食の道
じつは、ユリアとマリオンって敵じゃなかったのでは?
わたしの脳内に、一つの仮説が浮かびあがる。
いちばん最初に出会ってしまったときから、かわいいリルちゃんを狙って接触してきたのだと思っていた。
けれど、さっき目撃してしまったように、ユリアとマリオンは二人だけのセカイで完結している。
リルちゃんのことなんて眼中にないのだ。
これまでの冒険者の行動といえば。
エルフの里では、リルちゃんに接触するどころか、一人で暴走したわたしをなぐさめてきた。
リオ・ビザール男爵の家では、ほとんどリルちゃんと話していなかった。
そしてここでは、リルちゃんにだまって、酒場にいたわたしを探しにきた。
冒険者はリルちゃんを狙っているというより、どちらかというとわたしに構ってきている。
敵だと思ってなんども攻撃したことがあるのに、冒険者は決して反撃をしてこなかった。
つまり、向こうはわたしを敵として見ていないということだ。
酒場で冒険者が言っていたことを思い出す。
仲間。
それって、好きとはちがう価値観?
わたしに構ってくるのは、仲間だから?
そんなことをする意味は?
わたしの知らない価値観をもつ冒険者は、まだまだ謎のおおい人間である。
今はまだ、わたしには結論が出せないらしい。
ちょうど、部屋の外から階段を上ってくる音が聞こえる。
リルちゃんが帰ってきたのだろう。
「アリア、開けて」
リルちゃんに呼ばれて扉を開けると、両手いっぱいに料理を持ったリルちゃん。
テーブルにあったものをぜんぶ持ってきちゃったような量。
ベッドの上とか、備え付けのチェストの上とか、床とか、リルちゃんは置けるところに料理を置いていく。
座るところがないよ。
「さ、アリア。私がいなかったから、朝も昼も食べてないでしょ。いっぱい食べてね」
リルちゃんがせっせとパンに野菜と肉のフライをはさむ。
扉の前で動かないようにしていたわたしのもとまで持ってきて、即席サンドを口元にまでよせられた。
「ほら、アリア、こういうの食べたことないでしょ。口をめいっぱい開けて、かじりついていいんだよ」
まるでわたしが何もできない子のような扱い。
まあ、確かにこんな前衛的なサンドイッチは食べたことないけど。
まずどこかに座らせてほしいところだけど、リルちゃんがサンドイッチをグイグイと近づけてきている。
リルちゃんの期待のこもったまなざしを向けられて、すごくドキドキしてきた。
期待にこたえられるように、わたしは今まで生きてきた中でいちばんおおきく口をあけて、サンドイッチにかみつく。
最初のパンを突き破り、野菜のサクサクと軽い層を通過して、最後に歯ごたえのある分厚い肉にたどりつく。
それをひと思いにかみちぎった。
口いっぱいにほおばったサンドイッチを、今度は少しずつかみくだいて味わってみる。
エリスの料理は人間をダメにする。
主役である肉からは、かめばかむほどうまみが出てきて、しっかりつけられた下味と混ざり合い、意識がとびそうになるくらい強い刺激となって脳を揺さぶろうとする。
素朴な味わいの野菜とパンがそれをやわらげてくれて、なんとか正気をたもつことができるのだ。
でも、正気を失わなかったせいで、また次が欲しくなっちゃう。
それぞれの食材を、上品に一つずつ食べる時とはちがう、暴力的な味と食感の奔流。
あーーーー。
おしっこもれそう。
エリスの料理は、まともに味わったら体がもたないことがわかった。
今まで食事中も別のことに集中がいっていたから、ここまでよく味わうのは、はじめて。
こんなにも危険な料理だとは思わなかった。
リルちゃんの前でいちばんリラックスしている状態でこの料理。
廃人になってもおかしくないよ。
「私もっ」
今度はリルちゃんが、かじりかけのサンドイッチをほおばった。
両方のほっぺに食べ物をためてもぐもぐしているリルちゃんが、これまでにないほど愛らしい。
そのかわいらしさが、次第に色っぽくなっていく。
顔が赤くなって、目がとろんとうるみ、息づかいが早くなっていくリルちゃん。
リルちゃんもあの味の暴力に精神をじゅうりんされているのだ。
その表情をまじまじ見せつけられて、わたしの欲望も再び燃えあがってくる。
目線がどこかにいっているリルちゃんの手から、サンドイッチをうばって二口目を喰らう。
やあ、また会えたね。
肉がそう言って、わたしの舌を隅から隅までなでまわっていく。
リルちゃんがだらしない表情で、わたしの手にある残りのサンドイッチをなめとるように口に入れた。
そして、二人して床にひざをつく。
料理がおいしすぎて、立っていられないのだ。
そんなことってありえるの?
あるんだよ。
今まさに体験しているところ。
もっと、もっと欲しい……!
でも料理が乗っているお皿は、手の届かないところに……!
たった数歩先にあるものなのに、腰がくだけて動けない。
なのに食欲は、お腹から喉をシャトルラン。
リルちゃんの手をにぎりしめて、心の底からうなりをあげる空腹感をやりすごす。
むり。
きたない床なのに構わず倒れこんで、リルちゃんといっしょに這って進む。
腕を伸ばして、ついに指先に白いスープ皿がふれる。
例えるなら、飲み水がなくなって死にそうな冒険者が、泉を見つけたような気持ち。
エリスが長いこと煮込んでいたシチュー。
必死に体の方までたぐりよせて、スプーンも使わずに中の液体を口に含む。
————。
これは、飲んでいるの?
それとも、食べているの?
具がはいってきたのはしっかりわかる。
イモ、根菜、葉野菜、それと、魚。
それぞれの存在が、しっかり主張している。
でも、あっという間に通り過ぎてしまったのだ。
わざわざかまなくても、口の中に入れたとたんに自然にくずれて、お腹の中に向かって走り去っていく食材たち。
にぎやかな味が通ったあとに残されたわたしは、ひたすらさびしさだけを感じる。
だから、もう一口。
ああ、楽しい……!
あ、行っちゃった……。
一瞬ですぎ去る快楽を追い求めて、わたしはなんども器をかたむける。
さらに一口。
また一口。
そんなペースでシチューを食べていたら、なくなるのもあっという間。
まだ、全然足りないよ……!
リルちゃんはわたしよりも前の方まで進んでいて、シチューとサンドイッチを両手に持ってうっとりしている。
ずるい。
全部とられたくないという想いが、わたしに少しの力を与えてくれた。
その力でなんとか立ち上がって、料理が密集するベッドのところまでよたよたと進む。
料理からほとばしる気高い香りが、わたしの足腰をよろめかせる。
それでも頑張って進み、ベットのふちで力尽きた。
すごい……料理に囲まれてる……!
もう我慢しなくていいのだ。
めくるめく食の世界へ!
※この後滅茶苦茶食べた
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