正しい
リルちゃんに好きって言ってもらえた。
何も考えられなくなった。
この気持ちを言葉にすると陳腐な感じになってしまう。
手を伸ばせば届くような、安っぽい感情と、いっしょにしてはならない。
だから、言葉にしないで、このまっしろな気持ちを全身で受けとめるのだ。
わたしを冒していた吐き気も、ふるえも、ぜんぶどこかに飛んでしまった。
そんなことに、意識をさいているのがもったいない。
セカイにはリルちゃんだけがいればいい。
まっしろになった心をよごさないために、はやくこの場所から離れよう。
リルちゃんは、わたしの気持ちを理解してくれたようで、わたしの腰に回していた手を解いた。
そして、犯罪者の街『レフォーマ』からとどく、人工的なオレンジの光を背に、わたしたちは洞窟の闇へと歩を進めた。
魔力の淡い光の中では、おたがいの表情を見るのがやっと。
街のあかるさに慣れた目が、まだこの闇に適応していないのだ。
リルちゃんの腕をはなさないように抱きながら、リルちゃんの方を向くと、笑いかけてくれるのがわかる。
わたしだけの笑顔。
洞窟の分岐点までやってきて、北の方向に行くように曲がる。
これで、完全に街の光が見えなくなった。
「このまま、一気にノーザンスティックス領まで行こう」
そこは、国境までの道のりで、さいごに通る街である。
そして、リルちゃんの故郷でもある。
「……ごめんね」
リルちゃんには帰るところがあった。
あたたかく迎えてくれる両親もいるだろうし、未来もあったのだ。
「アリア、それは無粋」
リルちゃんに頭を軽くチョップされた。
「せっかくいい雰囲気だったのに」
つい、いつものくせで自分がリルちゃんに迷惑をかけていると思い込んでしまった。
それを、リルちゃんにおこられた。
自分の故郷よりも、わたしのことを考えて言ってくれたことに、リルちゃんの愛を感じる。
愛。
素晴らしいひびき。
「リルちゃん、大好き」
実は、いまでもリルちゃんが告白してくれたことが信じられないのかもしれない。
再確認するように、リルちゃんに気持ちを伝える。
なんどでも言うよ。
「うん」
リルちゃんがうなずいてくれるのを見届け、次の言葉を待つ。
わたしが好きと言ったのだから、リルちゃんにも言ってほしい。
「て、照れるから、許して……?」
あ、かわいい。
「やだ、ゆるさない」
ちょっといじわるしたくなって、リルちゃんの前を通せんぼする。
言ってくれるまでどかないよ。
「……う。……す、好き……」
ただちにキスした。
熱がこっちに伝わってくるぐらい恥ずかしがりながら、もじもじしながらしぼり出したささやき声。
超かわいいのだ。
こんなリルちゃんをほっといておける?
普段は堂々としているところがいいのに、今になって恥ずかしがっちゃって。
そのギャップがそそる。
ねえ、ほっといておける??
「〜〜っ! 分かったから……! ちょっと、魔物きてるし……!」
リルちゃんにベタベタしていると、言い訳をされてひきはなされる。
照れ隠ししたいのが見え見え。
魔物め。
邪魔しやがって。
リルちゃんは魔剣を右手に出現させ、ひとなぎで謎のネバネバした魔物を切りはらう。
粘液がぬちゃっと、剣からしたたりおちた。
うわあ。
どうして洞窟にはグロテスクな魔物しか出てこないの?
「……あー」
リルちゃんが急にめんどくさそうに息をはいて、魔剣をぽとりと地面に落とす。
剣が汚れたのを気にしている様子じゃない。
別のことに気がいってるリルちゃん。
地面について、からんと音をたてた魔剣。
リルちゃんの関心が離れた剣は、すぐにどこかに消えてしまった。
好きな時に出せて、いらない時にすぐしまえる。
便利な機能だ。
それを見て、ハッとリルちゃんの行動を理解した。
問題は魔剣なのだ。
さらに言うと、魔剣の精霊であるエリスのことに気づいたから、リルちゃんが肩を落としているのだ。
魔剣と契約したリルちゃんは、どこにいてもエリスに居場所をさとられる。
一体どういう仕組みなのか、とにかくエリスはリルちゃんを追いかけてくる。
だから、隠された地下の街に、二人だけで逃げ込んでも見つかったのだ。
つまり、いまこの場所も、エリスにはつつぬけ。
「……来た」
わたしにはまったくわからないけど、魔剣のおかげで身体能力が上がったリルちゃんが、気配を感じ取ったらしい。
魔剣につきまとわれたり、でも恩恵を受けていたり。
わたしはその剣、いらないや。
どちらかというと、魔剣の機能を使ってリルちゃんの位置をつねに監視したい。
何かの魔法を剣にかけてやって、リルちゃんにプレゼントすればいいのかなあ……?
「……やあ、リルフィ。先に行くなら言っておくれよ」
エリスが足音を立てずに、うす暗闇の中から出現した。
黒いひらひらドレスは、闇にまぎれてすごく見えにくい。
「リル、やっちまったんな!」
その後ろから、エルフが顔を出した。
こっちは真っ白だから、よく目立つ。
「……リルフィさん」
少し遅れて、ユリアとマリオン。
ひさしぶりに再会したような、びみょうな空気がただよう。
マリオンはリルちゃんを見て、一言も喋らない。
辛気臭い表情をする二人を元気づけてあげようと、わたしはリルちゃんに告白されたと、おめでたい報告をすることに。
「ユリア、わたし——っ」
そうしてユリアの元に行こうとしたら、襟首をつかまれ、言葉がつまる。
リルちゃんだ。
わたしはリルちゃんの目の前まで引き寄せられて、リルちゃんが真っ正面からみすえてくる。
「……あんなのと、話しちゃダメでしょう」
いきなり、ビンタが飛んで来た。
リルちゃんの体重の乗った手に、ふっとばされる。
かたい地面に手をついて、すりむける痛み。
リルちゃんはもう一度わたしの襟首をつかんで、むりやり立たせてきた。
二回目のビンタ——。
顔全体が揺さぶられて、視界がきらきらする。
ふんばったけど、リルちゃんの力のほうが強い。
わたしの体は、地面に叩きつけられた。
「……う、いたい」
「ねえアリア! また、こうやって、痛いことをされたいの!?」
リルちゃんが、急に怒り出した。
なにかわるいことをしたのか、ぜんぜん見当がつかない。
何も言えずにいると、リルちゃんは勝手に言葉を続けた。
「分かる!? アリアはあの街で、他人に騙されて怖い思いをしたんだよ!?」
ユリアがリルちゃんをなだめに行こうとするけど、マリオンに止められている。
それでいいよ。
いまのリルちゃんに触れたら、あぶない気がする。
「私以外のひとと話したらダメっ! アリアはひとりじゃ何もできないっ!」
地面についている手に、何かが触れた。
リルちゃんの言葉を身に受けながら、手の先にあるものを引きちぎる。
不恰好な、真緑の、ブツブツした果実。
洞窟イチゴ。
あの酒場で、この果実から作ったジュースを飲んだから、そのにおいを覚えている。
甘い香りが、忘れたい記憶を掘り起こす。
そうやって、倒れたままぼーっとしているわたしをみて、リルちゃんが急に我にかえった。
「ア、アリアごめんねぇっ!! 痛かったでしょ! 癒しの光、彼のもの、擦り傷を、治療せよっ!」
リルちゃんがわたしの体を抱きかかえて、回復魔法を唱える。
ひざまくら、やわらかい。
しばらく回復魔法の温かい魔力にあたって、手の痛みが引いていった。
その手で、持ったままになっていた洞窟イチゴをひと噛み。
……なまで食べると、青臭くって、つぶつぶが硬くって、まずい。
「アリア、しっかりして!!」
道端になっているものを食べはじめたわたしが、頭がおかしくなったのだと思っているのだろう。
リルちゃんがわたしを抱きしめて、やさしく頭を撫でてくる。
リルちゃんの言っていることは、ぜったいに正しい。
リルちゃんは嘘をつくのがだめと言っていたから、自分の気持ちにも正直になった方がいい。
だから、忘れようとして、がんばって目をそらしていた事実を、やっぱり受け入れなきゃ。
……リルちゃんの言うことは、間違っている。
わたしは、あの街で、怖い思いなんてしていない。
わたしは、人間を、知ってしまったのだ。
「……アリア、おぶってあげるからさ、あいつらにたぶらかされないよう、早く行こう?」
差し伸べられるリルちゃんの手をつかんで、立ち上がる。
続いて、体を持ち上げられそうになるのを、横に避けて、代わりにリルちゃんと手をつないだ。
「リルちゃん、わたしはだいじょうぶ。となりで、歩きたいな」
リルちゃんの言うことは正しいけど、間違っている。
どうしてこんなに変なことになるのか、わたしにはわからない。
リルちゃんの言うとおり、わたしは一人では何もできない。
だから、自分の足であるいて、セカイをよく見わたしてみないと。
そうすれば、リルちゃんの言っていることの正しさも、いつか分かるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます