第二部

プロローグ

きっかけ

 ——青い空、白の大地、新天地。


 ただいま、わたくしはアイツの尻拭いの真っ最中です。

 きょうだいの中でいちばん王位継承権から遠い、わたくしが第一王子の捜索係。

 エルフィードの国境を超えて、ついにここまできてしまいました。


 第二王女、メロディア・ヴァース・C・C・エルフィードです。


 旅の前、お父様に、なんで探しにいかにゃならんねんと聞けば、可愛い子には旅をさせろって。

 アリアが逃げ出してからのお父様は、ボケボケであらせられます。

 常識的に考えたら、王族を外に出すなんてとんでもないことと存じますが、今のお父様にはそれがわからないのです。


 そのような文句を言ったら、王城からつまみ出されました。


 きっと今頃、年甲斐もなくお母様とイチャイチャしているのでしょう。

 エッチスケッチワンタッチです。

 ハッスルするには息子と娘がいると邪魔なのです。

 両親は隠しているつもりでしょうが、実のところバレバレです。

 なんども覗きに行って、なんども見つかりましたとも。


 アリアが生まれて以降、少し大人しくなったかと思えば、アリアが行方不明になってから再び燃え上がってしまったようです。

 帰ってきたらきょうだいが増えているかも。

 王子が見つからなくても、きっとすぐに生まれるからいいのではないでしょうかねぇ。


 第一王女のお姉さまは、きっと次期女王として執務を押し付けられて、頭を抱えていらっしゃるでしょう。

 前方の仕事、後方の睦事。

 悪夢の板挟み状態であります。

 そんなお姉さまの置かれた状況を考えれば、なるほど、この旅は悪いものではないでしょう。


 旅の途中で通過した廃村。

 そこにはエルフィード兵が駐屯しており、事情を聞くと王子が暴走して焼き討ちにしてしまった村ということ。

 その駐屯兵から有用な情報をいただけました。

 いわく、国境に近づくにしたがって、自分の魔力が枯渇していくから、ダンジョンで採掘した魔石を持って進め、と。

 おかげさまで、わたくしの旅路はバッチグーなものでした。


 途中、我がエルフィード王国の神であるエルフ様に出会ったような気がして、ひたすら拝み倒したり。

 遭難した冒険者に食料を分け与えたり。

 そんなこんなで、なんとわたくしは、あっさり国境を越えてしまったのです。


 誰もが成し得なかった国境越え。

 わたくし単独で、やりきってしまいました。

 冒険者として余裕で生きていけるのではないでしょうか。

 自分の才能に惚れ惚れしてしまいます。


 山を下ると、事前に言われた通り、魔力がなくって息苦しい空気です。

 胸に抱えた魔石が、心の安寧を保ってくれる感覚でした。

 多少の不安がありましたが、それは兄の捜索のことと共にすっかり忘れることにして、わたくしは未踏の地の探索に夢中になりました。


「な、なんですかコレ!! つめたぁい!」


 何しろ白い大地なのです。

 触ると冷たく、持っていると溶けて水になってしまう地面ですよ。


 一面が、細かい氷に覆われているのだと分かった時に、興奮が抑えられませんでした。

 むだに足跡を作ったり、氷を丸めて大玉を作ったりと、遊びましたとも。


「あれは、家!」


 そうしていると、いつのまにか人里につきました。

 国境の外側にも、人が住んでいる。

 初代エルフィード国王も、元は外からやってきたお方です。

 つまりわたくしは、初代エルフィード国王の故郷に足を踏み入れたのだと、この時になって実感しました。


 遠目から見える家々は、赤いレンガ造りで我がエルフィード王国のものと同じ。

 国は違いますが、ここで暮らしている人は、わたくしと同じ人間なのだと安堵を覚えます。


 つい調子に乗ってしまい、目についた最初の家を訪問しようと足を向けます。

 見知らぬ人の家に用もなく尋ねるなどあり得ないこと。

 旅行気分になると、そのような羞恥も遠慮も消えてしまうようです。


 家はボロボロで潰れる寸前の様相です。

 しかし、窓から中をのぞいてみると明かりが灯っており、人が住んでいるのが分かります。

 わたくしは入り口にまわり、扉を叩こうと手を掲げました。


 ……叩いたら壊れてしまわないかしら。

 危機感から掲げた手が胸元までくだり、そーっと叩くことにします。

 外国でエルフィードの王女なんて名乗っても通じないでしょうから、旅の者と言いましょう。


「失礼する! わたくしはたぶぃっ——」


 言いかけて。

 ばんっ、と扉が開き、わたくしは木製の扉の一撃を顔面に受けました。

 そのまま後ろに倒れました。


「た、旅の者で、メロディアと申します……」


 衝撃で視界がぼんやりしているものの、名乗りはしっかり成し遂げました。

 王家としての意地を見せました。


 家の主はわたくしのもとに歩み寄って、どうやら手を差し出してくださったようです。

 なんとか手を伸ばして、立たせてもらうと、だんだん視界が戻ってきました。

 お相手さまの姿が、くっきりと目に映ります。


 くっきり。



「————————!!!?」


 その時、いかようにも表現できない感覚におちいりました。

 言葉にできない、心に直接、衝撃。


 驚いて心臓が動きを止め、息がつまり、身動きが取れず、頭も真っ白です。


 初めての感覚で、しかし決して不快ではない、この心の動き。




 お相手さまは、わたくしと同じような金髪碧眼で、女の子。

 背はわたくしより少し小さく、年下でしょうか。

 上目遣いでわたくしのことを訝しんでいます。


「あ、あ、あ」


 少女に言葉をかけたくて、口を開きますが、気の利いた言葉は出てきません。

 一旦顔を背けて、深呼吸をします。

 もう一度少女の顔を見て、やはり呼吸が苦しくなりました。


 なんでしょう。

 この気持ち……!


 言葉にするなら。


 す、好きぃぃぃぃ!!


「う、あ、あの」


 心の中が好きでいっぱいに。

 初対面の少女に一目惚れをして、言葉がうまく出せません。


「……エルフィードの人間?」


 話しかけられた!

 声!

 いい声!


 耳がお漏らししそう!


「は、はいぃぃ!!」


 面白いほどに、引きつった状態で返事をします。

 わたくしの返事を聞いた少女は、わたくしの胸に手を伸ばし……。


 触るんですの?

 ええ喜んで胸を放り出して差し上げましょう!


 瞬時に防具を取っ払い、少女の妨げとなるものを無くしました。


「……これ」

「ほ、欲しいんですの!?」


 少女が触ってきたのは、わたくしの胸ではなく……。

 首から下げた、魔石の袋でした。


「さ、差し上げますぅ!」


 エルフィードの外にいるわたくしにとって、魔石を渡すのは命を差し出すのも同然です。

 たとえまだ予備があるにしても、貴重な資源を失うことに変わりありません。

 それでも渡してしまうのは、目の前の少女に全てを捧げたく思ってしまったからなのです。


 もうこれって婚約じゃないですか。

 命と同等なものを相手に渡すのって、結婚確定ではないのでしょうか。


「け、結婚してくださいっ!」

「そういうのいいです」


 一世一代のロイヤル告白が、少女の冷たい目線と共に無下にされます。

 だがそれがいい。

 思わずわたくしは、虐げられるものの悦びを味わってしまいました。


「あのっ、お、お名前をっ——」


 そう言って彼女を引き止めようとした瞬間、扉が閉められてしまいました。

 まさにこれは、放置プレイ。

 わたくしは今日、生きることの素晴らしさを知ったのです。


 愛。


 世界は愛でできているのです。




・・・・・・・・・・・




 少女に魔石を差し上げ、ストックが切れそうになったので、わたくしは故郷に戻ることにしました。

 エルフィードから外に出て一日も経たずに帰郷です。

 腑抜けと言われれば、その通りでしょう。

 彼女にハートを射抜かれて以来、わたくしはホの字なのです。

 その足でエルフィードの王宮に帰り、なんで帰ってきたといわんばかりの両親と姉の目をかいくぐり、そのまま実家暮らしです。

 淡い恋心を胸に、ワクワクしながら毎日を過ごすことに。


 それからわたくしは働きもせず、毎日エルフィードの街を出歩いています。

 彼女のご尊顔は、わたくしの周りに貼られていました。

 幸せすぎでしょう。


 城下町のいたるところに貼られた、彼女の似顔絵。


『手配書:リルフィ・ノーザンスティックス

罪状:共謀殺人

備考:アリア・ヴァース・C・C・エルフィードによる大量虐殺に加担した疑いがある。リオ・ビザール男爵の殺害及びノーザンスティックス領の放火をほう助した可能性があることから、拘束して速やかに兵に引き渡すこと。なお、殺害は禁ずる。』


 それを一枚だけ剥がして、王宮に戻ることにします。

 こんな粗末な紙なんて、一回使しただけでボロボロになってしまいます。


 エルフィード王国に帰ってからのわたくし。

 こうして毎日手配書を持ち帰り、自室で愉しむのが日課となっておりました。

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