ぬけだせないのなら

 屍の山。

 エルフィード王国と隣国の国境にそびえる、最後のダンジョン。


 誰もこの国から出られないのは、この山があるから。

 屍の山を登って、戻ってきた冒険者はいない。


 それは、山の魔物にやられて死んだのか、国外に出たから戻らないだけか。

 山に踏み入れたひとが帰ってこないのだから、情報が出回らないのだ。


 過去に、山から降りてきた外国人がいたという記録がいくつか残っている。

 しかし、彼らが何を見てきたのか、証言は存在しない。


 外国人はエルフィードに降りてきてすぐに、息を引き取ってしまった。


 何もかもが未知なダンジョンに、私たちはこれから挑もうとしているのだ。




「……ここは少し、息苦しいね。リルフィ、ちょっと魔力をもらうよ」


 道無き道で、足場を選びながら歩く道のり、久しぶりに声を出したのはエリスだ。

 丈の長いドレスで器用に草むらをかき分けて、私の後ろについてきている。

 そのまた後ろで、慣れない道に手間取っているアリア姫が、私の代わりに会話を続けた。


「魔剣なのに息苦しいってあるのね」

「……空気中の魔力が薄いんだ。魔力のカタマリであるボクには、居づらいところだね」


 だから、苦しくならないように私の魔力で補うらしい。


「……このままだと、頂上が不安だ」


 エリスの言うように、ここはまだ山の半分にも達していない地点。

 進むにつれて魔力の濃度が低下するのだと考えれば、お先真っ暗である。


「もしかして、魔法もつかえないのかな?」


 敵への攻撃手段が魔法のみのアリア。

 魔力の管理は、魔法使いとして真っ先に心配することだ。


「さっさと抜けた方がいいですね」


 先頭を行くユリアに、懐かしい隊列だと思う。

 エルフィード城下町から別れるまで、ずっとこの隊列だったのだ。


 エリスの具合が悪くなっていけば、魔剣は使えなくなってしまうだろう。

 そうなるとユリアとマリオンがこの中で一番強く、私とアリアは戦力外。

 魔力が枯渇するとなると、戦力の順番は昔に逆戻り。


「そういえば、セレスタは?」


 村で襲われて以来、姿を見ていない。

 自分のことで一杯一杯で、セレスタのことにようやく気づいた。


「最後に見たのは、エリスさんと一緒に私達の宿から出て行ったところですが……」


 ユリアと一緒に行動していたハズのセレスタだが、ユリアも心当たりがない様子だ。

 エリスとセレスタがウチに襲撃に来てから、それっきりなのだろう。


 最後に捨て台詞を吐いて、姿をくらましたエルフ。

 村には火をつけられたが、セレスタの魔法のテクニックを持ってすれば余裕で生き延びられる。


 どうせなら消火してくれればよかったのに。

 人間のすることにエルフが首を突っ込んではならないと、もっともらしい言い訳をして自分だけの身を守っていたのだろう。


「まあいいや」


 考えるのをやめる。

 それよりもこの山を越えることを考えた方が有意義。


 道がないのに反して、傾斜だけは立派にある。

 こんな山中では、体力を失うのも早い。

 魔剣の加護がある私とエリスは平気だけど、他のみんなはペースが落ちてきている。


「ちょっと休もうか」


 追っ手が来る恐れを考えて、みんな休憩しようと言い出せないのだ。

 息を切らしたアリアは、ホッとしたような表情で荷物を下ろした。

 ユリアとマリオンも私の言葉を聞くや否や、手頃な岩に腰掛けた。


「ユリアとマリオンは、ちょっと眠ったら?」


 夜逃げするようにここまで来たから、冒険者は睡眠時間が足りていないだろう。

 主戦力の体力が切れてしまうと、魔物が襲って来た時に私たちでは太刀打ちできない。


「……ありがとう。お言葉に甘えて、少し、寝ます」

「何かあったらすぐに起こしてね」


 ユリアとマリオンは、草の上に布の枕だけ置いて、抱き合いながら横になった。

 仲良いね。


 すぐに寝息が聞こえ始めたことから、疲れは相当なものだったとうかがえる。

 私も休める時にちゃんと休んでおこう。


「……リルフィはボクが癒してあげる」


 地べたに座り込んだ私に、エリスが抱きついてきた。

 エリスの柔らかな胸が、顔全体を包み込んでくれる。

 素晴らしいリラックス効果。


「くっ、ずるい……!」


 エリスの行動に対抗心を燃やしたのか、今度はアリアに後ろから手を回される。

 ……かたい。


「かたい」


 あまりの高低差に、思わず声に出てしまった。

 そういうデリケートな問題に触れては……!

 何か言い訳しないと。


「あっ大丈夫そういうのも需要はあるから私は好きだよ!」

「うぅ、これからちゃんと成長するもん!」


 急いでフォローをしてあげるが、傷はそう簡単に塞がらない。

 アリアの締め付けがきつくなった。

 もっとかたい。


「……それは絶望的だろうね」

「エリスっ。思っても口に出さないのっ」


 グラマラスなアリアの姿を想像できないけど、夢を捨てちゃダメ。

 きっといいことあるさ。


「…………ぐすん」

「ん、うわぁ!」


 アリアの手が私の腰から徐々に上がってきて、私の胸に到達。

 その瞬間、揉まれたッ!


「ちょっとだけでもわけてよぉ!」


 アリアの指が虫のようにうごめいて、私の胸を蹂躙する。


「く、くすぐったい、ふわぁ! ……あっ」


 くすぐったさに抵抗をしている間に、自分のものとは思えない高い声が出てしまった。


 アリアの手が止まる。

 な、なんだこれ。


「リルちゃん……感想は?」

「イヤ、やめて……」


 体がゾクッとした。

 エリスに変な術をかけられた時のような、なってはいけない感覚。

 まさかアリアも、そういう魔法を使えるのか。


 あれは本当に恥ずかしいから、やめて欲しい。

 自衛の手段に出てやる。


「羨ましいからって、揉まないで!」


 前のエリスを引き剥がして、後ろのアリアを押し倒す。

 間をおかずに荷物からロープを取り出して、変なことができないようにぐるぐる巻きに縛った。


「リルちゃ……うわぁぁぁぁん!!」


 私の傷口をえぐるような言葉に、アリアは声をあげて泣き出した。

 その表情、かわいい。


 何かのスイッチが入ってしまったのか、私はアリアをあやすどころか、追撃を始めてしまう。


「泣いてるヒマがあったら努力したら? ま、無理だと思うけど」

「ひどい、ひどいよリルちゃん!」


 アリアに見せつけるために、自分の胸を寄せて押し付ける。


「どう!? 同い年なのにこんなにあるんだよ!」


 大人には敵わないけど、この中ではある方だ。

 ユリア、アリア、私、エリス、マリオンの順でパワーが上昇していく。

 成長期の私は、このまま第一位に成り上がるかもしれない。


 かわいそうなアリアは、望みある私の胸を当てられて……。


「ゥワンダフォー……」


 喜んでいらした。

 行動ミス。

 アリアはこういう娘だった。


 私の好きな表情を見るためには、もっと直接的なことをしないと。


「そうじゃないでしょっ!」

「いっ!」


 アリアの太ももを平手打ちすると、徐々に手形が赤く浮かび上がってくる。

 征服感。


 もう片方の太ももを叩く。

 パチンと気持ちのいい音に、柔らかな肉の感触。

 楽しい。


 もう一回。

 さらにもう一回。

 何度も叩いて、アリアの太ももを壊しにかかる。


「リ、リルちゃん、いつもと違う……!」

「誰が喋っていいって言った!?」


 縄に巻かれて身動きが取れないアリアのお腹に、足を乗せて見下す。

 ああ、たまらない。




 アリア。

 アリアはかわいい。

 アリアアリア。

 どうしてアリアなの。

 アリアと一緒になりたい。


「アリアは私のアリアでアリアのアリアがアリアリアリアリ」

「だ、だいじょうぶなの!? へんだよ! こっち見て!」


 私は魔剣を手に持ってアリアに向かって振り上げる。

 傷一つない刃に映り込んだアリアが見えたので剣を舐めた。

 おいしい。

 アリアの映った剣おいしいよ。


「あぁあぁ楽しいねアリア」

「え? ちょっと、あれ、え、えへへへへ、リルちゃん、うへへへへへ」


 アリアの中身はどんな味だろう。

 確かめないと。

 魔剣をアリアの首筋に添わせてそっと刃を引くと、一筋の赤い線が生まれる。

 そこから滴る蜜に舌を這わせると、体が震えた。

 味をアタマで感じている。

 もっと欲しいよ。


「アリア食べたいアリア食べたい」

「ひひ、ひひひひひ」


 私に食べられることにアリアも喜んでいる。

 ちまちま切っていては楽しめないからいっそのこと噛み付いてアリアを堪能——。


「……リルフィ!」


 エリスに呼ばれるがそんなことに構っている暇はない一刻も早くアリアを頬張りたいアリアも食べやすいように首筋を空けてくれている。


「……ああ、ゴメンっ」


 エリスが私のアタマに手を置いてくるが撫でられても嬉しくない。

 エリスの手に力が込められて、私のアタマが下の方へ勢いよく押されていく。


「————っ」


 アリアと私のアタマがごっちん。

 強烈な痛みと、意識が飛びそうになるような目眩。




 ……アリアをいじめると、反応がかわいかったり、優越感に浸れたりする。

 本当はいけないことだと理解していながら、やり過ぎてしまうことがあった。


 でも、いつもなら一線を越える前に、自分の行動に気づき、すぐにやめて自己嫌悪に陥る。

 悪循環を繰り返す毎日だ。


 でも、今日は歯止めが効かなかった。

 魔剣まで取り出して、アリアを傷つけてしまった。

 エリスが止めてくれなければ、取り返しのつかないことになっていただろう。


「……ここは、やっぱりおかしい。魔力が薄いのもそうだけど、精神干渉の気があるね」


 エリスが冒険者の方を指差す。

 さっきの私たちと同じように、ユリアとマリオンがお互いの腕に噛み付いていた。

 そしてワケの分からないことを話しながら笑っている。


 おかしくなっていたのが私だけじゃないことに、少し安心する。

 みんなおかしければそれが普通なのだ。


 とはいえ、あのままでは殺し合いに発展してしまう。


 エリスがやってくれたことと同じように、ふたりのアタマを持って、思いっきりぶつけた。


「ぐわぁー!」

「んあ! 何事ですかっ!?」


 正気に戻ったマリオンの雄叫びが木々を揺らし、ユリアがびっくりする。

 ぶつけた箇所を触って怪我の度合いを調べているうちに、ふたりはお互いの腕の傷に気付いた。


「て、敵襲!?」


 マリオンが剣を抜き、周りを警戒する。

 ユリアが私たちを守るために動こうとして、私と目が合う。


「あれ……リルフィさん、敵は……?」


 首を振って否定する。

 このひとたちは、自分たちがおかしくなっていたことを自覚していないらしい。


 さっき、休憩に入ってすぐに、眠りについたところをしっかり確認したのだ。

 つまり、意識がなくても狂ったということ。


 原因といえば、魔力が薄いこの特殊なダンジョンに身を置いていること。

 屍の山の異常性を、だんだんと理解する。


 アリアの元に戻り、拘束していたロープを解いた。

 よだれを垂らしたアリアの口元と、血が滲んだ首元を拭いてやる。


「アリアごめん、大丈夫?」

「……ねえリルちゃん。おっぱいおかわり」


 大丈夫そうだ。

 アリアの体を起こして、赤黒く変色した太ももに回復魔法をかけようとするが、踏みとどまった。


 このダンジョンは、空気中に漂う魔力が薄い。

 私たち魔法使いは、自然に存在する魔力を体内に取り込んで、その魔力で魔法を使う。

 だから、空気の魔力が薄まると、自然回復ができないのだ。


 ここでは、ちょっとした傷を治すのに、気軽に魔法を使ってはならない。

 魔剣エリスフィアの力を維持するのにも魔力が必要だから、節約を心がける。


「これ、痛いよね」

「そう思うならおっぱいちょうだい」


 屈辱的だけど、加害者である私は、被害者のアリアに逆らえない。

 非常に遺憾ではあるけど、自分の胸を寄せて大きく見せながら、アリアの顔に押し付ける。

 エリスがいつも私にやってくれるポーズは、自分がする側になると恥ずかしい。

 よくやってくれるなあ。


「うへ、へへへへへへへえへえへへ」


 アリアが変な笑い声を出して、立ち上がった。


「リルちゃぁん、だ、い、す、き」


 そう言いながら、アリアは私の首を締めてきた。

 きゅう、と精一杯の力をかけられているようだけど、魔剣による身体強化がかかった私は平気。

 それよりもまたおかしくなったから、どうにかしないと。


「せいっ!」


 腕を掴んで足払いをかけ、アリアを転ばせる。

 叩いて治す療法でいいのかなあ。


「……あ、リルちゃん。わたし、また変になっちゃった?」

「そうだね」


 元から変。


「……気を緩めた隙に、精神干渉が入り込むのだろうか」


 エリスの分析が挟まれた。

 みんな休憩に入った途端に狂い出したのだ。

 それまでは気を張っていて、干渉される余地がなかった。


「……魔力は薄まり、精神が冒される。どうしてかな」


 精神干渉は回復魔法の応用編に位置付けられた、極めて高度な魔法である。

 魔力が薄まる中、狂気に染まっていくのは、不可解な現象だ。

 魔法が使えないダンジョンで、精神干渉の魔法にかかる矛盾。


 もしかして、変になってしまうのは魔法のせいではない……?


「……原因はわからないけど、警戒を解いてはならないことは確かだね」


 魔剣の精霊であるエリスは、私たちを正気に戻してくれたり、冷静に状況を分析したり、正常を保っている。

 その理由をここで考えるよりも、エリスの言う通り、早くダンジョンを抜けた方がいいのは確かだ。


 消耗した体力が回復しないうちに、私たちはさらに足を進めることにしたのであった。

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