エピローグ

新しい生活

「ハーァイ! リルフィ、今日はコレの配達、頼むヨ!」

「ん」


 ギルド長から、小包を受け取る。

 こちらの言語にも、だいぶ慣れてきた。

 日常会話をする程度には、聞き取りも喋ることもできるようになった。


 行き倒れた私たちを拾ってくれた、ギルド長さまさまである。

 拾われついでに、この町のギルドで職をもらい、なんだかんだ生活できている。

 冒険者というシステムは本来、エルフィードの外で生まれた文化であり、この国にも当たり前のように存在していた。

 そのおかげで、すぐに私はこの町に溶け込むことができた。


「仕事が終わったら美味しいもの食べに行こうね。アリア?」


 グルメなアリアを餌で釣ってご機嫌とり。

 このままだらけていると太るぞ。


「じゃあ行ってくる」

「がんばってネー」


 受付を後にして、早速お届け物を配達することに。

 ギルドの扉を開くと、目前には銀世界が広がっている。

 今日は雪が降っていないから、太陽の光が雪に反射して眩しい。


 雪の国、ヴァークリッシュ。

 それが私たちの新しい居場所。


 魔物が出ないこの国での仕事は、荷物の配達や食肉の調達などの平和な依頼をこなすこと。


 ちょうど今受けた依頼は荷物の配達だ。

 他の街から届いた荷物をギルドで集荷し、ギルドメンバーが各家庭にお届けする。

 ダンジョンも魔物もなくたって、仕事はあるのだ。


 食料調達の仕事だって、故郷とは一味違う。

 狩場に現れる動物は、抵抗するどころか逃げるばかりなのだ。

 だからここでの狩りは、戦いではなくて動物たちとの追いかけっこが基本である。


 エルフィードの家畜は凶暴で、農家は力のあるひとでないと就けない職業だったのに。

 この国ではただでさえ野生動物が弱々なんだから、家畜はもはや無抵抗なんじゃないかとバカにしていたら、本当にそうだった。

 これには驚いた。

 農家と家畜がバトルしていない。

 むしろ、いかに家畜と信頼関係を築けるか、こだわっている程である。


 外の世界は平和なのだ。


「アリア、寒くない? 大丈夫? 抱きしめようか?」


 私が少し肌寒いと感じたから、か弱いアリアなんてもっと辛いはず。

 もう嫌な思いはしなくていい。

 アリアには何不自由なく暮らしてもらうと決めた。


 アリアをフトコロに抱いて、目的地へと歩を進める。

 ほどなくして、宛先の住所に到着。


 相手は平民だから、特別に礼儀正しくしないで良い。

 適当に家の扉をノックして、家主が出てくるのを待つ。


「あら、行き倒れの子」

「お届け物」


 覚えたてであるヴァークリッシュ語の単語だけで、意思疎通をはかる。


 エルフィードとの国境付近にあるこの町は、ノーザンスティックス領と同じくど田舎。

 小さな田舎町の情報網は広い。

 家主とは話したこともないのだが、向こうは私を知っているようだ。

 私のことは「行き倒れの子」として周知されており、知らないひとから生暖かい目で見られることが多い。


「どうぞ」

「はいご苦労さまー」


 特に世間話をする気はないので、荷物を渡して去ろうとする。


「あ、ちょっと」


 家主が私を引き止めようと手を伸ばした。

 それがアリアに触れそうになり、私はアリアの身を引き寄せた。


 ミシッ。


 アリアの体がちぎれる音。


 血の気が引く感覚が、私の背筋を震わせた。

 アリアが危ないっ!


「——ああっ! アリア! 大丈夫!? ごめんね、力入れすぎちゃった! 痛くない!? すぐに治してあげるから早く帰ろう!」


 アリアを抱き上げて、自宅へと走る。

 ギルド長に斡旋してもらった、町外れにある廃屋。

 年々人口が減っているらしく、そこには何軒か空き家が並んでいる。

 そのひとつが私の家だ。


 早くしないとアリアの命が危険なのに、ここからだと遠い。

 道ゆく人にぶつかっても速度を緩めず、一秒でも早く着こうと必死に走った。


 そう。

 あと10秒でアリアが死んでしまう。


 家が見えた。

 扉を開ける動作と、アリアを回復させるまでの最短経路をイメージする。


 あと5秒のところで、イメージ通りに体を動かし、家の中に入る。

 あと3秒。

 そこから脇目も振らずに目的地へ。




 時間が尽きるギリギリのところで、私はアリアを手放し、「本体」の元に返した。



 腕がちぎれてしまったアリアは、その時点でただの「人形」へと戻った。

 魂はベッドに寝かせたアリアの肉体に移ったのだ。

 制限時間に間に合ったから、アリアは無事に生き返った。


「アリア、かわいい、かわいい……!」


 やっぱり依り代ではなくて、ナマのアリアが一番である。

 いてもたってもいられなくなり、アリアの白い肌に口づけをする。


「ん。……ガマン、できないよぉ」


 ピンク色の唇を舐め上げて、そのままアリアの中を貪った。

 心地よく甘い痺れが、アリアを吸い上げるたびに駆け上がる。


 アリアの温もりが、私の凍りついた心を溶かしてくれる。

 アリアがいなければ生きていけない体になってしまったのだ。


 アリアのベッドの中に潜り込んで、力一杯抱きしめる。

 体全体がうれしい気持ちで満たされた。


 もう、今日はこのまま一晩、過ごしてしまおう。

 アリアから離れるなんて、もう考えられなかった。




・・・・・・・・・・・




 周囲の人間は私のコトを狂人と噂する。

 わけがわからない。


 私はこんなにも幸せな生活を送っているのだ。

 誰にも邪魔されない場所で、アリアと共に暮らし、共に働き。

 ずっとアリアとふたりっきりでいられるのだ。


 冒険者のユリアとマリオン。

 旅の最初から最後まで私たちにつきまとい、アリアとの時間を無駄にした存在。


 エルフのセレスタ。

 私のアリアを害そうとした、この世でもっとも無価値な罪人。


 魔剣の精霊エリス。

 契約と称して私に呪いをかけ、エルフィード王国に目をつけられる原因となった疫病神。


 全部いなくなった。


 今は、色々な枷が外れたおかげで、心から安心して毎日を過ごすことができる。

 こんなにも充実した生活を、不憫に思われるいわれはない。


 今日も、アリアの魂を人形に移す。

 アリアの胸の上に人形を置いて、1時間じっと待つのだ。


 この時は、何が起きても集中しないといけない。

 誰かがここを訪れても無視だ。


「リルフィ、アナタにぴったりの依頼き、た…………はぁ」


 ギルド長の声。

 ここで注意をそらせば、アリアの魂が消えて無くなってしまう。

 たとえ命の恩人の声でも、この時ばかりは返事ができない。


「フゥ、ギルドで、待ってるヨ…………」


 アリアの体を凝視する。

 何も考えない。


「はやく、普通の生活に戻れるといいネ…………」


 こうやって、他人は私を哀れむのだ。


 わからない。

 わからない。


 私は幸せだ。


 ——もうそろそろ、「人形」が「アリア」になった頃。




 今日も私は、アリアと一緒に、平和な日々を過ごす。







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