アハハ

 食事をすべてたいらげ、だらしなくも寝っころがって、心地よい満腹感にひたっていた。

 ベットでよこになっている間に、今日のことが思い返される。


 リルちゃんといっしょじゃないのに、いろいろあった。


 まっさきに浮かんできたのが、酒場で手伝いをさせられたときの、客の笑顔。

 どうしてそんなに楽しそうなのかわからないでいると、冒険者が迎えにきた。

 リルちゃんに見放されたと思って絶望していたり、わからないことだらけだったりと、不安に押しつぶされそうになっているところで、冒険者にうまいことさとされる。


 そして、宿屋ではわたしの存在をよく思わないエリスにナイフを向けられるも、さいごは優しく抱かれ。

 ばったり遭遇したエルフになぜかほどこしを受けた。


 リルちゃんのいない一日。

 そのときこそ、人生のどん底に落ちたような気分でいたけど、あらためてふり返って見ればいやな気はしない。


 生きる価値がないわたしなんかにも、優しくしてくれる人間がいる。

 ずっとリルちゃんのことしか見ていなかったせいで、いつの間にかわたしのセカイは知らないことだらけになっていた。


 エリスも冒険者もエルフも、ちゃんと話してみれば敵対しなくてすむのかもしれない。

 敵じゃなくなれば、きっと旅はもっと楽しくなるのだろう。


 ご飯を食べて気持ちがよくなっているいきおいで、こういうことを考えていると、心のモヤモヤが晴れていく気がした。


「——アリア」


 寝そべっているのが快適で、そのまま寝てしまおうかと誘惑にかられているところ。

 リルちゃんの呼ぶ声がした。


「ん、なあに?」


 重いまぶたを持ち上げて返事をすると、わたしが寝ているかたいベッドに振動がつたわる。

 リルちゃんが乗り込んできたのだ。


「今日のアリア、なんかおかしい」


 リルちゃんがわたしの上に馬乗りになってきて、容赦なくお腹に体重がかけられる。


「——っ」


 満杯になった胃が押されて、食べたものが逆流しそうになった。


 でも、リルちゃんはおかまいなし。

 まっすぐにわたしをにらんでくる。


「なんか大人しすぎない? いつもならこうすれば、もっと喜んでくれるよね?」


 確かにそうだ。

 言われると意識してしまう。

 リルちゃんのおしりがぴったりくっつけられている事実に、下半身がむずむずしてきた。


 でも、それまでは何も感じていなかったのだ。

 ふつうなら無意識に体が喜んでしまうわたしが、今回は気づかなかった。

 いつもと違うに感覚に埋もれて、リルちゃんとふれあえるしあわせに対して、鈍感になっている。


 でも、もう大丈夫。

 すっごい良い気分になってきた。


「……ユリアに変なコト、言われたんでしょ。さっき話してて、絶対に何か隠してる感じがした。怒らないから、ユリアと話した内容、ちゃんと教えて」


 リルちゃんがわたしの腕をつかんで、顔を近づけてきた。

 吸い込まれそうな深い青色の瞳に、意思が、思いが、ぜんぶ持っていかれる。


 リルちゃんの命令には従わなければならない。

 リルちゃんと密着している状態に、体だけじゃなく、心も自然と興奮してくる。

 リルちゃんの色で全身が塗られていくような体感。

 リルちゃんがわたしのいけない考えを抜いてくれて、正しい情報を流しこんでくれる。

 リルちゃんにユリアと話したことを、教えないと。


「ユリアにね、もっとリルちゃんと会話しろって、言われたの……!」

「それだけ?」


 リルちゃんがわたしの言葉を聞いてくれて、返事をしてくれた。

 たまらなくうれしくなって、もっと話したい。


「リルちゃんに捨てられないように、わたしのことをもっとリルちゃんに教えてあげろって!」

「ふぅん?」


 わたしの全てを知ってほしい。

 わたしに全てを教えてほしい。


「わたしが、リルちゃんと二人っきりになるために、リルちゃんを魔法学校から退学させて、今こうして旅をしているんだってことをっ!」


 わたしの罪、欲望。

 きたないわたしを、愛してほしい。


「でもリルちゃんは全然わたしのことを見てくれなくって、わたし以外の人間をどんどん引き寄せちゃって————っ!」

「うん。もういいよ?」


 リルちゃんの手が、わたしの口をふさいできた。

 リルちゃんの気持ちとか、わたしの想いとか、まだまだ言いたいことがいっぱいあるのに、止められてしまった。


「…………はあ」


 小さいため息。

 リルちゃんがわたしから目線を外し、窓の外を眺める。


 洞窟の中の街。

 昼も夜も関係なく、人工の光で満ちている。


 いつ見ても同じ景色が見える。


 ——ぴくり。


 お腹の上のリルちゃんが、ぴくりとゆれる。


 ぴくり、ぴくり。

 だんだん間隔がせばまって、動きに合わせてリルちゃんの口から息がもれ始める。


 ……笑っているの?


 目も、表情も、いっさい形を変えずに、リルちゃんは笑っている。


 わたしを、見る。

 青の虹彩の中心に、深い闇をたずさえた瞳孔が広がっている。


 荒い呼吸と、間違えてしまうような状態から、ついに、声が、発せられる。




「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」




 リルちゃんが、両手でわたしの首をしめてきた。

 止まるわたしの呼吸。


 その刺激で、ふと、我にかえる。


「面白い冗談だね! そう言えって、ユリアにそそのかされたの!?」


 ちがう。

 かろうじて、首を横にふる。


 本当のことを言ったんだよ。

 わたしはひとりよがりな理由で、リルちゃんをひどい目に合わせてしまった。


 もっと強い力で締められてしまい、体全体をふるってリルちゃんの言葉を否定する。

 わたしの反応に、リルちゃんは歯をむき出しにして、いびつな笑みがいっそう深まる。


「アリア! 他のひとの言うことって、信じちゃいけないんだよ!」


 関係ない。

 ユリアはわたしの背中を押しただけ。

 信用とか、そういう問題じゃない。


 あたまに血がまわらない。


「大人は、寄ってたかって、私たちを不幸にしようとするんだ!!」


 仲間というだけでゆるしてくれた人間もいた。


 いきがくるしくなってくる。


「アリアは何も知らない王女さまだから! 私の言うことだけを聞いてよっ!!」


 まわりをみれば、もっとしることができる。


 しかいがちかちかする。


「アリアは私の憧れで、汚れちゃダメなんだからっ!!」


 わたしはきたないにんげん。


 とおくなっていく。


「私だけ、見ていれば、幸せにしてあげるのに……!」


 かおがぬれる。

 なみだ。

 だれの?




 もう知らない。

 真っ暗になった。




「……あ、れ、……アリア……? ね、ねえ、返事、……何か言ってよ……? え、……だ、大丈夫だよね……? また嘘ついてるの、ねえ? 目を開けて? ねえ、ねえっ!」


 リルちゃんの声は聞こえている。

 だいじょうぶだよ。

 人間がこの程度で死なないことなんて、きたないわたしはよく知っている。


 リルちゃんは純粋だ。

 きれいだ。


 その透明な心が好きで、ずっと憧れていた。

 よごしたくなくて、独り占めしようとした。


 わたしが思っていることは、リルちゃんとほとんどいっしょだったんだ。


 会話をして、気持ちを伝えることって、大事なんだね————。

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