3章 転換

肉食獣

 リルちゃんと共に歩むと決めた。

 リルちゃんを手に入れるために、わたしが行動を起こせば、裏目に出るから。


 城や学校の外は、わたしが思いもしなかったほどに、融通がきかない。

 邪魔な虫を1匹つぶして安心していると、その虫が死の間際に産んだ卵から、つぶした以上の数が生まれてくる。

 やけになって増えた虫を処理し続けると、怒った虫はわたしに反旗をひるがえす。

 セカイは、そういう風にできていた。


 リルちゃんをセカイから奪い取ることはできない。

 だからわたしは、リルちゃんに気に入られることが、いちばんの近道だと思った。

 リルちゃんのいうことはぜんぶ正しく、わたしの絶対のルール。


 呼び方を変えろと言われたから、リルちゃんの好きな呼び方に変えた。

 他人を攻撃するなと言われたから、いっぱい耐えている。

 自分を大事にしろと言われたから、リルちゃんの満足のいくわたしを維持するようにした。


 リルちゃんのいうことにしたがっていれば、わたしはリルちゃんのモノになれるのだ。


 そう。

 わたしがリルちゃんを手に入れるんじゃなくて、リルちゃんがわたしを手に入れる。

 わたしが行動すると失敗してしまうから、そうした方がうまくいく。


 でも、わたしは不安だった。

 リルちゃんは放っておくと、周りの人間をどんどん引き寄せてしまう。


 ストーカーのエルフ、残虐な行為を楽しむ変態貴族、リルちゃんに粘着する魔剣。

 わたしのチカラがおよばなかった数日間だけで、こんなにも異常なイキモノたちと出会ってしまった。


 排除したくても、リルちゃんがダメというからできない。

 そうして自分の行動に制限をかける一方で、周りの人間は好き好きにリルちゃんを誘惑する。

 そのうち、わたしはリルちゃんに忘れられてしまうんじゃないかと思った。


 だから襲うことにした。




・・・・・・・・・・・




 ビザール領から数日進んだ場所に、蛇の洞窟の入口がある。

 地図にはのっているけど、ふつうの冒険者は町から遠いから使わない場所。

 ビザールの町の近くにも洞窟の入口があって、こっちから入るメリットはなんにもない。


 わたしたちがこそこそ隠れながら移動するには、もってこいの場所だ。

 ここからうす暗い洞窟の中で何日も過ごすことになるから、闇にまぎれてリルちゃんを襲いたい放題。

 リルちゃんは緊張しているけど、わたしはにやける顔を隠せない。


「アリア、なんで笑ってるの?」

「う、ううん、なんでもないよ。ダンジョンに入るの、楽し……緊張するね!」

「だねぇ」


 あぶない。

 つい本音が。


 エルフ魔剣の目がこっちに向いてくるのを感じる。

 ゆだんならないな。

 アレがいるから、最近リルちゃんとふれ合う時間が短くなっちゃった。

 なんとかしてヤツらの目をかいくぐって、リルちゃんと二人きりにならないと。


 リルちゃんとわたしが会話をしたから、すかさず牽制が入ってくる。


「……リルフィ、怖くなったらボクに言ってね。ボクがリードしてあげるからね。無理しないでね」

「だ、大丈夫だし」


 そういうリルちゃんの歩きは、足と手が同じ側から出ている。

 目に見えて緊張しているね。

 無自覚に感情が行動にあらわれるリルちゃん、ほんとかわいい。


「わっちだって、魔物とかアリアから守ってやるねんな。あっかんべー」

「わたしを魔物といっしょにするな」


 このエルフはどこまでも腹立たしい。

 ことあるごとにわたしに歯向かってくる。

 リルちゃんの見えないところでいつか絶対に仕留めてやる。


「賑やかになったものですねー」

「子供たちに囲まれて、アタシたち、学校の先生にでもなったみたいだね」


 ユリアとマリオンが、一歩先で話している。

 学校、という単語にリルちゃんが少しだけ反応を見せた。

 リルちゃんが過去のことを思い出しちゃうから、あまりそういった話はしないでほしい。


 わたしが裏で工作して、リルちゃんを学校から追い出してしまったことは、ぜったいに秘密にしなきゃならないこと。

 リルちゃんが真実を知ってしまえば、わたしは簡単に捨てられるだろう。


 最初は、わたしがいないとリルちゃんが生きていけないほど、わたしに依存させようと頑張っていた。

 でも、それが叶わないことは、いまの状況でぜんぶ説明できる。


 わたしがいなくっても、リルちゃんには他の人間がいるんだ。


 学校でのことを秘密にして、必死にいうことを聞いて、リルちゃんのお気に入りにならないと、わたしの居場所はない。

 この一方的な愛を、分かってほしい。

 共有してほしい。


 だから、リルちゃんに分かってもらえるように、今日は襲う。


「……洞窟、見えてきたね。アリア、心の準備はいい?」


 木々が生いしげった森の中、明らかに人間が踏み入れていないような獣道の先に、ほら穴が口をひらいていた。

 わたしたちを飲み込もうとするように、中は闇におおわれている。


「リルちゃん、はぐれないようにくっついて歩こうね」


 リルちゃんの腕に抱きつくと、心の底からしあわせな気分になる。

 肩までおりた髪から、歩くたびにふわりと甘い香りがして、悩みをぜんぶ吹き飛ばしてくれる。


「ちょっとアリア、動きづらいでしょ」


 わたしがくっついてから、急にリルちゃんの動きがなめらかになった。

 緊張がとけたみたい。

 口では嫌がっていても、行動はうそをつかない。

 わたしなんかでも、リルちゃんの役に立ててうれしいな。


 そうしていると、やっぱりエルフがわたしにたて突こうと接近してくる気配。


「ア、アリアっ、リルが嫌がって……ぷぅ」


 エルフが言い切る前に、あいた手で口を塞いでやる。

 うるさいものにはフタをするのがいちばん。


「リルちゃん! ダンジョンに入ってもいつもどおり、ね?」

「……うん。頑張る」


 へたに気を張っていたら、ころんで怪我をするかもしれない。

 リルちゃんに傷ついてほしくないから、エルフと魔剣もうまく使ってサポートしてあげなきゃ。


「蛇の洞窟……」


 穴の目の前までくると、外の光に照らされて、中が少し見えてくる。

 でもずっと奥までは見えない。

 中に入ってしまえばなんてことはないけど、いま見ている光景はたしかに緊張する。


 ダンジョンは空気中にただよう魔力の量が多いから、うっすら明るいのが特徴だ。

 目がなれれば、あかりがなくても進むことができる。

 それに、どんなに自分の魔力を消費しても、自然回復が早いから魔法をいっぱい使える。


 魔物もそのぶん強くなるけど、それで困るのは魔法を使えない冒険者だけ。

 リルちゃんとわたしは魔法を打ち放題になるから、難易度は変わらない。


「ここで立ち止まってもしょうがないですし、少しでも先に進みましょう」


 ユリアが先陣をきって、洞窟に足を踏み入れた。

 それに続いて、マリオン、魔剣、リルちゃんとわたし、エルフの順でついていく。


 進むほどに、外の光がだんだん届かなくなってきて、周りがまっくらになる。

 気を利かせたリルちゃんがあかりの魔法を唱えて、足元を照らした。


 ここは斜面。

 エルフィード王国の地下に、どんどん潜り込んでいるのだ。

 ごつごつとした岩からすべり落ちないよう、足場を探しながら降りていく。

 そこまで急な坂ではないけど、足場が悪いから慎重にならざるをえない。


 みんな黙って、しばらく降りるのに集中していると、ついに平らな地面にたどりついた。

 この頃には目がなれてきて、入り口からもじゅうぶん離れたので、魔力の淡い光が見えてくる。

 リルちゃんがあかりの魔法を解除しても、周りはしっかり見えた。


 さあ、ここからが本番だよ、リルちゃん……!

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