壁ドン

 洞窟に入ってから歩き続けること数時間。

 入り口付近よりも濃い魔力が充満して、いよいよダンジョンらしくなっている。


 リルちゃんは剣を具現化して、警戒しながらわたしの前を歩いている。

 わたしを守ってくれるナイト。

 かっこいいけど、そんなに気張ってたら疲れちゃうよ。


 ここからは定期的に休憩をはさんで、方角を確認しながら進む。

 方角を見るにはすこし特殊な魔法が必要で、土魔法の「方位針」が必要だ。

 魔力で作った石の針を水の上に浮かべると、ある一定の方向をさす性質がある。

 それは、このセカイのどこかにあると言われている、魔力の発生源に向く。


 魔力はセカイの中心で無限に産生され、一定の流れを作ってセカイの端まで広がっている。

 だから、魔法で作った石は魔力の流れを感知して、セカイの中心をさすのだ。

 わたしたちは、その方向を北として生活をしているのである。


 ちなみに、魔法を使えない冒険者たちは、ダンジョンで発掘できる魔法石を水に浮かべることで、方角を知る。


 魔法石は魔力を含んだ石なんだけど、ダンジョンから出すとどんどん魔力を放出し、ただの石になる。

 だから魔法石は消耗品で、冒険に出るたびに買いなおさないといけないから、コスパがわるいね。

 だけど、魔法石をとって売って生計を立てている人間もいるくらい、魔法石は広く使われているものなのだ。


 と、いうわけで。

 分かれ道にさしかかってきたので、方角を確認することにした。

 蛇の洞窟は北に向かって伸びているから、分かれ道も北を向いている方を選べば大体だいじょうぶ。

 それ以外を選べば、だいたい袋小路か出口か、なのだ。

 冒険者に広く伝わっている、このダンジョンの攻略法だ。


「アリア、水魔法お願い」

「うん」


 リルちゃんがわたしを頼ってくれた。

 小さなことでも、頼られていることに心が晴れやかになる。

 はやく襲いたいなあ!


 っていうのも、まだ顔に出すわけにはいかない。

 ガマンして、荷物から料理用のなべを取り出して、水魔法で中身を満たす。


「……本当に、無詠唱なんだねぇ」

「リルちゃんもやろうと思えばできるはずだよ?」


 詠唱は、魔法を誰でも使えるようにするために作られた言葉。

 詠唱をすれば、魔力の流れとか、力の変換とか、なにも考えないでも使えるようになる。

 でもそのせいで、おおくの貴族が魔力を操作できなくなってしまったのだ。

 まあそんなことどうでもいいけど。


「うーん……出ろ! はっ! やっ!」

「リルちゃんのそれは、ふんばってるだけだね?」


 ふんばっても魔法は出ない。

 かわいい。

 リキみすぎてちびったらわたしが受け止めてあげたい。


「ダメかぁ。……魔石よ、リルフィの名のもとに、源を示せ」


 ちゃんと詠唱をすると、今度はしっかりと魔法の石の針が形成された。

 水に浮かんだそれは、しばらくの間ゆらゆらと揺れて、落ち着いてくるとゆっくり針が回る。

 そして、あるところで止まった。


「こっちですね。ここに入ったのはお昼すぎですし、次にちょうどいい小部屋を見つけたら、そこで野営をしましょうか」


 ユリアが仕切る。

 いまや戦力としては最弱の冒険者様(笑)で、旅の知識を教えることしか能のない人間。

 わたしたちが不自由なく冒険できるようになれば、なんのために存在するのか不明な人間になる。

 ゴミにならないように、せいぜい頑張ればいいんじゃない?


「じゃあ魔物が出たら狩ろうか」


 ユリアの発言に応じて、マリオンも口を開く。

 この女はユリアの付属品みたいなもので、基本的にリルちゃんを誘惑することはない。

 最近になってそれがわかってきたから、大人しくしておいてやっている。

 それよりも大きな問題が立ちふさがっている。


「……ふふ。いいのが狩れたら、ボクの出番だね」

「……!」


 魔剣の言葉に、リルちゃんがピクリと反応を見せる。

 リルちゃんの目が、魔剣からハミ出てきたような女に向けられるのに、たまらなく嫌悪感を覚えた。


 この数日間のうちに、魔剣はリルちゃんの胃袋を掴んでしまったのだ。

 わたしが料理できないのをいいことに、あの魔剣は食事係を一手にひきうけてしまった。


 すると、これまで冒険者が作っていたような、焼いただけ、煮ただけの料理から一変。

 わたしが王宮にいたときに出されていたような、繊細な味付けがなされた逸品が並んだ。

 魔物の肉や保存食からどうやって作り出すのか、能力の差を見せつけられたようでくやしい。

 けれど、味はわるくない。

 わるくないというか、言いたくも思いたくもないけど、……おいしい。


 硬い肉をミンチにして丸め、野菜と混ぜてふわふわな食感にするなんて反則でしょ。

 リルちゃんの嫌いなニガイモを、塩と香辛料の味付けだけで克服させたなんて、ありえないでしょ。


 くっ。


 認めたくはないけど、魔剣がいることでパーティーの食生活が豊かになったことはたしか。

 食事の時間だけは、リルちゃんの意識は魔剣に奪われっぱなし。


 ああ欲求不満。


「ん、そこの曲がり道の先に魔物がいそう。大きいよ」


 リルちゃんが誰よりもはやく魔物の気配を察知する。

 魔剣を手に入れてから、リルちゃんは熟練の冒険者なみに強くなった。

 すごく頼もしくて、わたしが欲していたかっこいいリルちゃんが見られる反面、わたしを頼ってくれるチャンスが減ってちょっと寂しい。


 わたしたちはそれぞれの臨戦態勢をとって、緩やかにうねった道を進む。

 すると、リルちゃんの警告どおり、大きな魔物の影が見えてきた。

 リルちゃん3人分の高さがある一つ目のケモノ。


 見た目は地上にいるニクサキイヌのような四足歩行動物だけど、ダンジョンの魔物はやっぱ一味ちがう。

 特有の薄暗さもあいまって、その大きさと見た目の不気味さにおもわず尻込みする。


 どんな魔法なら通るかな。


「わっちがやるん!」


 わたしが一瞬出遅れてしまったために、エルフに先頭に立たれてしまった。


「アリア! 後ろからも来てる!」


 リルちゃんがわたしの方にかけ寄ってきたので、反射的に抱きしめようとしたら、通り過ぎてしまった。

 リルちゃんの残り香を逃さないように深呼吸をすると、後ろにべちゃべちゃと音を立てる巨大生物が現れた。


 うわっ、くさっ。

 魔物から発せられるの異臭をもろに嗅いでしまった。

 この五感すべてが拒否反応を起こすような魔物は、ヒトクイナメクジという。


「下がっててね!」


 リルちゃんはわたしとナメクジの間に立って、剣を構える。

 魔物はリルちゃんとの間合いなんて考えずに、その巨体にものを言わせて襲いかかってきた。

 一方で、エルフの戦況を見てみると、すでに魔物は仕留められていた。


 これはチャンス。


「あっリルちゃんあぶなーい」

「え!? アリア!?」


 ナメクジの攻撃を受け流そうと、わたしに背を向けたリルちゃんの腕を引っ張って、エルフの方へ走った。

 魔物は人間を襲えれば標的なんて誰でもいいのだ。

 リルちゃんとわたしが下がったことにより、ナメクジの攻撃対象は冒険者と魔剣、エルフに向かっていった。


「あいつに剣は効かなさそうだからここはエルフに任せてにげないとー」

「ちょっと! 別行動は危ないって!」


 わたしはリルちゃんの腕を掴んだまま、洞窟の奥へと走っていく。

 途中でもう1匹の巨大ナメクジが現れたりもしたけど、風魔法『加圧』で通路の脇に押し込んで仕留める。


「アリア普通に倒してるし! なんで走ってんの!?」

「ふぇぇこわいよー」


 分かれ道を適当な方向に進むと、袋小路についた。

 周囲の魔物はぜんぶ倒したし、やっとふたりっきりになれた。


「はあ、はあ……ア、アリア……何考えてんの……?」


 どうせすぐに見つかる。

 魔剣があるかぎり、あの女が目ざとく見つけてくるだろう。

 だから早く済ませよう。


 リルちゃんを壁に押し付けて、その両脇の壁に手をついて逃げ道をふさぐ。

 リルちゃんのかわいい顔が目の前にあって幸せ。


 わたしはリルちゃんの唇めがけて顔を近づけようとした。


 ガクン。


 手をついている壁が、気の抜けた音とともに奥へと沈んだ。

 姿勢が崩れて、リルちゃんの首元に顔が当たる。

 幸せ。


「ア、アリア……! 壁が……!」


 リルちゃんが急にわたしから離れていったと思うと、それはわたしの思いちがいだった。

 わたしが手をついていた壁が、奥の方に開いていったのだ。

 だから、リルちゃんに夢中になっている一瞬のうちに、壁の感触がなくなっていたことにいま気づいた。


 袋小路だった通路に、新しい道ができていた。

 隠し扉、というものだね。


「——ようこそ! 地下の街へ!」


 道の先から男が歩いてくる。

 その奥の人工的な光が、男のシルエットを引き立てていた。


「おや? こんなに幼い女の子が……? まあいい、ひとまず案内してやろう!」


 と、リルちゃんが突然の出来事に混乱しているスキに、ほっぺにキスした。

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