とっても元気でた
ドタバタした食事を終えて、私たちは荷造りを始めた。
ひどい目にあったけど、エリスと出会ったことで力を手に入れたし、ごはんも作ってくれる。
これからの旅路はこわいものなしだね。
思うことは色々あるけど、前向き思考で行こう。
この数日間は、だいぶ長かったような感覚だけど、国境までの道のりはまだまだ遠い。
国境に着いたって、そこからどれだけ歩けば街につくのかさえわからないのだ。
エルフィード王国と隣国を隔てる北方の険しい山々は、人間の侵入を拒むように連なっている。
一方で、エルフィード王国の東西南から、海路で隣国に行こうと思えば、船は起伏の激しい岩礁帯に阻まれる。
これだけだと隣国がすごい秘境にあるように聞こえるが、実際は逆。
エルフィード王国が、陸からも海からも入れない孤立した国なのだ。
岩礁帯と山に囲まれたエルフィード王国は、周囲の国と交流することがほぼ不可能である。
戦争が起きることはなく、敵といえば魔物だけである。
実質、平和だ。
そんな国から、わざわざ危険を冒してまで出ようとする人間は、まずいないだろう。
だけど、長い歴史をたどって見れば、北の山を越えてこっちの国にきた外国人の記録はいくつか存在する。
そのひとたちは、私たちと着ている服も違うし、魔法も使えない。
明らかにこことは違う文化を持った人間だったそうだ。
だからエルフィード王国の北には別の国があるというのは確実だ。
そして、向こうからこちらに来た人がいるということは、私たちも隣国にいけるということ。
夢を語っているわけじゃない。
とはいえ、次に向かう場所のことを考えるのも大事。
これから向かうのは、蛇の洞窟と呼ばれるダンジョンである。
天然の洞窟に魔力が混じり合って、変異した迷宮。
中には魔物が
それでも、今の私たちにとっては、地上よりも安全な場所なのだ。
際限なく魔物が出るから、食材には困らない。
私たちを捕まえようとする人間とは、出会うことがない。
ただ一つ心配していたことは、強い魔物がでるかもしれないことだったが、魔剣エリスフィアを手にした私は確実に強くなっている。
アリアだって、魔法の腕はバツグンだ。
いけるいける。
パッと入ってパッと抜けちゃおう。
「そういえば、剣はどこに行ったの」
私の自信の源である、エリスフィアが見当たらない。
昨日、持ったまま寝ちゃったと思うんだけどなぁ。
剣の精霊さん(?)であるエリスは、そこらへんで荷造りを手伝ってくれていた。
「エリス、剣がどこ行ったか知らない?」
「……呼べば手元に現れるよ。契約者限定のベンリ機能だよ」
エリスに言われたように、「エリスフィア〜」って呼んでみると、私の右手に剣が現れた。
おお、これはすごい。
「……どこかに置き忘れても呼べば戻ってくるからね。あと、念じれば消えるよ」
エリスに言われたとおり、剣を足元に置いて名前を呼ぶと手元に戻ってくる。
消えてと心の中で唱えれば、まばたきした瞬間に剣がなくなった。
さすが魔剣だ。
これに慣れちゃったら他のものなんて使えないね。
「……ちなみに、ボクは念じても消えないよ。主人のお世話役だから」
剣の精霊さん(?)は剣としてとどまるのには勿体ないスペックを発揮している。
さっき食事を作っていたのも、エリスの言う「お世話」の一貫だろう。
魔剣を手放したら普通に生活できなくなりそう。
「エリスは剣の精霊さん? だよね。どうしてそこまでしてくれるの?」
「……精霊さんとは、不思議な表現だね。ボクは、何十年も何百年もかけて、魔剣に蓄積された魔力から生まれた存在。精霊なんてそんなたいそうなものじゃないよ」
何百年も前に作られた剣なら、歴史的価値のあるお宝だ。
そこに宿ったエリスは、私やアリアよりもちっちゃいのに、エルフのセレスタよりもずっと歳上。
本人は謙遜しているが、私からすればエリスは立派な精霊だって。
「……魔剣エリスフィアに刻まれた使命は、主人に尽くすことなんだ。だから、ボクはそれに従っているだけなの。リルフィが思ったことは、全部ボクがやってあげるから、言ってね?」
上目遣いで私に笑いかけてくるエリスに、なぜかものすごく甘えたくなった。
アリアはどちらかというと甘えてくる方だし、ユリアさんとかマリオンさんは頼れる存在、という印象だ。
エリスみたいに包容力があるひとは初めてで、彼女の優しい言葉に心が溶けそう。
周りの目がなければすでにダメになっていたかもしれない。
「……よし。リルフィの荷物は、まとめられたよ。すぐに出発できる」
「え!? まだ私なにもやってないのに!」
エリスの手際が良すぎて、知らない間に荷物ができていた感じだ。
あとは背負うだけという状態で、申し訳なく思いながら荷袋を受け取ろうとする。
「……ん、しょ。これはボクが持つからね。リルフィはなにも持たなくて、いいんだよ」
「いや、そこまでエリスに……」
先輩冒険者が、自分のぶんの荷造りをしながら「こいつ正気か」という目で見てくる。
はたから見れば私は、自分より小さな子に重いものを持たせている鬼畜だ。
そして、特にアリアの視線がこわい。
視線だけで人が殺せるんじゃないか、という目で見られている。
どんなにムカついてもエリスに危害を加えないように言いつけてあるから、そこまでで済んでいるけど。
近づいたら引っ掻かれそう。
ただちにエリスの持っている荷物を引きとる。
小さな子からものを取り上げるような絵面だが、荷物持ちをさせるよりはマシ。
意外と重い荷物を、背中側に回すためにかがむと、エリスの手がアタマにぽんと置かれた。
「……リルフィはえらいね。こんなに重いものなのに持ってくれるんだね」
幼女になでられた。
こういうのは、小さい子が背伸びをしてお母さんのマネゴトをしている感覚だ。
でも、エリスの実年齢はこの中で最年長。
体は小さくとも、精神は私よりずっと成熟しているはず。
つまりこれは、おばあちゃんにあやされているのと一緒?
甘えていいの?
いやでも見た目はやっぱり子供で、このままでは相当アブない絵になってしまう。
幼女にデレデレしているお姉ちゃんなんて、ヘンタイ。
「と、当然でしょっ。私の方が力持ちだから!」
「あ……」
このままだと身も心も溶けてしまうので、エリスから逃げるように距離をとった。
エリスがおあずけを食らったような顔をしているけど、しばらくクールダウンさせてください。
先輩冒険者のところで荷造りを手伝おうとしたが、ユリアさんとマリオンさんはなぜか二人だけの空間を作っていたので近づけない。
昨晩、命の危機にさらされたばかりだから、きっと積もる話もあるのだろう。
結局アリアとお話でもしていようかと思っていたところで、背後から何者かに服を引っ張られた。
「リル、リル」
「あ、セレスタ」
後ろにいたのは、白髪おさげエルフ。
エルフの里から付いてきてしまったひと。
セレスタの頭部をよく見ると、明らかにおかしい点がひとつ。
白い髪に同化していて一瞬わからなかったが、特徴的な白い布がセレスタの頭を覆っている。
「……なにかぶってんの!?」
「リル、約束のもん」
さも当然かのように手を差し出されるが、そうじゃない。
お願いですから質問に答えてください。
「なんで私のぱんつかぶってんの!?」
「当たり前じゃろ!」
「おかしいよ!」
名前が書いてあるから間違いない。
これは私のぱんつ。
セレスタに全部盗まれていたのを忘れていた。
早く返してもらわないと!
「おいエルフ、リルちゃんのもの盗むなんて、いい度胸じゃない……!」
「ぬわ! アリア! か、返せ! わっちのリルのぱんつ!」
アリアが急に現れて、セレスタの後ろから私のぱんつを引き抜いた。
この時ばかりはアリアの凶暴性が良い方向に向いた。
なんか口が悪いけど今だけは許しちゃう。
アリアすごい!
アリアかっこいい!
アリアより背の低いセレスタは、てっぺんまで上げられたぱんつを取り返すことができない!
「このドッグタグもリルちゃんのだし!」
ぱんつを取り返そうとするセレスタの首元から、私の冒険者カードを引き抜く。
それも盗まれていたんだった!
「あぅ! わ、わっちの……大事なたからものぉ……!」
エルフなら魔法を使えば簡単に取り戻せるのに、セレスタはぴょんぴょんと飛ぶばかり。
セレスタの中では、人間に攻撃魔法を使わないというルールが、しっかり根付いているのだろう。
それをいいことに、アリアはセレスタの頭を押さえつけて地面に固定する。
怖いお姉さんである。
「リルちゃんが困るでしょ? どうしてわからないの? 罰としてこれはわたしが預かります」
「いや返してよ」
アリアさんがわたしのぱんつとドッグタグをポーチにしまいやがった。
あとで返してくれるのかなぁと期待するが、私といっさい目を合わせようとしないアリアさん。
「ふぇぇ……。い、いいもん! リルにくつしたもらうん!」
「あげな……、あぁそういう約束してたんだった……」
屋敷から脱出する時に、セレスタに魔法を使ってもらう交換条件として、私物を渡す約束をしたのだ。
緊急だったから思いついたことを口走ってしまった。
今度から変なこと言わないようにしよう。
「くぅ……約束だから……!」
荷物をおろして中から私の靴下を取り出す。
これから、ぱんつみたいに変な使われ方をされると思うと、絶対に渡したくない。
セレスタは小さい女の子だからまだ耐えられるけど、これが大人の男のひとだったらと思うと……。
うわぁ。
想像しただけで身震いする。
いま相手をしているのはセレスタだと、しっかり再認識する。
人間の生活に異常なほど憧れを抱いていたセレスタが、ここぞというばかりに欲望をさらけ出しているだけ。
満足させてあげれば普通になってくれるはず。
荷袋の中に靴下を見つけたので、取り出してセレスタに献上する。
恐る恐るセレスタを見上げると、ぶんぶんと首を振っている姿が。
「いまリルが履いてるもんがいいんじゃっ!」
やっぱりダメだったか……。
これは屋敷からとってきたものであって、まだ私がはいたことのないやつ。
いまはいているのが第一号だ。
半ばヤケクソ気味に靴を脱いで、履いている白ニーソックスをおろした。
「ぃやった! できたてじゃあ!」
できたてっていうな。
セレスタが受け取り拒否した方の靴下をすぐにはいて、間違った使い方をするであろうセレスタを見ないようにする。
さっそく手に装備し始めたのはまったく見えていない。
話題を変えて、奇妙な現実から目を背けることにした。
「……あー、セレスタ、私たちの旅に、付いてくるの?」
「あ? 一緒に旅するって約束したんねんな? なに聞いとんのじゃ」
私の靴下までを取り上げようとするアリアをなだめながら、セレスタに怒られる。
確かにそういう約束をしたような気がするけど。
セレスタが手も足も出なかったエルフの長老さんを、どうやって乗り越えてきたのだろう。
「わっちはニンゲンさんに攻撃できんが、魔物ならとっちめたるかんな? そこのアリアなんかよりずっと役に立つはずじゃ!」
「なんかとはなんだちびエルフ!」
「ちびじゃないもん! 42さいだもん!」
セレスタが挑発して、それに噛み付くアリア。
再びにらみ合うふたりの間に入り、まあまあ、と仲裁する。
アリアとセレスタはどうしても仲が悪いようだ。
まるで水と油の関係。
そんなところにエリスが近づいてきて、思わず私の心が和んできた。
「……ちなみにボクはだいたい700さい」
「このふたりをなんとかしたい」
「……やってみるよ」
親切なエリスは私のつぶやきを拾ってくれて、まずセレスタと対面する。
やさしい。
エリスとセレスタはどちらも同じくらいの背丈だから、ちっちゃい子がお友達どうしで遊んでいるみたいだ。
しかしどちらも私より年上。
なんだこれ。
「……リルフィを困らせないで」
と、エリスは握りこぶしにハァーっと息を吹きかけて、セレスタのアタマにげんこつを入れた。
ごつんと音がなって、超痛そう。
「うぅぅぅぅぅぅ! お、おヌシ、その身にまとった魔力、ニンゲンさんじゃないんな!? わ、わっち、容赦せんよ!?」
セレスタがアタマをさすりながら、エリスに手を向ける。
魔法を放つポーズだ……!
「……エルフの扱いは心得ていてね。言うことを聞かない子はこうだ」
セレスタが何度も魔法を放つように手を振っているが、空間に変化は起こらない。
魔剣エリスフィアには魔法が通じないのだ。
エリスは興奮しているセレスタに向かって、もう一度握りこぶしに息を吹きかける。
その動作を見て、セレスタが両手でアタマをかばって目を閉じた。
「ひぃぃ! ごめん! わっちが悪かった!」
「……謝るのはボクじゃないでしょう」
「リル! 迷惑かけてすまぬ!」
謝る相手、私でもないんだよなぁ。
しかしエリスはセレスタの命乞いに満足したのか、次の狙いをアリアに定めた。
「……で、言うことは?」
「リルちゃんは渡さない!」
「……うん。分かっているよ。だけどいまのキミはリルフィの邪魔をしているんだよ」
「くっ……」
エリスの言葉にアリアが口をつぐんだ。
言い返せないアリアは悔しそうにエリスを睨むばかり。
すごい! あのアリアを負かすなんて!
「……リルちゃん、ごめんね」
謝る相手、私じゃない。二回目。
「あと、リルちゃんってぱんつに名前書いてるんだね。かわいいね」
持ち物に名前を書くのは当たり前でしょう。
盗まれたら取り返せないじゃないか。
そうしてエリスに負けたアリアとセレスタは、目を合わせずに真逆の方向へ回れ右。
寂しそうな背中を見せながら旅支度に戻っていった。
「……リルフィは大変だね。よく頑張っているね。いい子いい子」
エリスが背伸びをして、私をなでてきた。
この苦労を分かってくれるなんて、エリスだけだよ……!
涙が出そうになる。
アリアもセレスタも、悪意があってやっているワケじゃなくって、それぞれ抱えている問題が問題なのだ。
私がしっかりすることで、みんなの心が晴れていくのならそれでいい。
でもエリスは私を甘やかしてくれる。
もう、我慢しなくていい?
「……ほうら、ボクがぜーんぶ、受け止めてあげるよ」
私は腕を開いて待っているエリスに向かって、全力で抱きついた。
膝に土がつくのも気にせず前かがみになって、エリスのフリフリなゴシックドレスに顔を埋める。
エリスも私のアタマに手を回してくれて、顔全体でエリスに埋もれた。
意外と大きな胸の、柔らかな感触に、安心感を覚える。
「……よしよし。甘えん坊さんだねぇ」
とっても元気がでた。
・・・・・・・・・・・
エルフィード王国の王女、アリア。
私をここまで導いてくれた冒険者、ユリアさんとマリオンさん。
伝承だけの存在だと思っていた、エルフのセレスタ。
まだまだ謎多き魔剣の精霊、エリス。
最初は不安なことばかりだったこのパーティも、仲間が増えて賑やかになった。
辛いことはあったけど、おかげでこの先も乗り越えられそうだ。
私を陥れようとする敵は倒せばいい。
自分の身は自分で守らなければならないのだ。
私たちを守ってくれるはずの
私は私の信じるルールにしたがって、道を切り拓いてみせる。
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