冒険者

 現在に至るまでのこと。

 胸の中のわるいものを吐き出すように、ひとりごと同然の声で3人に話す。


 ユリアは、リルちゃんが落ち込んでいたと言ったけど、そんなはずがない。

 リルちゃんは、わたしがすぐにかんしゃくを起こすから、いやになってしまったのだ。


 大きい声を出した時、リルちゃんにいつも止められるから、いけないことだとわかっていたけど。

 どうしても抑えられなかった。


 リルちゃんを誘惑する敵がいたら駆除しないといけない。

 その思いは、我慢しても我慢しても隠せるものではなかった。

 だからリルちゃんに見放されたのだ。


 本来ならそれは、リルちゃんの見えないところで済ますことだった。

 学校にいた時は、もちろん裏でリルちゃんを外敵から守っていたから、わたしはいい子だったのだ。

 でも最近は、リルちゃんとずっと一緒にいるせいで、わたしの本性が隠せないところまでになっていた。


 ……わたしのほんとうのすがたを見て嫌われたということ。

 それはすなわち、リルちゃんはわたしという存在を完全に否定したことになる。


 前までは、リルちゃんをわたしに依存させて、二人っきりのセカイを築こうとしていた。

 リルちゃんの意思はほとんど関係なく、わたしの作るストーリーに沿っていればよかったのだ。

 しかし、学校の外のセカイはなんにも思い通りにならない。

 いつしかリルちゃんの周りには多くの人間がまとわりつき、わたしがいなくても十分やっていける状態になっていた。


 わたしがリルちゃんにとり入るしかなかったのだ。

 それが失敗した。


 わたしはひとり。

 リルちゃんには仲間がいる。


「——リルちゃんは、最後に距離を置こうって言って、わたしを部屋に残して出て行った」


 一連の流れをユリアに語って見せたところで、リルちゃんが戻って来るわけではない。

 ただの負け惜しみ。


 笑って踏んづけてそこらへんに転がしてくれれば、わたしもラクだ。


「アリアさん、それはあなたが嫌になったからではありませんよ」

「……だったらいいね」


 あのとき見えたリルちゃんの表情。

 光を失ったうつろな目は、わたしへの興味を無くしたあかし。

 キラキラと輝いていた青い瞳に、あんなにも暗い影がさすなんて。


 もうリルちゃんの声を聞けなくなるんだと思っていると、ヨハンの大きなため息の音。


「アリアたぁん? 必要なのは、会話、よん!」

「そうですよ。リルフィさんもアリアさんも、自分の中で終わらせようとするからこうなるのです。今私に話してくれたこと、リルフィさんに全部話してあげましょう?」


 それをしてしまえば、リルちゃんにはもっと嫌われてしまう。

 リルちゃんが苦しんできたのは、わたしのせいだって、ぜんぶ話さなきゃいけないから。


「リルちゃんに、憎まれてしまう……」


 テーブルの向かい側から手が伸びてきて、わたしの頭にコツンと、マリオンの拳があてられる。


「いま、アリアが話してくれたからさ、アタシたちはアリアのことが分かったんだよ。分かったから、助けてあげようと思うんだ。なんでかわかる?」


 マリオンの言葉に、首をふって返す。


「仲間だからだよ。アリアだってアタシたちのこと、仲間だって思うでしょ?」


 首をふる。

 失笑を返される。


「即答だねぇ……。ま、まあ、言いたかったのはね、仲間なら多少のことは気にならないってこと」


 それはあまりにも不安定な理論だ。

 仲間なんてあいまいなつながりを理由に、罪は許されるものではない。


 こんなわたしでも、それだけは知ってる。

 理解しているから、いままでリルちゃんにはわたしがおかした罪を話せないでいるのだ。


「……アリアさんには色々されましたけど、今となっては手のかかる子だなって思いますし」


 マリオンとユリアが机に手を置く。

 どちらも手首から先へ、肌の色が変わっている。


 わたしがふたりと出会った時に、でしゃばるふたりの手首に対して切断の魔法を放ち、リルちゃんにバレるのが嫌でくっつけてやった。

 その時にお互いの手が入れ替わってしまったのだ。


 思えばその時から、この二人にはわたしの脅しが効いてなくて、エルフの時も、ここでも、事あるごとにわたしと関わってくる。


「……なんで?」


 危害を加えてくるやつは、敵なのに。

 敵は排除する。

 わかりあうことなんてない。


 ユリアとマリオンは、わたしを敵と認識しないとおかしい。

 隙を見せれば襲ってくると思って、心のどこかでずっと警戒していたのに。


 どうしてその笑顔を、わたしに向けてくるの。


「その答えは、自分自身で見つけるのよん☆」


 ヨハンがヘラヘラと、目元にシワを作りながら問題をなげた。

 ユリアもマリオンもヨハンに続いてうなずいている。


 疎外感。

 モヤモヤする。


「——さ、いい時間ですし、早く帰りましょう。帰ってリルフィさんとお話しましょうよ。アリアさんがいないと泣いちゃいますよ?」

「実はアタシたちね、リルフィに黙ってこっそりアリアを探しにきたんだよ」


 二人がヨハンに会釈をして、グラスに残った酒を一気に飲んで席を立つ。

 わたしも何かをする間もなく、ユリアに手を引かれて立ち上がることとなった。


 クラっとくる。

 そういえば、まだ飲酒の後遺症が治っていない。

 頭が痛いし、気持ちわるい。


 思わず顔をしかめていたら、ユリアとマリオンがわたしの両脇にきて、肩を支えてきた。

 体が軽くなって、ずいぶんと楽になる。


「どうもヨハンさん、アリアの面倒を見ていただき、ありがとうございました」

「いいのヨォ〜。ユリアたんとマリオンたんみたいな心優しい冒険者が地上にいて、あちしはうれぴーっ!」


 ユリアの挨拶で、場は解散となる。

 冒険者にほとんどひきずられながら酒場から外に出て、ヨハンはそこまで見送りにきた。


「じゃ、またくるのよォ! あちしのア・リ・ア・たんっ!」


 振り向きざまに放たれたヨハンの投げキッスを、だるい体に鞭打ってよけた。




・・・・・・・・・・・




 宿屋についたら、ひとまずユリアとマリオンの部屋に身をおくこととなった。

 リルちゃんの部屋からふたつ離れた部屋で、となりの物音はきこえない。


「アリアさん、酒くさいですからね」

「このままリルフィのとこ行ったら怒られちゃう」


 ベッドが二つだけの狭い部屋に三人。

 わたしが片方のベッドにころがされて、冒険者はもう片方のベッドに隣り合って腰かけた。


 そしていきなり、二人がぬぎ始めた。


「ふぅー。今日も肩こりがすごいやー。胸が大きいせいで」

「ふふふ。ケンカ売ってんのか?」


 ユリアがキレて、いつものていねいな口調がなくなる。

 上着をぬいだマリオンの胸が、ぶるんと震え、べちっと音がなった気がした。

 その暴れ狂う胸をユリアが押さえつける。

 しかし、その手はマリオンの胸に沈んでゆく。飲み込まれてゆく。


 圧倒的なボリューム。


「ユリアがさわってくれるから大きくなるんだよ」

「てめえこのやろう」


 ユリアの手を自身の胸でとらえたマリオンは、そのままユリアの背中に手をまわし、抱き寄せた。

 そして、わたしの目の前だというのに、マリオンが強引にユリアと口づけを交わした。


 興味のない他人の絡みほど、見ていて気持ちがわるくなるものはない。

 酔いも手伝って、本格的に気分がわるくなってきた。


「——ん。ユリアのくちびる、さっきアリアに取られちゃったからね」

「……もうっ!」


 ちょっと。

 どういうことよそれ。

 わたしに取られただって?


「あれはアリアさんがよっぱらって正気を失ってたんです! しょうがないでしょう!」

「でも、お口直し」


 もう一度、見せつけられるキスシーン。


 深呼吸。

 酒を飲んでいい気分になっていた時のことは、まあまあおぼえている。

 ふわふわしてて、視界がゆがんでいて。


 リルちゃんの幻覚に、思いっきりキスをしたんだ。


 その時の感触がしっかり残っている。

 あれは、酒場に入ってきたユリア……?


 酔ったわたしはユリアに飛びついて、吸い上げるようにキスをしてしまったのだ。


「——ぅっ!」


 いろいろ、込み上げるものがある。

 頭痛い。

 気持ちわるい。


 最後の力をふりしぼって、体を起こしてベッドからでる。

 と、トイレ……!


「アリアさん! 大丈夫ですか!」


 ユリアの声を聞くと、よけいにあの時の生々しい感触がよみがえる。


 そんなユリアに背中をさすられて、もうわたしはゴールすることに決めた。


「——おえええぇぇぇぇぇっ」


 すっぱい。

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