それがわたしの

 エルフィード軍に四方八方を塞がれ、逃げ道がなくなった。

 少し高いところから、エルフィード軍に見下ろされるような配置。

 まるで闘技場に落とされた見世物にでもなった気分である。


 アリアを抱いて、一箇所に固まり、防御が手薄な方向を減らす。

 私はどうでもいい。

 アリアが生きてくれれば問題ない。


 山の頂上方向の兵が動きを見せる。

 その中から、一際きらびやかな輝きを纏った鎧姿が登場する。


 ソイツは私たちの姿を確認すると、兜を外した。

 中から金髪碧眼の頭部が露わになる。


 ここまで執念深く追ってくるような、金髪碧眼でしかもリーダー格となれば、心当たりはひとつ。

 エルフィード王国の王族、ただひとつ。


 アリアと同じ血を引いているとは思えないような、極めて冷たく、人間をモノとしか思っていないような目。

 絶対的な敵対者だと、直感が告げている。


「僕はフォルテ・ヴァース・C・C・エルフィード。第一王子だ」


 金髪が名乗りをあげる。

 エルフィードの姓が発せられたことで、これまで話に聞いていたことや、考察してきた曖昧な情報が、私の中で一斉に事実へと置き換わった。


 エルフィードはノーザンスティックスを敵視している。

 フォルテ王子の視線の先にアリアはなく、私に対して徹底的な敵意が向けられている。

 偽王家は、真の王家が反旗を翻すことがないように、ここまで追ってきてまでも無力化しようとしているのだ。


「投降せよ。この数では太刀打ちできまい」


 周りを囲む兵の数は、だいたい4、50人程度か。

 見えないところにもっといるかもしれない。

 軍隊ひとつを丸々相手にしなければならない。

 事前に把握はしていたが、少女ふたりに対するには、あまりにも桁外れの人数だ。


「抵抗しなければ攻撃はしない。投降の意思がないのなら、まずそれを殺そう」


 フォルテは剣を抜き、「それ」と称してアリアを指し示す。

 同じ血を引く、いわゆる家族をモノ扱い。

 初めから期待はしていなかったが、話が通じる相手ではないことがよく分かった。


 向こうの言い方から察するに、私を殺すつもりはないらしい。

 そもそも、ノーザンスティックス家の存在が邪魔ならば、もっと昔の時点で一族を消すことができたハズだ。

 それをせず、ノーザンスティックスは私の代まで続いている。

 ここまで追ってきてまで、捕まえようとしている。


 何か、裏がある。


 ノーザンスティックス家は、爵位なしの貴族という異常な状態で代々営んできた。

 爵位がないということは、ろくに権力も持たされない状態で、貴族の仕事だけは押し付けられるということ。

 領を統治して税を納め、国に召集されれば出向き、無意味な事務仕事を持って帰ってくる。

 奴隷のように働かされるのだ。

 貴族の子は魔法学校での教育が義務付けられており、私もそのシステムに組み込まれ。


 これは、監視だ。

 エルフィード家が、ノーザンスティックス家を生かさず殺さずの状態にするための体制。

 システムに縛り付け、教育と称した洗脳を行い、操作しやすくしていたのだ。

 何らかの理由で私たちを殺すことができないために講じた、最低の手段である。


 それが、私の退学という出来事で、ほころびが生じたのだ。


 でも、エルフィード王家が私を学校に通わせて監視していたのなら、退学処分はありえない。

 それでも事件が起こってしまったのは、第三者の介入があったから。

 学校関係者よりも強い力を持った人間が、私を退学させたのだ。


「ああ僕としたことが! それが視界にあるだけで、この怒りが抑えきれない!」


 フォルテの視線が一瞬だけ、私からアリアにずれた。

 その瞬間、王子はいきなり地団駄を踏んで、癇癪を起こしたように叫び出した。

 私はアリアを隠すように動く。


 前に、「蛇の洞窟」にあった街で、アリアに言われた。

 アリアが私を退学させた、と。

 理由は私と二人っきりになるためという、個人的な理由によるもの。

 私はそれを全くのウソだと思い込んで、正気を保とうとしていた。


 アリアは王族なのだ。

 エルフィード家の中では、忌み嫌われた存在かもしれない。

 でも、私たち民衆からすれば、アリアも立派な権力者で、歯向かうことのできない存在。

 私を退学させることなんて、簡単にできてしまうのだ。


「……そっか」


 全てが繋がった。

 王族のアリアが私を退学させる。

 エルフィード王家がそれに気付き、アリアを指名手配。

 追っ手を逃れるように私たちは、国外へと旅を始める。

 おそらく、ここまでは私の脱走が重要視されていなかった。

 普通、戦闘経験のない少女が出たところで、何が起こるとも思えない。

 優秀な魔法使いであるアリアさえ捕まえれば、全て終わりだったのだ。


 でも私は、途中で初代国王の遺産とされる、魔剣エリスフィアを入手。

 監視対象である私が強大な力を得たことに、話が大きくなっていく。

 国は私も指名手配し、私を捕まえるために軍を動員させる。

 エルフィード王国の端の端、屍の山にてようやく、私たちを追い詰めた。


 ……アリアがあんなことをしなければ、私は今も魔法学校の学生だったのだ。


 波風立たせず平坦な毎日を過ごし、流れに身を任せて卒業する。

 ノーザンスティックス領で父親に仕事を教わりながら、気楽に過ごしていく。

 もしかしたらどこかでエルフィードの秘密を教えてもらって、悶々としながら生活するのかもしれない。

 それもいつか飲み込んで、子を産み、育て、秘密を次の世代に託していく。


 そして自分の子に看取られて、一生を終えるのだ。


「それを引き渡せ! まずはその醜い存在を抹消してくれよう!」


 相変わらずフォルテが喚き散らす。

 その雑音で、もしもの世界で生きる私の物語が終わった。


 ……私をここまで連れてきたアリアに、向きなおる。

 アリアが、私を退学させた。

 だからこうして、エルフィード軍に囲まれている。


 この状態のアリアを王子に渡せば、その命を握りつぶされるのに秒もかからない。

 私は、アリアの腰に手を回し、フォルテ王子からよく見える位置に動かした。


「直ちにこちらに連れてくるのだ! 我がエルフィードの汚物を、これ以上生かしてなるものか!」


 アリアの長い黒髪に触れる。

 ここまでの道のりで、グチャグチャに絡まってしまっていた。

 それをほどくように、指を落として行く。

 プチ、と、何本か抜ける。


「全部アリアのせいなんだね」


 私は貴族の社会から抜け出して、下層の人間がやるような野蛮な冒険者になった。

 エルフと出会い、セレスタという厄介者に目をつけられた。

 リオ・ビザール男爵の屋敷で拷問を受けた。

 蛇の洞窟にある、犯罪者が集う街で仲間に裏切られた。

 故郷を奪われた。


 アリアに触れる手に、力が入る。


 私をこんな目に遭わせたアリアを。

 思いっきり力を込めて。




 抱きしめて、唇を押し付けた。




「な、何を考えている……!」


 なーんにも考えていない。

 私のことなんてどうでもいいのだ。


 アリアが愛おしくて、許すも憎むも、選択肢にない。

 私を独り占めしたくて、やってしまったいたずら。

 むしろこんなにも私のことを想ってくれて、感謝する。

 アリアの気持ちに気づけなかったことに、申し訳ない気持ちでいっぱい。


「アリアぁ……」


 アリアの前でのみ、私は人間になれるのだ。


 かけがえのない存在を、そう簡単に渡すワケないだろう!


「気味の悪い……! もう我慢ならない!」


 フォルテ王子が剣を天に掲げると、周りの兵士が一斉に懐に手を突っ込んだ。

 取り出された黒い石。


 何かが起こる。

 私は抜け殻となった魔剣エリスフィアを構え、周囲からの攻撃に備える。


 ——皆殺しにシテヤル。


「放てッ!」


 王子の号令と共に、一斉に四方八方から声が挙がる。


『炎よ、——の名の下に、顕現せよ』

『土塊よ、——の名の下に、顕現せよ』

『風よ、——の名の下に、顕現せよ』

『水よ、——の名の下に、顕現せよ』


 唱えられるのは各属性の初級魔法。

 詠唱時間が短く、中距離攻撃が可能な汎用魔法だ。


 まず最初に、射出の速い石弾が、一直線に飛んでくる。

 一投目を目視で避けて、二、三個目を剣で受ける。


 石が剣に当たったとき、手首に衝撃が走ることはなかった。


 もしやと思い、続いて後方の石弾と火球の魔法に向かい、魔剣を一振り。

 跡を残さず、魔法は消え去る。

 魔剣の魔力は枯渇したが、魔法を斬る能力はまだ残っているのだ。


「なんだ。余裕だね」


 魔法は私とアリアに向かって一直線に飛んでくる。

 兵士の立つ場所は私たちよりも高く、放たれた魔法には下向きの角度が付いている。

 だから、魔剣で魔法を消し去り、空いた場所に少し前に動くだけで、魔法は全て地面に着弾するように。


 本来ならば、石弾で逃げ道を塞ぎ、切断の魔法で動きを封じ、水球で体を倒され、火球でじっくり焼かれることになるのだろう。


 でも、こちらには、魔法を消す力がある。


 石弾の飛来は魔剣の力で簡単に防ぎ、一歩動いたことで風の刃はむやみに地面を傷つける。

 水球と火球は互いの威力を相殺し、さらなる追撃も失敗に終わった。


「……で?」


 魔力の供給がない屍の山で、魔法が使用された理由。

 十中八九、兵士たちが取り出した、黒い石のせいだろう。


「人にあらざるバケモノめ。兵よ、その石を砕くのだッ!」


 その言葉に、兵たちの動きが止まる。

 その兜が、フォルテの方に向かって動く。


 その石が魔力の供給源ならば、砕けばもう、生きては帰れない。

 行き着く先は、屍の山の一部だ。


 つまり王子は、兵士に向かって死ねと言っている。


「なにをやっている! こうして、こうだッ!」


 王子が近くの兵が持っていた石を奪い、地面に叩きつけた。

 砕けた石から、淡い緑の光。


 ……気分が悪い。

 魔力だ。

 私の体は、アレを受け付けなくなってしまったのだ。


「エルフィード王国の存続のために、命を賭してその娘を捕らえよ——ッ!」


 ひとり。

 石が砕かれる音。


 またひとり。

 私の体が重くなる。


 石を砕く音が、あちこちから聞こえてきた。

 蛇の洞窟のように、私のいる窪みに魔力の光が充満していく。


 私の足元に、破片が転がってくる。

 見覚えのあるコケが張り付いていた。


『オオオオオオォォォォォォ!』


 意を決した兵士たちが、続々と自らを奮い立たせて石を砕く。

 魔剣が魔力を吸い始め、徐々に刀身が緑の輝きを帯びる。


「——討て」


 堰を切ったように、兵士が、こちらになだれ込んできた。

 後ろで控える兵士は、中級以上の魔法を詠唱する。

 魔物の群れを一網打尽にする戦術。


 それでも、ヤツらに私を害することはできない。

 王子は私を捕らえるようにと指示したのだ。

 手加減は必ず、隙を産む。


「こっちは女の子なんだから、もっと優しくしていいんだよ!」


 剣で切り掛かってきた兵士。

 急所を避け、動きを止めることだけを目的とした一撃。

 私だってこれまでの旅で経験を積んできたのだ。

 それが防げないような子供じゃない。


 一瞬、アリアから手を離し。

 凶刃を魔剣で防ぎ、弾き、切りつける。

 牽制の意味でふるった剣に、致命傷を与える威力はない。

 相手もそれを察し、鎧で受けた。


 魔剣が光る。


 兵士の体がその場で崩れ、動かなくなった。


「吸っている……? 魔剣が魔力を食べてる……?」


 エリスフィアに備わった身体強化の魔法が、動きが鈍った私の体を強制的に動かすように。

 魔剣の本当の力。


 今まで殺してきた敵は、みんな一撃で仕留めてきたから——。


「そうだ、もっともっと来てよ! この力があれば、もっと進める!」


 コイツらは、私とアリアの旅を応援してくれる、補給部隊だったのだ。

 仲間だったみんなもいなくなってくれて、運命はアリアと共にあれと告げてくれている。


 最高の門出じゃないか!


「我らがエルフィードを、死守せよ——!」


 兵士たちが口々にそう言って、私に切り掛かってくる。

 まるで私がエルフィード王国を壊滅させるような口ぶり。

 もうそんな国に興味はないんだよ?


 飛んでくる魔法を斬り、その勢いで兵士を剣ごと叩きつける。

 剣先が触れれば、自動的に魔力を吸い始める。

 貪欲に、無尽蔵に。

 これまで失った魔力を取り戻すように、魔剣は兵をエサにする。


 ひとり、ふたり。

 身体強化はますます強まり、対人ではまず負けないほどの力を得た。

 魔法が飛んで来ても、兵士が切り掛かって来ても、余裕。


 手が空いたので、アリアをその場に座らせる。

 倒れた兵士を蹴り飛ばし、アリアを囲んで守らせた。


 これで両手が自由になった。

 アリアの防衛に割く手間もなくなった。

 戦闘が進むほどに、こちらが有利になっていく。


「らあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 人生で一番大きな声で、吠えた。

 声を出すと、剣を持つ手により力が入る。

 自分を強く見せ、奮い立たせ、相手を怯ませる。

 魔物が咆哮する理由を、よく理解した。


 その勢いに任せて、両手で振り下ろした剣は、兵士を鎧ごと両断する。

 狩られる方から、狩る方へ。

 上級魔法が辺り一帯を焼き尽くそうとしても、魔剣はどんな魔法でも簡単に消してしまう。


 死体を思いっきり蹴って、向こうで魔法を詠唱する兵士に当てる。

 やった、三体も巻き込んだよ。


「あと、35?」


 後ろの兵士の首を飛ばし、片手にそれをキャッチして、魔法部隊に投げつける。

 もう片方の剣を持った手を適当に振って、もう二、三人やっつける。


 魔法が効かないと悟った兵士が、剣を投げつけてくるけど、残念だったねぇ。

 最初だったら有効だったかもしれない。

 もう鉄の剣なんて、小枝と一緒。

 ぱきっと折ってしまう。


「22」


 半分やった。

 難易度も半減だ。


 こちらに降りてくるヤツがいなくなってしまったので、私から仕掛けてやる。

 強化された足で、一気に距離を詰めて、驚いているところに失礼する。


 まとめて六人。


「16」


 ぐるりと外周を一周して、どんどん切り捨てていく。

 まとめて十人。


「6」


 残りは怖気付いて隠れている兵士。

 来なければよかったね。


 五人いた。


「……あとひとり♪」


 私はデザートを最後まで取っておく派だ。


「あ、お、お……っ!」


 エルフィード王国の王子は、情けなくも腰を抜かして地面に這いつくばっている。

 魔剣を目の前の地面に刺してやると、後ずさりして逃げていく。


「ひぃ……!」


 追いかけて、軌道修正。

 私が最初に立っていた、窪みの方に追いやってあげるのだ。

 でも、なかなか思い通りの方向に進んでくれないから、剣の腹を打ち付けて言うことをきかせた。


 アリアの元まできたので、足を踏んで動きを止める。


「アリアに、謝って?」


 アリアにしてきた仕打ちは、謝っても許されるものではない。

 それでも、何らかの形で罪を認めさせないと気が済まなかった。

 アリアを守らせていた兵士をどけて、王子と対面させる。


「あ、その汚い目で見ちゃダメ」


 いざ向き合わせると、なんだかイヤな気持ちになった。

 アリアを見ていいのは私だけなのだ。

 今決めた。


 だから王子の瞳を横一直線に斬りつけ、失明させた。


「あぐ……っ!」


 傷をつけたところを手で覆い、痛がっている。


「まずごめんなさいしようよ。自分のコトはそれからでしょう」


 右腕を蹴ってやめさせる。

 あ、取れちゃったかぁ。


「ごっ、ごご、っ!」


 ちょこんと座るアリアが瞬きをした。


「あ! アリアが嫌がってるよ! お前の声なんか聞きたくないって!」


 腹を踏んづけて、力を入れて鎧をへこませる。

 結構沈むね。

 あ、私が重いから潰れたんじゃないよ。

 身体強化がかかっているからだよ。


 安心してね、アリア。


「うーん。こんなのの相手をさせられるアリアがかわいそうだから、もうお片付けしよう。アリアごめんね」


 剣を持って、全ての元凶に、突き立てようとする。


「ひっ、ひっ、————ひひひッ」


 それが醜く、嗤った。

 死神の笑みに見えた。


 背後で動く気配。

 振り返ると、兵士が起き上がり、アリアに火球の魔法を放とうとしていた。


 しっかりトドメを刺しておくべきだったか。

 王子を置いといて、向こうに魔剣を投げつける。

 しっかり殺せた。


 無駄な抵抗をしなくていいのに、…………あ?


 ??


 ??????


「————エルフィード王国も、ここで終わりか。まあ、それもまた、一興」


 耳障りな王子の声がしたので、もう演出とかつまらないコトを考えないで、魔剣を呼び戻して斬り殺す。

 だらりと落ちた王子の左手は、血に塗れている。


 違和感。


 それは、王子の血?

 目の傷を庇っていたのは右手。

 左手はさっきまで地面についていた。


 血が触れる機会はないハズ。


 ふと、背中を触る。

 冷たい、鉄の感触。

 暖かい、液体の感触。

 滴り落ちた赤色が、足元に流れた。


 それを抜いて確認すると、折れた剣の刃の部分。


「………………………………はぁ」


 足に力が入らなくなって、周りの死体みたいに、私も仲間入り。




 アリアに手を伸ばしてみても、届かなかった。



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