領に、良い果実が実っておりましたので! これをグロサルト領が独占いたしましょう!」

「よろしくてよ! よく頑張りましたわ! 辛かったでしょう! もっと頑張れば、いつしか立派な商人になりますわ!」

「はい! 領主様! ばんざい! ばんざい! ばんざーい!!」


 うるさい。

 向こうが勝手に盛り上がっている間に、エリスの静かな足音がこちらに向かってきた。


「……もう、外に出ていいんじゃないかな」


 上から声がかかり、ついにその時が来たのだと、胸の鼓動が早まる。

 外に出れば、おそらく戦闘が始まる。

 一気に領主を拘束して、その一方で周りの敵を無力化。

 領主に王の遺産のありかを聞き出して、ここでの仕事は終わり。


 アリアとタイミングを合わせて、外に出る。

 合図のため、他のところに向いていた意識が、再びアリアの方へ向いた。


「……ふふっ。いつでもいいよ、リルちゃん」


 その表情は、普通のアリアのものに戻っていた。

 でも、またあの光のない瞳で、淡々と迫られるのが怖くて、声が出なかった。


「それでは、早速このミドリンゴをいただいてみましょう」


 と、領主の意識がこちらに向けられた瞬間に。

 私たちの上に乗ったミドリンゴを、思いっきり手で払いのけた。


「——なんっ!?」


 領主がのけぞり、その間に私たちは箱から抜け出す。

 思い描いていた通りに、すかさず領主の元へ距離を詰めて、魔剣を首元に突きつける。


「ぎゃー! リルフィ・ノーザンスティックスッ!」


 商人が叫ぶと、兵士たちがぞろぞろと駆けつけてきて、私たちの周りを取り囲んだ。


「あ、あ、あ」


 領主の顔が青ざめて、白く色が抜けて、次第に赤く変化していった。

 ……ん? 赤?


「リルフィ、さん……」


 凶器を突きつけられているのに、領主は恐怖していない。

 その表情はみるみる崩れていき、瞳が潤んで、よく見たことのある表情へと変化していった。

 ああ、これは……。


「ずっと前から、お慕いしておりましたの……」

「……はぁー」


 自分の殺意が、急にバカらしくなってきて、力が抜けてしまう。

 アリアに後ろから肩を叩かれ、励まされる惨めな私。

 そしてアリアはもう一度、私に確認を取るように語る。


「エルフィード人はみんな、本能的にリルちゃんをもとめるの——」



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