彼女は導かれる
——その日、わたくしの頭の中で一つのひらめきが生まれました。
始祖メトリィさまの啓示でしょうか。
愛ゆえに、わたくしは祝福をされたのです。
「リルフィ様……?」
何かが起こる。
具体的には、リルフィ様がエルフィードに帰ってきてくださった予感です。
超具体的なのですが、わたくしはメトリィ様の啓示を信じることにしました。
こうなると、居ても立ってもいられません。
すぐに自室を飛び出し、王都を一周走ろうと思います。
メイドを呼び、動きやすい格好に着替えることに。
ひらひらドレスをひっぺがされて、きついコルセットに手がかけられたところ、ドアがノックなしに開かれました。
「メロディア〜」
「——っ!?」
覗き魔ッ!?
声のした方へ、手元にあった服を投げつけます。
コルセットも外された今のわたくしはすっぱだかです。
相手の視界さえふさげればイケイケなのです。
「こらメロディア! ブラジャーを投げつけるな! 王女ならおしとやかに!」
どうやらわたくしが投げたのは下着だったようです。
胸あての部分を両目に装着した侵入者が、エラそうに注意してきました。
犯人はエルフィード王国第一王女様であらせられる、アキュリー・ヴァース・C・C・エルフィード王女殿下でございました。
「急に入って来る方が悪いでしょう! アキねえっ!」
王女殿下は顔にくっついたわたくしの下着を鷲掴み、そのまま顔を一周させて留め具を引っ掛けました。
メイドよ、見てください。
こんな変態が王女殿下なのです。
「ああ、これはいいアイマスクだなあ。まぶたにしっかり密着する」
「わたくしの胸が小さいと言いたいの!? アキねえもおんなじですからね!?」
残念なことにペッタンコ家系なのです。
フォルテねえの頭に乗った、モリモリな金髪が不機嫌そうに揺れます。
胸がない代わりに髪の毛を盛っているのです。
これで身長が30センチ大きくなっています。
「メロディア。世の中には言っていいことと悪いことがある。王族ならば、うまく立ち回らないと痛い目を見るぞ」
全裸のわたくしを前に、悟ったように説教を垂れました。
ムカつきましたので、慎ましく反撃をすることにします。
「負け惜しみですかぺったんこー! 真っ平らー! んんー? あれぇ? それは壁……あ、お姉様の胸でしたあ!」
自らを棚の上のさらに上にあげ、お姉様に屈辱を与えます。
早く出ていけ。
「おのれメロディアめ! こちらが穏便に済ませてやろうと思えば好き勝手に……! 許さん!」
顔に巻きつけた私の下着を床に叩きつけ、お姉さまがキレました。
メイドはすかさず下着を拾い、わたくしに着させます。
「風よ! アキュリーの名の下に、顕現せよ!」
逆上したお姉様は、殺意たっぷりに風魔法の詠唱しました。
あれは怒るとすぐに手が出ますので、こんなことは日常茶飯事。
わたくしはあらかじめ頭の中で決めておいた火魔法を詠唱し、風の刃を打ち消しました。
「わたくしはこれからお出かけするのです! あっち行ってください!」
「お前っ……! また仕事をサボる気だな!」
そんなこと知ったことではありません。
面倒な仕事は全部、次期国王様であるフォルテ様様様様がやればいいのです。一人で。
どうせ両親は今日もイチャイチャパラダイスなので、残ったわたくしはグレることにします。
「メイド! 早く着替えを!」
ドアの前で仁王立ちをして、わたくしをとじこめようをするお姉様を尻目に、わたくしは着替えを済ませました。
王宮内を歩く時のひらひらドレスから、しっかりとよそ行きの服に。
さっさと荷物をまとめて、道を塞いだ気でいるお姉様の横をすり抜けて外に出ました。
運動オンチなお姉様がやる進路妨害など、わたくしにとってはないものも同然。
通りがけに憎っくき山盛り頭に手を突っ込んで、かき乱してやりましたとも。
「コラぁメロディアッ! 金髪は王家の象徴だ! 乱暴に扱うんじゃない!」
もう一発魔法が飛んで来るのを見越して、お姉様の目線からずれるように、蛇行しながら逃げます。
「甘いなぁ! さすがバカ!」
えらく直接的な暴言が降りかかったと思えば、曲がり角から何人もの使用人が現れました。
急には止まれず、初老の使用人の一人に頭からぶつかってしまいます。
「——ぶっふぁっ!」
「でかしたぞ使用人!」
わたくしは使用人に囲まれ、逃げられないように色んなところを掴まれました。
そして不気味な笑みを浮かべながら歩み寄ってくるお姉様。
殺されるぅ!
「ふっふっふ。お前のような頭空っぽの不良王女に、ぴったりの仕事を用意してきたのだ」
顎をつままれ、
「ひゃあ! 小じわが見えます!」
ビンタされました。
「メロディア第二王女に命ずるっ! お前は今からグロサルト領へ出向き、その内情を調査せよ! 近頃、グロサルト領で不穏な金の動きが見られる! 何か企んでいるに違いない! よってお前は、グロサルト公の行動を調べ、不正が見つかれば即刻是正するように仕向けてこい!」
なにそれめんどくさい!
わたくしはリルフィ様を想い、これから散歩に出かけるのですから、そんなことをやっている暇はないのです。
文句を申し上げなくては。
「そういうのは兵士の仕事でしょう! アキュリーお姉様は、もうボケられてしまったのですか!?」
またビンタされました。
「お前の好きな散歩ついでに、グロサルト領まで行ってこいと言っているのだ! そして当分帰って来るな!」
お姉様が使用人に命令すると、あら不思議。
長旅の準備もできずにわたくしは城の外まで追い出されてしまいました。
本当にお散歩の延長で旅立たせる気です。
血の繋がった人間のすることじゃありませんね!
その場に座り込んで抗議の姿勢を取っていると、荷袋が放り投げられました。
中にはささやかな食料と着替え、そして「絶対に入れてやらない」と書かれた怪文書が入っていました。
おのれお姉様め。
仕事に埋もれてどんどん老化が進んでしまえばいいのです。
仕方がないのでわたくしは城門を後にして、城下町へとくり出しました。
平民が道の端によけて頭を下げてきます。
その真ん中を進み、とある建物に向かいます。
エルフの象徴たる、美しい金髪の女神像が屋根にお座りになっている建物。
メトリィ教の教会です。
今日もメトリィ様は、暖かな眼差しでエルフィード王国を見守られております。
敬虔なメトリィ教信者であるわたくしは、お祈りをしてから旅に出るのです。
まず建物に入る前に、交差した両手を胸に当て、メトリィ様の御神体に挨拶をいたします。
そうしてから教会の扉を開き、脇にそれていく神官とすれ違い、祭壇へ。
メトリィ様は天から民を見守ってくださいますので、信者は祭壇に登って、少しでもメトリィ様に近づいてから、祈りを捧げるのです。
祭壇は、エルフ様から賜ったありがたい経典が彫られた
その間に人が登れる階段が一つ。
エルフ様と人間が出会ったところから、エルフィード王国ができるまでの神話を描いた石版が、段になっております。
わたくしは教えの通り人間が描かれた箇所に足をのせました。
段を上がりきって、祭壇の真ん中で膝をつきます。
胸に手をあて、天にましますメトリィ様の方向へ顔を向け、最上級の姿勢で祈りを捧げました。
「……どうか、どうかリルフィ様に、逢えますように」
お姉様はムカつきますが、それとは別にリルフィ様への愛もまた、大切なものです。
せっかく旅に出るのですから、行き着く先でリルフィ様と再会できれば、それ以上幸福なことはありません。
「…………んん!?」
そして再び、わたくしはメトリィ様の啓示をいただくことができました。
頭に電撃が走ったのです。
頭の中の閃光が治ると、閉じたまぶたの先にうっすらと映像が見えます。
「……ノーザンスティックス領?」
ついこの間、わたくしが通ってきた道!
わたくしの馬が走った跡が残っています。
あの馬はとても足腰が強い魔物なので、そう簡単には消えない足跡を残します。
リルフィ様はその足跡をしるべに、道を進んでいるようです。
間違いなく、リルフィ様がわたくしの旅路をなぞっていらっしゃるのです!
——。
ああっ、リルフィ様が近い!
どアップですよ!
もう、目玉をそこに浮かせて常に監視したい!
残念なことに、リルフィ様はわたくしの想いに気づくことはなく、どんどん進んでしまいます。
前に、前に……。
いや違うこれわたくしの視点が進んでいないのですね。
ちゃんと前に進んでくださいよ!
こうしている間にもリルフィ様のお姿がもっと遠くに離れて行きます。
お願いします何でもしますから前に!
わたくしの切実な願いも通らず、映像は白く霞がかかったように濁りました。
最後には何も見えなくなって、ただ目を閉じているだけの感覚が戻ってきます。
「……ああ」
目を開けると、教会の祭壇の上。
天窓から降り注ぐ光が心地よいです。
立ち上がろうと地面に視線を落とすと、水たまりができていました。
「まずい、わたくしのよだれがエルフ様に!」
あまりのラッキー映像に、口元が緩んでしまったようです。
祭壇の床もエルフ様が人間に魔法をお与えになる、ありがたい絵が描かれており、よだれがエルフ様のご尊顔を濡らしております。
せめて人間の所に落ちればよかったのに!
エルフ様が描かれている箇所は、人間ごときが触れてはならない神聖な領域なのです。
よだれが落ちてしまったことがメトリィ様の琴線に触れ、映像が止まってしまったのでしょう。
わたくしは深い悔恨の思いと共に、服の袖で何とか床を拭き取りました。
メトリィ様、どうか怒りをお治めください。
祭壇を綺麗にしてから、わたくしは足早に教会から去ることにしました。
犯人がずっといたら、メトリィ様のご機嫌も治らないままでしょう。
また折を見て、教会に来るとしましょう。
——目指すはグロサルト領。
ノーザンスティックス領から首都エルフィードまでの道で、まず通過するのがそこになります。
わたくしの馬の足跡も、グロサルト領の街へ向かっていますので、リルフィ様は必ずそこにたどり着くはず。
そうなれば、わたくしもうかうかしていられません。
エルフィードの外壁へ向かい、馬を引き取りに厩舎を尋ねます。
わたくしの姿を認識した馬が、喉を鳴らして喜んでいました。
長い首筋を軽く撫でつつ、繋いでいた縄を解いて、外へ。
馬は六本の脚を器用に動かして、わたくしの速度に合わせてついてきてくれました。
わたくしの身長の倍近くある馬の横に立ち、深呼吸。
リルフィ様に逢いにいく覚悟を決めます。
二段ある
これだけは何度やっても慣れません。
わたくしの緊張を察したのか、馬は首をひねってわたくしの表情を伺ってきました。
「大丈夫です。さあ、参りましょう。行き先はグロサルト領。全速力で、お願いしますね」
この馬はエルフィードの魔力が産んだ最高の魔物です。
国の端から端まで、一日、二日あれば駆け抜けてしまうのです。
他の魔物は全て轢き殺し、その巨体を持ってすれば障害物も軽く乗り越える。
グロサルト領なんて、目と鼻の先でしょう。
馬の背に前かがみになり、グリップを持って、発進に備えます。
そしてムチを入れると、馬は興奮したように声をあげ、全速力で走り出しました。
風が髪をなびかせ、音はそれしか聞こえない。
周囲は目が追いつかないほどに変化し、背後の首都などとっくに見えなくなっていることでしょう。
リルフィ様、このメロディアが駆けつけるまで、どうかお待ちくださいませ——っ!
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