遺産は物語り

 エルフィード国内に入ってから溜まってきた魔力を、エリスに吸われた私。

 魔力は私にとって毒みたいなもので、体内に蓄積すると倦怠感・胸やけ・吐き気などの症状に見舞われる。

 実年齢+30くらいの体になってしまうのだ。


 国内から国外に出る時のように、徐々に魔力が減っていくと体が軽くなったように感じるのだが。

 急に吸われると、感覚が追いつかなくなって、意識が飛んでしまう。


 しばらくして正気に戻り、冷静にそう分析した。


「……本当にごめんなさい」


 エリスは再び、アタマを地面につけていた。


「……つい、やっちゃった」

「ついじゃない」


 私には魔力がいらない。

 エリスは魔力が欲しい。

 ならば私から奪いたくなるのはわかるけど。


「リルフィの魔力、よかったよ……!」


 このひと、ぜんぜん反省してないぞ。

 表情は見えないが、きっとだらしない顔をしているに違いない。

 それを隠すために下を向いているんだ。


「はぁ、もういいよ。はやく山を抜けよう。また襲われたら困るし」

「……溜まったら、いつでもボクに言ってね。処理してあげる」

「結構ですー」


 最初に出てきたときとは大違い。

 魔力を得たエリスはムダに生き生きとしていて、何を言っても通じないほど元気になってしまった。

 エリスにもう一度襲われる前に、放置していたアリアをおぶって、足を動かす。


 ここにいたらアリアにも襲われるだろうから、とにかく山を降りるのが優先だ。

 真の敵は仲間なのだ。


「……リルフィ、山を抜けたら、次はどこに行くつもりだい?」

「考えてない」


 そもそも無事に山越えができると思ってなくて、そのまま遭難するか雪国に逆戻りするかと予想していた。

 それくらいネガティブな思考で旅立ったのだ。

 でもエルフィードに着いちゃったから、どうすればいいんだろう?


 時効ってあるのかな。

 まだ手配書が貼ってあったら、堂々と街を出歩くこともままならない。


「……ボクに考えがあるのだけど」

「ん?」


 アリアの邪魔が入らないからって、私の横に密着してくるエリス。

 歩きづらいことこの上ない。


「……言っていい?」

「いいよ」


 私が反応すると、エリスはうれしそうに体をなすりつけてくる。

 これまで一緒にいられなかったぶん、ひっつこうと、そういう魂胆が見え隠れ。


「……王の遺産、集めよう?」

「…………えーっと」


 これまた久しぶりに聞く言葉で、単語と情報とリンクさせるのに少しかかる。

『王の遺産』とは、エルフィード王国を建国したおしどり夫婦が残した魔法の武具のこと。

 エルフである始祖メトリィが、人間である初代エルフィード国王に作ってあげたものと言われている。


 魔剣エリスフィアは『王の遺産』の一つ。

 エリスの実年齢は700歳くらいであり、こんなのでも由緒正しいお宝なのだ。


「なんで王の遺産、集めるの?」


 エリスの提案はとってもリスキーなものだ。

 王の遺産を管理しているのは、エルフィード王国の有力貴族たち。

 強大なチカラを秘めた武具が一つの場所に集中しないよう、各地に散らしているのだ。

 それを入手するということは、王国の主要都市に出向いて、貴族から奪いとることを意味する。


 可能か不可能かと言われれば、可能だ。

 魔剣エリスフィアを入手しただけで、私はエルフィード軍の兵士何十人をも相手に、勝ってしまったのだ。

 貴族なんて余裕で倒せるだろう。

 そして王の遺産を入手して、このチカラがさらに2倍、3倍になれば、もはやエルフィードでは敵なし。


 ……そんなことをせずとも、元気なアリアとひっそり暮らせる場所があればいいんだけど。

 追いかけっこの生活が雪国にいるよりはいいんじゃないかと少しは考えたけど、やっぱり何も起きないのに越したことはない。

 

「……リルフィ。ボクは、思い出したんだよ」


 横にくっついていたエリスが、私の前に移動して通せんぼする。

 上目づかいで、おねだりをするように私の顔をまじまじと見てくる。


「……魔力が尽きて、ボクがボクでなくなる寸前、エルフィードの夢を見たんだ」


 そう言うと、エリスの瞳が、どこか遠いところを見つめるようになった。

 漂う雰囲気から、エリスの言う「エルフィード」は、初代国王の名のことだと悟る。


「……王の遺産は、始祖メトリィがエルフィードに贈った武具。そこには、メトリィがエルフィードを大切に思う気持ちが、いっぱいいっぱい、込められている」


 外套をつかまれて、エリスの体重がのしかかる。

 後ろに倒れないようにふんばる私に、エリスはたたみかけるように言葉を重ねた。


「指輪にはエルフィードへの深い愛情が、髪飾りにはエルフィードが永遠に美しくあるようにとの大きな願いが、首輪にはエルフィードを独占する強い想いが、アンクレットにはエルフィードを繫ぎ止めようとする底なしの欲望が、そして剣にはエルフィード以外の存在を許さないという絶対の決意が……!」


 普段落ち着いた性格のエリスとは別人のように、大声で、早口で、言葉を発する。

 そして、私の知らない知識を、次々と浴びせてくる。


「……エルフィードの血を受け継ぐ人間を、ボクは簡単に見分けられる。メトリィがそういう風に造ったからだよ。ボクがリルフィと契約したのは、できたのは、キミがエルフィードの直系だからだ。エルフィードの子孫は国中にいるけど、直系の子孫は常にひとり。エルフである彼女は人間の夫を永遠に愛するために、エルフィードの血に魔法をかけたんだよ。呪いと言ってもいいのかもしれない。エルフィードと全く同じ血を引く人間が、いつの時代にも常にひとり、存在するようになっているんだ。それがリルフィなんだよ!」


 エリスの頰が再び上気する。

 一息に話された内容は、現実味がなくて理解する気がない。


「——そう、つまりリルフィは王になるべき存在! メトリィの亡き後、エルフィード王国は腐敗し、エルフィード・ノーザンスティックスの子孫は辺境に追いやられてしまった! ボクは確かに、それを見てきたんだ! エルフィードが再びチカラを取り戻すことがないように、ボクたちもバラバラにされてしまったんだ! でもリルフィはボクに逢いに来てくれた!」


 じっとしていられないほど興奮したのか、エリスは私から離れて両手を広げる。


「今、この時が! エルフィードの再興の時っ!」


 エリスは私に、エルフィード王国全てを敵にしろ、と言っている。

 王の遺産を集めた後は、王宮を陥落させる。

 個人と、国の戦いだ。

 そのためのチカラが、目の前で主張している。


「……リルフィの欲しいものは、なんでも手に入るよ?」


 私の横に戻ってきたエリスが、耳元で甘い声を出す。

 その言葉はなによりも私の精神をむしばんでいった。


 エルフィード王国を自分のものにする。

 ひっそりこっそり、ひと目から遠ざかる必要のない暮らし。

 誰も逆らえるひとがいない。

 誰もが私の思い通りになる。


 エルフィードの起源とか、血がどうこうとか、そんな話をされるよりよっぽどわかりやすい。

 

 思わず、笑みがこぼれた。


「——行こう、エリス」


 それを隠すように、話の流れをぶち切って歩き出す。

 肯定も否定もしない。

 なんでも手に入ると言われて、じゃあやろうと即答するのがシャクだった。


「……少し考える時間が欲しかったかな?」


 私の行動を、エリスはそう解釈してくれたようだ。

 でも、私の心の中は、すでに決まっていた。


 追いかけっこはもう、こりごりだ。


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