まだうえにいる

 最後のダンジョン「屍の山」は、魔物が出ない。


 ここまで進んでいるうちに、そのことに気付いた。

 道は険しく体力を失い、かといって休めば気が狂ってしまう奇妙なダンジョンで、そういえば随分と戦っていないな、と。


 考えてみると、こじつけのように推論が生まれてくる。

 辺りの魔力濃度が低いここでは、魔力を持った生物が生きられないのだ。

 山を降りればすぐに、魔力がいっぱいあって良い場所がある。


 無理してここに巣を作れば、山のわずかな魔力を独り占めできる。

 でも、魔物はそういった生存戦略をとらず、とにかく魔力が濃い場所に集まる習性を持つ。


 魔力は物事を変質させる力である。

 私たちはその力で火をおこしたり飲み水を作ったりと、自然現象を操作して生活する。

 一方で魔物は、魔力を食べて生きながらえ、自分自身を作り変えることができる。


 敵がいない場所に逃げるよりも、魔力を喰って進化し、他の敵より強くなった方が早いのだ。

 そうして少しずつ進化して、最終的にはどんな魔物も力が拮抗しあい、ダンジョンの生態系を形成する。

 だから、ひとつのダンジョン内での魔物は、みんな同じような強さなのだ。


 魔力がないこの山では、魔物が生活できない。


 ……じゃあ、人間は?

 魔法が使えないだけで済むの?




「リルフィさん、んふ、ふふ、王家の血を引いているんでしょう。お、お金、くださいよ……!」


 ユリアが疲れた顔で、私にタカってくる。


「そうそう、アタシ、ここまでついてきたんだから、ほ、報酬」


 マリオンがフラフラ歩きながら笑っている。


 気を緩めすぎないように休憩を取りつつ半日ほど進んで、辺りに木がなくなっていった。

 この見晴らしの良い草原で、遮蔽物はデコボコとした地形のみ。

 敵の目から逃れるために、順路を考えて進む必要がある。


 でも、魔力の濃度はもっと薄くなって、仲間の精神状態もどんどんおかしくなり、進行が遅れている。


「リルちゃん、汗、舐めさせて!」


 アリアは普通にアタマがおかしいのか本当に狂っているのかわからない。

 とりあえず、変なことを言った時には叩いて直す荒療治を行う。

 ほっぺにビンタ。


「ふんっ」

「あっ。も、もっとぉ」


 喜んだ。

 これは普通に狂っている時の反応だ。

 平常運転。

 完全に我を失った時は、叩くと目が覚めたみたいな反応をするし。


「……リルフィ、ボク、かなり、辛いよ。ねえ、抱いて、撫でて」


 普段はなんでもそつなくこなす完璧精霊のエリスでさえも、ダンジョンの極限環境に負けてきている。

 ものすごく甘えん坊になっているのだ。

 アリアを押しのけてまで、私に体を寄せてくる。


「みんな、もうちょっと頑張れば山をこえられるから、しっかり」


 鞭を入れるために、根拠のないことを言う。

 実際には、まだ頂上にすら辿りついていない。

 あとどれだけ歩けば良いかもわからないけど、とにかく今は進むことを考える。


 エリスの体調が悪くなっていくのに応じて、魔剣による身体強化も効果が薄れてきている。

 私たちを追っている王国軍は、まだ気配を感じられるが、どれくらい離れているか、どの規模の軍隊なのか察知できず、精度が落ちている。


 ただ、向こうもこの環境では辛いだろう。

 それならなぜここまで執拗に追ってくるんだ。

 ノーザンスティックスの血は、エルフィード王家にとってそこまで邪魔なものなのだろうか。


 国を出れば、血筋は関係ない。

 この山を抜けてしまえば、私の勝ち。

 だと、思う。


「んふぅ……! マ、マリオン、私の〇〇に××して……!」

「そんな程度じゃ許さないぞぉ! △△に□□だよ!」

「いひい!」


 ひとが真面目なことを考えている時に、ユリアとマリオンが下品な話を始めた。

 先輩冒険者には申し訳ないけれど、魔剣を鞘付きで出して振りかぶる。


「っ! あ、すみません……」

「……今のは忘れてね」


 こうして叩いて治せるのも、もう少ししたら効かなくなるかもしれない。

 進んでいくごとに、今みたいなことが起こる間隔が短くなっている。


「リルちゃんリルちゃん! わたしもリルちゃんにそういうことしたいよー!」

「喰らえっ!」

「……はっ! ここはどこ……!?」


 反応を見るに、今度はちゃんと狂っていたようだ。

 アリアも冒険者につられてイカれてしまった模様。

 エリスだけはおかしくならないが、魔力不足に息を切らしている。


「……魔力、か」


 ひとつの気付き。

 魔力と人間について、昔学校で習ったことを今になって思い出した。

 当たり前のこと過ぎて考えが及ばなかったのか、情報のリンクができていなかったのか、これまでアタマに浮かんでこなかった情報。


 魔力が枯渇した人間は、精神を病んでしまうという。


 魔力は人間の体調に、密接に関わっているのだ。

 魔法使いが魔法を使えるのは、空気中の魔力を体内に取り込める容量が大きいから。

 余分な魔力を適度に放出することで、魔法をかたち作ることができる。

 学校では、魔力を使いすぎると精神が壊れると脅されるが、実際はある程度のところで気を失ってしまう。

 体内の魔力が枯渇しないように、体がセーブしてくれるのだ。


 魔法使いではない者はどうなのだろうか。

 実はどんなひとでも体内に魔力を溜め込むところがあって、歩いたり喋ったり、日常生活を送るのに無意識に魔力を消費している。

 平民が魔法を使えないのは、生活するのに必要な、わずかな魔力を失わないためだ。


 つまり、魔力は人間にとって重要な構成成分だということ。

 この山では、そのわずかな魔力すら回復できない。


 魔力が枯渇した人間が精神崩壊を起こしてしまうのだとすると。

 みんなが今こうして狂ってしまうのは、そのせいではないのだろうか。


 山頂に近くにつれ、魔力がより一層薄くなり、環境は劣悪になっていき。

 最後には、みんな狂気に冒されて、殺し合いを始める。


 それが、このダンジョンが屍の山と呼ばれる理由なのかもしれない。

 そうならないように気をつけないと。


 ひどい結末にしないための作戦を練ろうとしたところで、視界の端にいたエリスが変な動きをし始めた。

 何事かと振り向くと、頰を染めたエリスと目が合う。


「……リルフィ、ごめんね。キミの魔力を、吸い尽くしてしまった」

「はぁー!?」


 私が結構核心に迫っていそうな推理をしていたところに、エリスがとんでもないことを言い出した。

 思わず大声で聞き返してしまう。


 魔力使い切ったらおかしくなるって、結論づけたばっかりじゃない!

 今、ふざけてる場合じゃないのに!


「ちょっと、すぐ返して!」

「ボクのナカが全部リルフィに染まって、幸せな気分さ……!」


 耳まで真っ赤にしてクネクネしているエリス。

 ダメだ。言葉が通じない。

 吸い尽くしたって、それじゃあ精神崩壊するんだって!


 ああどうしよう。

 私が狂ったらもうこのパーティは終わりなのに……!


「あー暑いです脱ぎまーす。マリオン、服あげるから口開けて」

「うえーん! ゆりあー! つーかーれーたーよー!」

「リルちゃん! わたしがこれだけあいしてるのにどうしてリルちゃんからは何もしてくれないの!? もういい! リルちゃんをころしてわたしもしぬ!」


 こういうふうに、酷い有様である。

 ユリアは普段の丁寧さが抜けてきているし、マリオンは幼児退行したし、アリアはすごい怒っている。

 ユリア装備を外してマリオンに投げ、それに当たったマリオンがもっと大声で喚く。

 私を殺すと言ったアリアは、魔法を使おうと手をこちらに向けているが、何も起こらない。

 魔力が切れているのだ。


 もうこれ以上、進んでいられる状況じゃなかった。


 いっそこのまま待って魔力を消費させて、廃人にさせた方が静かに歩けるんじゃないか。

 山を抜けたら魔力が戻るだろうから、それまでのガマンである。


 ……仲間たちの哀れな姿を見て、むしろアタマが冴えてきている自分。

 そういえば、私は麓で一度おかしくなって以来、なんともない。

 魔力は吸い尽くされたと言われたのに、体は軽くなっている。


「……はあ。ここで、休もう」


 色々と疲れた。

 衰弱していく仲間を放っておいて、私は荷物をおろして野営の準備をする。


 私がこの環境で元気なままでいられるのなら、存分に利用してやろう。

 休めば体力だけは回復する。

 私がみんなを引っ張って、隣国へ送り届けてやればいいのだ。


「エリス、動けそう?」

「……リルフィの魔力を味わいたいからそっとしておくれ」


 そう言ってひたすら体をウネウネさせている精霊さま。

 食事を用意してもらおうと思ったけど、これでは使い物にならない。


 自分でやらないといけない、か。


「リルちゃんをぶっころすっ!!」

「そんな汚い言葉使っちゃダメだよ」


 私の肩を叩いてくるアリアの頭を、ぐしゃぐしゃに撫でてやる。

 アリアの可愛らしい攻撃はおさまらないけど、あまり痛くないので好きにやってもらう。


「とりあえず、お茶でも……」


 荷物から茶葉を取り出し、お湯を準備しようとして、気づく。

 水の魔法が使えないから、飲み水が確保できない。

 火の魔法が使えないから、調理もできない。


「……水よ、リルフィの名の下に、溜まれ」


 試しに水生成の詠唱を行うが、何も起こらない。

 私の魔力も尽きているのだ。


「……塩でも舐めようか」


 魔物が出現しないため、肉が獲れない。

 両親が荷物に詰めてくれたパンで、ここまで持たせてきたのだが、それも残りわずか。

 そこらへんに生えている草は食べられるだろうか。


 手元の草を引っこ抜いて、先端をかじってみる。


「うっ」


 鋭い苦味と同時に、舌がピリピリと痺れ、すぐに吐き出す。

 これは毒草だ。

 大人しく、手持ちの塩を舐めることにする。


「あっはっはー! はっはっは!」

「なぁんで笑っでるのお゛ぉぉぉ!」


 ユリアは全裸で太陽に向かって高笑い。

 マリオンはユリアの異常行動をネタに、さらに激しく泣いている。

 静かになるまで放っておくと決めたのだ。


「りぃるぅちゃぁん! ほら、ほへ」


 暴力をやめたアリアが舌を出して何かを要求している。

 塩をそこに乗せてやろうと指を近づけたら、噛み付かれた。


「痛いから、大人しく座って!」


 噛みちぎる勢いで力を入れてきたため、両手で口をこじ開けて抜け出す。


 いちいち攻撃されていたら休憩にならない。

 ということで、前にもやったように、またアリアをロープで縛って、暴れられないようにした。

 あとは静かになるまで待機。


 私たちと同じように気が狂った兵士たちがここにくるのが先か、廃人になった仲間と共にダンジョンを抜けるのが先か。

 願ってはいけないことだけど、仲間たちが早く倒れてくれるように、思ってしまった。


 三角座りになって、ひとり、じっと待つ。

 苦しいのは、これが最後。

 何回も自分に言い聞かせながら、体力を回復することに意識を注いだ。

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