おちてゆく

 父親は真剣な目つきでエリスを睨み、年甲斐もないことを言ってのけた。

 エリスが王の遺産なんだって。

 王の遺産だぞ。


 唐突に出された場違いの言葉に、失笑を禁じ得ない。

 低レベルな冗談で場を和ませようとしているのか、この父親は。


 このバカらしさを共有しようと、隣のアリアさんを見てみると、なんか思ってた表情と違った。

 王の遺産に心当たりがある様子。

 エリスはテーブルに肘をついて、父親の話に集中する姿勢をとり始めた。


 私が不真面目なヤツみたいじゃないか。

 急いで姿勢をただし、置いて行かれないように黙っておく。


「リルフィ、王の遺産とは、始祖メトリィが初代エルフィード国王に贈ったとされる、魔法の武具のことだよ」


 父親の説明が始まった。

 始祖メトリィと初代エルフィード国王は、この国を作った一番偉いひとのこと。

 エルフであるメトリィは、今や信仰の対象とされ、知らない者はいない存在。


 そんなすごいひとが持っていたモノが、魔剣エリスフィア?

 貧乏貴族の私が契約できちゃったこれが?


「いずれ話す時がくると思っていたが、まさか今日になるとはね。突然のことで信じられないかもしれないが、よく聞くんだよ」


 思わず呆けた顔を見せてしまい、父親に笑われた。

 悔しい。


「申し訳ないけれど、アリアさんの素性は手配書で知っている。キミは王族なんだね?」

「うん。そうよ」

「じゃあ、王の遺産のことは、どの程度ご存知かな?」


 私みたいな下層民には知らされていないけど、王族は知っている情報らしい。

 だからアリアは王の遺産の存在を認識しているのだ。


「何種類かあって、いまはいろんな場所に散らばってるっていうくらい。エリスが遺産だって、言われて初めて知ったわ」


 愛するアリアの意外な博識ぶり。

 元は初代エルフィード国王が持っていたモノが、時を経るにつれて別のひとの手に渡って行ったのだ。


「そうだね。実は、王の遺産は各地方に領地を持つ、選ばれた貴族が管理しているんだ」


 だから、リオ・ビザール男爵が魔剣エリスフィアを持っていたのだ。

 アリアが知り得ない情報を父親が持っているということは、つまり……。


「ウチもなんかいいモノを管理してるの?」

「いや、そんなお宝は持ってないよ」


 すぐに否定された。

 じゃあ何故、こんなことを知っているんだ。


「まあまあ、焦らずに。……王族は、王の遺産を一箇所に集めないようにしている。リルフィ、わかるね?」


 魔法の道具と、持ち主の契約できなかったらひどい副作用が出るんじゃないか。

 エリスを持った時の殺人衝動みたいな。

 リオ・ビザール男爵は、エリスにアタマをおかしくされて、手当たり次第に冒険者を害する存在となってしまった。


 エリス以外の遺産も、未契約のまま持つと精神を冒されるのなら……。

 リオ・ビザール男爵が一箇所に何人も集まる事態。

 それは恐ろしい。


 そういうのが危ないから王の遺産を散らしているのだ。

 私が結論を出すと同時に、父親が再び語り出す。


「そう、一つは魔法の武具に我を失う者が出る危険性だね。リルフィが魔剣を持っているなら、前の持ち主も見た筈だ」


 さっき私が予測した通りのことを、言葉に出される。

 しかし父親は、それだけじゃないと前置きして。


「二つ目は、……リルフィがいるからだよ」


 いてごめんなさいね。

 しかし、その通りでもある。


 魔剣エリスフィアを手に入れただけでこんなに強くなれるのだ。

 こういう道具が他にもいっぱいあったら、人間兵器が作れる。

 戦力はセレスタに劣る私だけど、その他の人間なんて敵じゃない。

 つまりそういうこと。


 国家転覆が可能になってしまう。


「私、消される……?」


 私がリオ・ビザールを害したことはすぐにバレる。

 そして、王の財宝を持ち出したことも。


 現エルフィード国王の気持ちを考えれば、気が気じゃないだろう。

 こんな兵器、すぐにでも取り戻したいハズだ。


 何をしでかすかわからない私を、国は全力で捕獲しにくる。

 …………。

 ……。


 まあ、来たら殺すよ。

 ね、アリア?


「リルちゃん……」


 アリアの手が私に触れて、頰の形をなぞっていく。

 その手の動きから、自分の顔が歪んでいることを察する。

 口角が上がっていくのを、自分で制御できない。

 歯を見せびらかして、醜く笑う私。


「……わたしがちゃんと、ついてるからね」


 私はリオ・ビザールみたいに狂っていない。

 アリアを守る使命がある。


 顔を振って、叩いて、余計な考えを追い出す。

 私たちの目的は、私たちを邪魔者扱いするこの国から出ること。


「……リルフィ、強く気を保つのだ」


 父親は、これまでにないほど、確たる意思のこもった目で、私を励まそうとした。


「これから王国は、なんとしてでもリルフィを捕らえようと、追ってくるだろう。他の人間ならば、おそらくここまではしない。しかしリルフィは、ノーザンスティックスの人間だ」


 魔剣と契約したのが私だから、追われる。

 ノーザンスティックスだから。


「……我が家系は、王国の僻地に追いやられ、男爵の位すら与えられず、それでも爵位なしの貴族として領地の管理を任される。王家はノーザンスティックスを疎ましく思うも、目を離せないのだ」


 ウチと王家の間の、確執をほのめかす言葉。

 面倒な裏事情は、まだ続くらしい。


「我が家では王の遺産を管理していないが、守っているものがある。それが王家にとって、目の敵になっている」


 父親がアリアに青い瞳を向けて、その先の王家という肩書きを眺めた。

 王家という概念に、父親が追い詰められる。

 金色の髪をたくし上げて、ため息でその気持ちを漏らす。


「ノーザンスティックスは、血を守っている」


 父親にも、私にも、同じ血が流れている。

 金髪碧眼が、その血の証拠。


「王の財宝は、王族だけが、装備できる武具だ」


 アリアが魔剣を持てば、剣が紅く光り、弾いてしまう。

 王族のアリアは、王の遺産を装備できない。


「リルフィが王の遺産を持っている事は、王家にとって不都合の塊なのだ」


 魔剣を自分の手に顕現させる。

 刀身は穏やかな緑色に輝く。


 それが意味する事。




「ノーザンスティックスは、真の王家なのだよ」




 ——そして、外が、騒がしくなった。

 遠く、村よりも外から、重い足音が地面を鳴らす。


 この場の人間は、気づかない。

 魔剣の力で、常人にあらざる身体能力を持った私だけが、異変を察知した。


「ノーザンスティックスさん! 大変ですっ!」


 家の入り口から、聞き覚えのある女の声が響き渡る。

 父親にとっては突然の訪問。

 対応に出ようと準備をしているうちに、女が食堂まで侵入して来た。


「あ、リルフィさん……!」


 腰まで届くポニーテールを揺らし、ユリアが私の存在を認識した。


「いや、それよりも! 村の外に! 軍が!」


 噂をすれば影がさす。

 こんな最悪な本人登場シーンは滅多にないだろう。


 エルフィード王国の軍が、私を仕留めるために、駆けつけてくれたのだ。


「……リルフィ、こっちにくるんだ」


 父親が席を立ち、私たちを書斎に連れて行く。

 平静を装っているが、早歩き。


「世界はどうして、こんなに厳しいのだろうな」


 父親はクローゼットの中身をあさって、一抱えの荷物を取り出した。

 それを私に、差し出す。


「さあ、これを持って逃げるんだ。ユリアさんから事情は聞いている。国を出るのだろう」


 書斎の窓が開かれる。

 家の裏へ続く出口。


「大きくなったリルフィに出会えてよかった。母さんも喜んでいるよ」


 父親に押されて、窓枠を乗り越える。

 裸足で触れる地面は冷たい。


「ノーザンスティックスの血を守ってくれ」


 アリアが、エリスが、ユリアが、窓を乗り越えて。

 父親がそれを見送ってから、窓を閉めた。


「————」


 もう声は聞こえない。

 振り返って、書斎から廊下に行って、姿も見えなくなる。


「リルフィさん、行きましょう……!」


 誰もいない部屋に、誰かいないか。

 ユリアに手を引かれていても、家の中から目を離せない。


「ユリア、逃げ道は確保してるよ」

「ありがとうマリオン!」


 だんだんと、木々に遮られて家が見えなくなる。

 それでも、私は家のある方向を凝視していた。


「リルちゃん! しっかりして!」


 ずっと、ずっと、ワケがわからなくて、信じたくなくて、そっちを見ていた。




・・・・・・・・・・・




 真相はこうだ。


 私が蛇の洞窟で暴挙に出たおかげで、別行動をしていたユリア一行。

 途中途中にある宿場町で情報収集をしていたところ、エルフィード王国の兵士が動き出したことを知る。


 手配書はアリアに加えて、私が追加されていた。

 ユリア一行はその異常性から、いち早く私たちとの合流地点となるであろうノーザンスティックス領へ。

 両親に事情を話して、私たちが村に着いたとき、すぐに対応できるようにしていた。

 エルフィード軍と私が出会えば、血みどろの戦いが始まってしまう。

 それを避けるために、いつでも私を逃がせるようにしていたのだ。


 私たちが村を訪れるまでの間に、両親は私の置かれている状況を全て知る。

 ユリアはさっき私が聞かされたような情報を、両親から託された。


 だから、両親もユリアも、全部知っている。


 知った上で、私を逃がした。


 一晩くらいならゆっくりできると思って、一家団欒を過ごそうとしていた両親だったが。

 軍の進行は予想よりも早く、まともに会話すらできなかったのだ。


 私が拒絶していたから。

 わずかな時間すら、私のわがままでなくなってしまった。


 父親の、母親の、名前すら呼んでいない。

 顔すらまともに見ていない。


 私は膝に顔をつけたまま、どうすれば良かったかと、ユリアの話を聞き流しながら考えていた。

 出口も入り口もない迷路の中で、ぐるぐると行ったり来たりを繰り返す。


 夜だから真っ暗。

 敵に見つからないよう、火は焚いていない。

 見晴らしのいい高台で少しだけ休憩することになったのだ。

 ここからは、村がよく見える。


 自分の家が、よく見える。


「リルちゃん。これ、ご両親が入れてくれたんだよ」


 最後に託された持ち物の中には、新しい服とか、靴とか、旅に必要なものが詰まっていた。

 今着ている服を脱ぎ捨てて、両親からの贈り物に袖を通す。

 靴も履いて、私はせめてもの償いをした気になる。


 これでも過去が拭えるワケではない。

 拒絶していた反動で、今はなんでもいいから両親との接点を持ちたかった。


 自分の肩を抱いて、服を作ってくれた母親との触れ合いを妄想する。

 足の指をぎゅっと握って、靴を買ってくれた父親への感謝を夢想する。


「……なんでかな」


 ミシ、ミシ。

 ひびわれる。


「私がみんな、殺せばいいのに」


 人間なんか、魔剣があれば十分だろう。

 それなのに両親は、私を逃した。

 ユリアだって、あんなに悪い態度をとった私を守るため、ここまで行動してくれた。


 闇の中、ぼう、と光る故郷を眺めていると、もう何もやる気が起きなくなった。


「誰を信じればいいの」


 良いと思っていたひとには騙される。

 悪いと決めつけていたひとには救われる。


 ひとは、難しい。


 私の生まれ育った村から、風が吹き上げてくる。

 いつの間にか嗅ぎ慣れた、薪のにおい。

 木の焼けるにおい。


 エリスが私の目を塞ぐように、後ろから抱く。


「……リルフィ、何があっても、今は先に進もう」


 ユリアとマリオンが横から私の手をとる。


「私たちは絶対に裏切りません」

「ちょっとだけでも、頼ってほしいな?」


 三人に促されて、重い腰を持ち上げた。

 今やらなきゃならないことは、復讐ではなく、逃亡。

 私を助けてくれるみんなに向き合えるよう、生き延びないとダメなのは、理解している。


 夜の闇に溶けゆく村の方から目を背け、進むべき道を視界におさめた。


「リルちゃん」


 アリアが私の背中を押してくる。

 ここまできて、折れることはできない。

 アリアと私は、幸せを掴むために進むのだ。


「……行こっか、みんな」


 目前に迫った国境の山。

 ここを越えればもうエルフィードではない。

 自由だ。


 深呼吸をする。

 地面をふみ鳴らす鎧の音が、風に運ばれて聞こえる。

 軍は村から移動を始め、こちらに向かってきている。

 私が村にいないことを確認し終えたのだ。


 夜だろうと、進まなければならない。




 ——エルフィード王国軍は生まれ故郷に火を放った。

 夜の闇に、村が燃える様子がはっきりと浮かび上がって。

 最初の火の勢いは、全てを焼き尽くし、鎮火の兆しを見せている。

 私はもう、そちらを振り返らずに、歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る