この現実を再認し
屍の山から点々と続く謎の魔物の足跡をたどって四日ほど。
正体不明の足跡を頼りにするのはどうかと思ったけど、エリスがその方向に王の遺産があるというから、仕方なくしたがったのだ。
魔法のおかげで飲み水も確保できるし、食べ物も手に入る。
生きるのにはまず困らない旅路を進み、エリスの言う通り、グロサルト領が見えてきた。
「ほんとうにあったねー」
おお、アリアが喋ってる……!
アリアが目覚めてからだいぶ経っているが、アリアが喋っているところも、しっかり自分の足で歩いているところも、ぜんぜん慣れない。
なまのアリアの声に感動して、目から涙が出てきた。
思わず抱きしめた。
「ちょっとリルちゃん! なんでそんなに泣き虫さんなの!?」
「ア゛リ゛ア゛ほ゛ん゛と゛う゛に゛生゛き゛て゛る゛ぅぅ?」
アリアの胸元にぴったり顔をつけているせいで、この世の生物ではできないような発音になってしまった。
「よしよし。リルちゃんが生かしてくれたわたしは、ちゃんとここにいるよ」
「あ゛〜〜!!」
その細腕でそっと頭を撫でられ、私は言語まで失ってしまった。
夢のようだ。
きっと目が覚めたら雪国のベッドに違いない。
そうだ、絶対そうに決まっている。
今のうちにアリアを堪能しなくては。
「ア゛リ゛ア゛の゛胸゛板゛〜〜」
「ねえリルちゃんそれ女の子にする表現じゃないでしょ!」
あまり柔らかすぎる枕で寝ると、かえって疲れてしまって休まらないことがある。
長年使ってへたへたになったクッションがイイよね。
それと同じことだ。
「……ふぅ、リルちゃん。ちょっとわたし、疲れちゃったよ」
私の頭から手が離れ、アリアの体自体も力が抜けていく感触。
抱きついていた腕を解くと、アリアはその場でこてりと座り込んでしまった。
「ごめんね、リルちゃん」
「あ、……こっちこそ、アリアの体調のこと考えてなくて、ゴメン」
ずっと寝たきり状態で、食事も満足に取れないでいたアリアは、すっかり筋力が衰えて歩くのにも一苦労だ。
こうしてアリアが動けなくなってしまうので、頻繁に休憩を挟まないといけない。
おんぶしてあげようと提案したのだけど、自分の足で歩きたいんだと断られた。
以前のアリアなら喜んで受け入れただろう。
私の背中で深呼吸しまくっていたり、いろいろなところをさわってくる光景を想像していたが、叶わなかった。
アリアが目覚めてから、アリアともっと触れ合えるのかと思ったら、ビミョウな距離を感じざるを得ないこともしばしば。
しばらく時間が空いたせいで、アリアとの接し方を忘れてしまったのかなあ。
「……もうすぐ街だけど。リルフィ、ちょっと道を外れた方がいいよ」
ここは街道に近いから、休んでいれば誰かに見つかるかもしれない。
エリスがアリアと私の間に割って入ってきて、私の袖を引っ張ってきた。
エリスもこっちに帰ってきてから性格が変わった気がする。
ここまで強引な子じゃなかったのに。
「……リルフィ、リルフィ。こっち」
アリアから引き離すように、私を移動させようとする。
疲れて動けないアリアを放置するわけにもいかないから、肩を貸してあげたいのだが。
エリスが全体重をかけて引いてくる。
私を動かそうとするエリスと、アリアを運ぼうとする私の間で、しばらくこう着状態に陥っていたが、それは唐突に崩れた。
「……うわぁ!」
エリスの手が離れたと思ったら、ドサリと鈍い音。
足が滑ったのか、尻餅をついて痛がっているエリスがいた。
「……く、このぉ!」
あのエリスが敵意をむき出しにして、アリアをにらみつけている。
対するアリアはニッコリと笑っている。
「……リルフィ! アリアがボクの足を引っ掛けてきた!」
「転んだのがはずかしいからって、わたしのせいにしちゃだめだよ」
……。
うぅーん。
なんか険悪な雰囲気だぞー?
「……やっぱりアリアは置いてきた方がよかったんだ!」
エリスの髪が真っ赤に染め上がる。
サヤにおさまっている魔剣からも赤い光が漏れてきて、エリスの怒りが伝わった。
エリスが怒ると髪の色が変わるのは見た事があったけど、それが剣までに影響することはこれまでなかった。
今の魔剣に触ったら危ない気がする。
まだエリスと契約していなかった頃、このように赤く光っている魔剣を触ると正気を失う仕様だったのだ。
うっかり触るとコワいから、どこかに置こうと思ったところ。
魔力がしっかり溜まった魔剣は、消しておくことができるのを思い出した。
おそらく、魔剣がエリスと同化するのだろう。
エルフィードでは使いたい時に出して、いらない時は消しておける。
色々と都合がいい魔剣なのだ。
逆に魔力がない土地では、魔剣はただの剣と変わらず、サヤに入れて保存しないとならなかった。
ということで、剣に取り付けたベルトを外して、人差し指と親指でつまんで放り投げた。
思った通り、剣が消えてサヤとベルトだけ残った。
「エリス? あんまりうるさいと、リルちゃんに迷惑だよ?」
「う、うるさい! アリアのくせに、ボクに構うんじゃない!」
ふたりはまだケンカしている。
ケンカするのは生きている証拠。
ふたりが生き生きとしている光景に、胸の中がいっぱいになってきた。
「アリア、エリス、かわいい!」
そして両手を広げて、ふたりの肩を抱き寄せて草原に倒れ込んだ。
そこが硬い地面だったらただの攻撃だけど、やわらかい地面だから大丈夫。
私の急な襲撃に、アリアは嬉しそうに腕を抱き返してきてくれた。
「……なっ。……えっ。……ちょっ」
エリスの方は、怒りが驚きに変わって混乱している。
そんなふたりの反応が、たまらなく愛おしい。
感動して二人に魔力を流し込んじゃった。
「ひぅっ!」
「あひん!」
ビクッとするふたりの感触。
どうやらエルフィード人は、魔力を自分の意思に逆らって移動させると、変な感覚になってしまう体質を持つようだ。
今はエリスもアリアも魔力が十分に溜まっているから、私の魔力が吸い尽くされることはない。
「リ、リルちゃぁん……」
「……リルフィ」
一方的に蹂躙する側になったとタカをくくっていたら、ふたりが私の腕をがっちりホールド。
経験上、この状況はマズいと思って、腕を引っこ抜いて立ち上がる。
魔剣による身体強化のおかげでできる力技だ。
「に、逃げないで」
「……リルフィ、リルフィ」
その場から一歩ぶん飛び退く。
ちょうど私の足があったところに、ふたりの手が空を切る。
アリアとエリスは顔を赤くしながら、私を捕まえようと這ってきた。
「こわっ」
逃げるついでに、街道から死角になる岩場にふたりを誘導した。
今日はここで一休み。
もそもそといい位置まで這い寄ってきたアリアの脇に手を差し込み、持ち上げる。
地べたに座りこんで、アリアを自分の足の間にセッティング。
羨ましそうに見てくるエリスには、食事を作るようにお願いすると、目を輝かせながら準備を始めた。
ちょろい。
結果的に、険悪な雰囲気は穏便に収束したのだった。
・・・・・・・・・・・
日が昇る。
今はなきノーザンスティックス領のお隣さん、グロサルト領の街にいよいよ侵入だ。
水堀に囲まれた街には、検問を突破しないと入れない。
そのまま行くと騒ぎになる可能性が高いから、どうにか身を隠して行くしかない。
ということで、領地へ向かう商人を利用することにした。
常套手段である。
「おいおいおいおいおい、てめえだれのきょかとってこのみちとおってんだー」
「ヒイィ! リルフィ・ノーザンスティックス!」
なるべく凶悪犯っぽい顔をして、道ゆく女商人にからんでみた。
残念ながら手配書の時効はきていないようで、フルネームで呼ばれてしまった。
「お? こら! お? こら!」
「ヒイィ! アリア・ヴァース・C・C・エルフィード!」
アリアも私にならって意味のわからないインネンをつけている。
かわいい女の子に囲まれて、女商人は幸せすぎて白目を向いてしまった。
「だ、誰か、た、助けて……」
「ほらもっと大きい声で言わないと聞こえないぞー?」
半ば人生を諦めたような女商人に、カツを入れてやる。
わざと音を立てて地面を蹴ってやると、彼女も元気が出てきたようで。
「誰か助けてッ!」
「もっともっと!」
「たーすーけーてー!!」
商人の心からの叫びが届き、正義の味方が現れた。
「……やめないかー」
岩陰からエリスが登場!
魔剣をブンブン振り回しながら接近してくる。
「うあーやーられたー」
「リルちゃんだいすきー!」
突然現れた謎の正義の味方にやられて、私たちは死んだ。
「……商人、もう大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございますっ」
悪者が死んで正気に戻った女商人は、命の恩人であるエリスにひたすらアタマを下げる。
エリスは明らかに作り物の笑顔を見せながら、顔をあげるようにさとした。
「……こんなところに護衛もつけずに歩いて、どうしたんだい」
「護衛なんて雇うお金、持っていなくて」
「……ふぅん」
そこでまさかの事態に!
エリスと商人が世間話に華を咲かせている背後で、死んだハズの凶悪犯が生き返るッ!
商人の集中がエリスに向かっているスキに、私たちは商人が引き連れていた荷馬車に乗り込んだ。
それを確認したエリスは、両サイドの結わえた髪をいじりだす。
両手でワシャワシャ。
今から街に向かって良いか、というサインだ。
こちらも手で丸を作ってエリスに返す。
「えなんで急に無言で髪をいじりだしたんですか怖い」
「……一つ、頼みがあるのだけど」
「あれー? 会話が噛み合ってないー?」
「……一緒に街の中に、入ってくれないか?」
エリスは事前に打ち合わせた通りのセリフしか喋らない。
不審に思った商人が急に後ろを向いたので、とっさに荷馬車の天幕をおろして隠れた。
「あれ! 指名手配犯の死体がない! なくなってる!」
「……ふぅん」
対応に困った時はとりあえず肯定しておくように言ったせいで、おかしな会話になるのはご愛嬌。
「何をそんなのんきに! 国家犯罪者が消えたんですよ! あの何人もを殺してそうな目つきで、人間の感情を持っていない、最低で最悪の犯罪者が!」
「……そこまでじゃないだろう」
エリスはそう言ってくれたが、自分のやってきたことを省みると、確かに6割くらい商人のいう通りだ。
なんだかお恥ずかしい。
「かばうの!? 命の恩人さま、犯罪者をかばっちゃうの!?」
「……ふぅん」
「もーう! この人も頭おかしい!」
このままだと女商人が愛想をつかしてエリスを置いていきそう。
私は荷馬車から腕だけ出して、催促のサインを送る。
「……そう。ありがとう。じゃあ街に入ろう」
「頭おかしいって言われてお礼言ってるよこの人!」
「……そう。ありがとう。じゃあ街に入ろう」
「凶悪犯に変なもの植えつけられちゃったのかな?」
「……そう。ありがとう。じゃあ街に入ろう」
「かわいそうに。命の恩人だし、この商人が病院に送って差し上げましょう!」
強引な交渉術により、ようやく商人が荷馬車の御者台に乗り込む。
エリスが商人の隣に腰を下ろすと、荷馬車が動き出した。
「街は目と鼻の先なのに、変なのに絡まれちゃったな……」
「……ふぅん」
いざ、グロサルト領へ!
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