魔剣エリなんとかさん
翌朝。
草の上に雑魚寝をしていた私。
周りが騒がしくて、敵襲かと思って飛び起きた。
アリアの甲高い怒声と、ユリアさんの焦りを含んだ声。
それを耳にして、すぐに加勢しようと体を起こした。
「なにごと!?」
アリアと先輩冒険者は、ひとりの人間を囲むようにして、少し距離を置いたところで警戒をしていた。
中心には見知らぬ少女が座っている。
エメラルド色の珍しい髪色を持った、ゴシックドレス姿の少女だ。
緊張する周りとは裏腹に、のんきに焚き火の上に置いた鍋で料理をしていた。
「……おはよう。起きたね」
少女は仲間たちの包囲をまったく意に介さず、私に挨拶をする。
そして、鍋をかき回す作業に戻る。
え、どういうこと。
「リルちゃんの隣でなにをやってたの! 答えてよ!」
アリアが興奮している。
どうやらエメラルドの少女は、そこで料理を始める前、眠っていた私の横にいたらしい。
それがアリアのカンに触ったようで、少女の素性を聞き出すことそっちのけで責め立てていたのだ。
少女に敵意はなさそうだから、ひとまず安心かな?
「あのー、きみはどこからきたのかな? お姉さんに教えてくれますか?」
「……ちょっと待って。料理に全力を注がないと」
ユリアさんが少女を刺激しないように質問するが、少女は鍋から目を離さない。
その様子に、ユリアさんは首を振って意思疎通をあきらめる。
「……リルフィ、味付けは甘めがいい? それともからめ?」
「な、なんでリルちゃんのなまえを知っているの!?」
私の名を呼ぶ少女に、すかさずツッコミを入れるアリア。
相変わらず返答がないことにキレて、アリアがどしどしと私のところにやってきた。
襟元を掴まれて、前後に揺さぶられる。
「リルちゃん! あいつはなんなの!? どこでひろってきたの!?」
「あうあうあうあう」
寝起きのアタマにやっちゃいけない振動が。
ひとしきり私をシャッフルしたアリアは、あろうことか少女に向かって魔法を放った。
火魔法「火球」が少女に向かって飛んでいく。
「……おっと」
対する少女は、自分の身よりも料理を守るように、火の玉を片手でキャッチしようとしていた。
危ない、と叫ぶ間もなく、火球はまっすぐ少女に着弾する。
火球が少女の手の中に収まると、着弾と同時に炎上を始めるはずの火魔法は、みるみる小さくなって、なくなってしまった。
「……ご主人に捧げる大事な食事が、焦げてしまったらどうするんだ」
そう言って、攻撃してきたアリアに逆上するのでもなく、鍋をかき回す作業に戻る。
ケガをしていなくてほっとする。
「知らないひとに魔法を撃っちゃだめでしょ?」
「……むぅぅ」
悔しがっているアリアには、なるべく優しく注意する。
きつく言うと、アリアは思いつめて極端な行動に出てしまう。
精神的に安定するまでは、いくら常識はずれの行動でも、慎重にさとしてあげないといけない。
「……で、リルフィ、味付けは?」
アリアのアタマを撫でまくって、ご機嫌をとってなだめる。
少女の期待のこもった視線に応じて、私は対話役をかって出た。
「あなたはだれ? どこからきたの? なんでここにいるの?」
「……なんと。ボクのことを忘れちゃったの?」
向こうは明らかに私のことを知っている口ぶりだ。
私がこの子と出会ったことって、あるかなぁ……?
考え込んでいると、少女が鍋を火の元から避難させた後、私の手を握ってきた。
握られたところから、熱が伝わってくる。
その熱が、腕をかけ上がってアタマを揺さぶられるような感覚に。
おあ。
なんかくる。
この感触、知ってる。
思い出しそう。
確か、屋敷で見たような。
思い出したくない記憶の中に埋まっている。
この子は、夢の世界で出会った住人だった気がしないでもなくもなくなくない。
「うーん、あなたは、剣の妖精、フィコエリン……?」
「……ちょっと違う!」
少女の手を握る力が強まる。
より強い刺激が脳をチクチクと刺してくる。
痛いわけじゃない。
健康に良さそうな刺激だ。
「ぬぬぬぬ……エ、エリ……」
「……そう、その調子」
夜は覚えていた気がするんだけど、一晩たってど忘れした。
この子は夢の世界で自己紹介してたはず。
あー、あとちょっとで思い出しそう。
「エ……エリコ!」
「コじゃないよ」
「ヒント! ヒントちょうだい!」
なかなか思い出せない私に、エリコ(仮称)が頬を膨らませて、もう片方の手も握ってきた。
脳のマッサージ効果が倍増。
あ〜目がさめるぅ〜。
いやそうじゃなくて言葉でヒントください。
「……ボクの名前は、魔剣エリなんとかフィア。なんとかに入る文字は?」
「あ、分かった! 思い出した! 魔剣エリコフィアだ!」
「コは入らないって……!」
エリコ(仮称)のヒントで霧が晴れたように思い出し、回答したがバツをつけられた。
おかしいな。自信、あったのに。
「……ス、だよ?」
「ス?」
「名前にスが入るよ」
そんなの入ったかなぁ。
「魔剣……フィコスエリン」
「……とおのいたねぇ。余計な文字も入れちゃったねぇ」
「む、難しい……!」
エリコ(仮称)はため息をついて手を離した。
アタマのピリピリがなくなって、なんか寂しい気分。
「……ボクの名前はエリスだよ。魔剣エリスフィアに眠り、ご主人に会える日を待っていた」
「エリスぅ? ほんとぉ?」
エリス(自称)の頰がピクッと動いて、エメラルド色の髪が赤みがかってくる。
根元から毛先まで、みるみる真っ赤に変色してしまった。
髪の色が変わるなんて、どんな仕組みだろう。
ただ、その色はなんだか見たことがある。
例の魔剣だ。
持ち主以外が剣に魔力を込めたとき、こんな色の光を出した。
なんで赤色に光るのかというと、主人じゃないひとに持たれて拒否反応を起こしているから。
つまり、この色は、怒ってる。
「……リルフィ? ボクのこと、ちゃんと思い出して、ね?」
エリス(自称)が私の顔を両手で挟んできた。
再びのリラックス効果に動けないでいると、背伸びをしたエリス(自称)の口が、私の唇に触れてきた。
「————!」
とたんに、心臓が跳ね上がって、全身が熱くなって、なにかの波が、くる——!
たった少し、触れられただけなのに、胸から背中が痙攣を起こして、立っていられなくなった。
自分よりも小さい少女に抱きかかえられて、情けなくもそのまま体を預ける。
息もできないし、目の前も真っ白。
ひたすらのぼり詰める波を、全身で受け止める。
ただその感覚は苦しいものではなく、むしろもっと欲しい気さえする。
「……どう?」
エリス。
魔剣エリスフィア。
ちゃんと思い出したよ。
刻み込まれたよ。
なんで夢の世界の住人がここにいるのかはわからないままだけど、エリスは魔剣エリスフィアに宿っていた人格ってことは確か。
私はエリスに気に入られ、主従の契約を交わしたのだ。
よく思い出した。
「——リルちゃんに何やってるのぉぉぉぉぉおおぉぉぉ!!」
次第に収まってくる感覚の暴走。
そして周囲の様子を探る余裕ができると、やってきたのはアリアだ。
私、引っ張りだこだね。
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