ご休憩
夕食の準備ができたことを、宿にいる人間に伝えることに。
必然的にリルちゃんと会わなきゃいけないから、気まずい。
また、リルちゃんがわたしを拒絶するようなことを言ったら、今度こそ立ちなおれない。
ショックで心臓がとまって、リルちゃんの前にみにくい死体ができあがってしまう。
存在価値がないわたしの死体は邪魔だろうから、もし死にそうになったらユリアの部屋までがんばって這ってから死のう。
重い足を持ち上げながら階段をのぼり、客室をめざす。
そうこうしているうちに、リルちゃんの部屋の前についてしまった。
ノックをして呼ぶだけの、簡単な作業。
それができなかった。
扉の前で、自分が異次元をただよっているかのような感覚におちいる。
リルちゃんとの接し方がわからない。
こわい。
そういうのが頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ざって、地に足をついている感覚さえわからなくなった。
だめだ。
まだリルちゃんと顔を合わせられない。
扉の前から一歩下がると、少しだけ落ち着いた。
他のみんなを呼んでから、さいごにまた来よう。
そうして隣の部屋の方に行こうとすると、そっちの扉から人間が出てきた。
呼び出す手間がはぶける。
「……あ」
わたしより小さい白髪のエルフと目が合う。
いつもわたしに突っかかってくるエルフの子供。
今回は、すぐに目をそらされて、こっちに近づいてきた。
「……ふんっ」
目の前まで接近してきたエルフが、流れるようにわたしの手をつかみ、何かの物体をわたしに握らせる。
それから何も言わないまま、エルフは勝手に階段を降りて行った。
持たされた物体の正体。
きっと悪質な嫌がらせにちがいない。
ゴミのわたしには、ゴミを持っているのがぴったりなのだ。
エルフもたまには気がきくね。
と、手の中に収まっているものに期待して、手を開いてみる。
丸まった白い布であった。
見覚えのあるその生地を、広げてみる。
——逆三角形。
それぞれの辺に穴が開いており、そこに足と胴体を通す衣類。
ウエスト部分には「リルフィ」と名前が書かれた逸品。
リルちゃんのぱんつだ。
エルフはわたしに、これを授けたのだ。
「……どうして?」
エルフにとって、これは宝物のはず。
それを敵であるわたしに渡すなんて、どういう風の吹き回しなのだろう。
とりあえずぱんつをポケットにしまって、ユリアの部屋に向かう。
さっきまでわたしがいた部屋だから、ノックもせずに遠慮なく入る。
「マリオン、マリオン——!」
「ユリアぁぁぁ——!」
冒険者がすっぱだかで抱き合い、互いの名前を呼びながら激しく動いていた。
……。
「終わったら食堂にきてね」
わたしの存在に気づかない冒険者に、本来の目的を告げてあげる。
「……っ!!」
「ア、アリア!?」
ユリアとマリオンがばっと起き上がって、ベッドのシーツで体を隠す。
二人の顔は上気しており、その原因は恥ずかしさではなくて酒酔いでもない。
隠しきれていない二人の肌には、ポツポツと赤く充血した箇所が見える。
何か細いものでしばらく肌を吸った時にできるあと。
それが首筋とか、腹とか、足にまんべんなくある。
のぼせたような表情で息を切らして、わたしの存在に理解が追いついていない様子。
とても激しい運動だったようだ。
「あ、あのっ、これはっ」
言い訳しようとしているユリアは、目を泳がすばかりでその先の言葉が出せない。
仕方がないからわたしが感想を言ってあげる。
「二人では、そうやってやるんだね」
冒険者の汚い光景に、鳥肌がたつ。
目が汚れる。
「アリアにいけないこと知られちゃったよ!」
マリオンが耳障りな声で叫び出すから、わたしはさっさと部屋を出て扉を閉める。
どうぞごゆっくり。
で、問題はリルちゃんの部屋である。
ほんの数分しか経っていないのに、色々あったせいで、今度は部屋の前に立っても気分が落ち着いていた。
気が変わらないうちに、リルちゃんを呼んでしまおう。
こん、こん、こん、と。
中に聞こえるようにしっかりと扉をたたく。
「リルちゃん」
その名前を、久しぶりに口に出した気がする。
扉に耳を当てて、中の様子を確認する。
ドタドタと、こちらに走ってくる音。
その勢いに、そくざに扉から離れようと身を引こうと思ったが、体の動きは追いついかなかった。
扉が内側に開かれて、体重の支えを失ったわたしは転んでしまう。
「うわっ!」
いきなりなだれ込んできたわたしに対して挙がる声がひとつ。
他でもない、リルちゃんのもの。
「アリア!」
名前を呼ばれた瞬間、全身に力がみなぎってきた。
これまでの悩みがぜんぶ吹き飛んで、わたしは地面から生えてきた植物のごとく、にょきりと立ち上がってリルちゃんのご尊顔を拝む。
なんてご立派なのだろう。
すぐに飛びつきたいけど、いったん落ち着いて様子をみよう。
リルちゃんの瞳からは、別れ際に見せたような闇が、
…………あれ?
ふと感じた違和感の正体を確かめているうちに、リルちゃんがわたしに飛びついてきた。
「アリア! ひどいことしてごめんねぇ! ひとりにさせてごめんねぇ! 寂しかったでしょ! 怖くなかった!? 変なひとに絡まれなかった!? 帰ってきたら部屋にアリアがいなくって、ユリアさんとマリオンさんが大丈夫って言ったんだけど、探しても探してもいないし! アリアにもしものことがあったらって思って、どんどん怖くなっちゃって! どうして私、あんなことしたんだろう!? アリアは私がいないとダメなのに! 少し考えればすぐに分かることなのに! でもよかった! 戻ってきてくれた! 本当によかったよぉ!」
リルちゃんの汁が全体的にわたしの服に染み込んでいく。
ひつようとされている。
これ以上ない幸福感。
さっきの違和感はどうでもよくなり、リルちゃんの体を心の底から受け止める。
受け止めていると、次第に抱きついてくる力が強まってきた。
しばらく、至福のひとときを過ごして、リルちゃんの呼吸が整う。
「ユリアさんはアリアと一緒にいたって言ってたけど、嘘だよね」
脇腹のあたりを締め付けられる。
リルちゃんとの密着度が増して、うれしい。
「におい。いつもと違う」
リルちゃんはいつもと一緒。
汚れを知らない、澄みきった純水に甘い果汁を垂らしたような香り。
とても安心する。
「お酒のにおいだ」
酒。
少し落ち着いたと思ったけど、まだ残っていたようで、リルちゃんに不快な思いをさせてしまったのかも。
酒は大人のにおい。
リルちゃんは顔をあげて、わたしの顔をじっと覗き込んできた。
じーーーーーーっと。
「アリアはキレイなままでいないと」
そういうリルちゃんの表情こそ、美しい。
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