不利な戦い
銀髪メイドと相対して、警戒しているのは私だけ。
ユリアさんやマリオンさんは柔らかな物腰のリオに騙されて、今にも話しかけそうな雰囲気だ。
リオ・ビザールの正体が銀髪メイドであることは、私とセレスタ以外知らない。
でもセレスタは、リオのことに全く興味を示していないため、状況を把握しているのは実質私ひとり。
「リルフィ様は良い子ですね。こうしてお仲間様をひとまとめにしてくださって」
リオが私に向かって手を差し伸べ、そちら側に引き込もうとする。
もちろん、私はその手を掴むことはない。
向こうも分かっていてやったのだろう。
ニコニコと笑いながら手を引っ込めて、そのまま持っていた剣に手をかけた。
持つと正気を失い、殺人衝動にかられてしまう魔剣だ。
「いやあ、私も迂闊でした。お連れの王女様は指名手配犯。予想以上の暴れ馬ですね」
剣を抜くリオを前にして、他のみんなもリオの敵意に気づいたらしい。
剣に魔力がこもり、刀身が赤く光りだす。
ユリアさんとマリオンさんは丸腰で逃げてきたため、無手の構えをとる。
そして、アリアは私の前に立って、いつでも魔法を唱えられるようにした。
「ユリアさん、この人が、リオ・ビザールです。……最初から、私たちを騙していたんです」
リオ・ビザールという貴族は、己の快楽のために、善意ある冒険者を苦しめる純粋な悪意の塊。
目の前のアレは、私たちを逃がすことはないだろう。
しかし、逃げようにもこちらは圧倒的に不利。
曲がりなりにもリオは貴族であり、剣も魔法も使える。
貴族は通常、成人まで魔法学校で近接・遠距離の戦闘訓練を行い、一人前に戦えるようになって卒業するのだ。
だから、貴族はそこらの冒険者より戦えて当然。
そしてこちらは、一刻を争っていたためロクに戦闘の準備ができていない。
先輩冒険者は、いくら経験があったとしても素手で剣を相手にして勝つことはできないだろう。
魔法を使える私たちが、わずかな戦力。
「あらあら、そう警戒しなくてもよろしいのですよ。抵抗の間も無く、殺して差し上げますからね」
後ろのセレスタに目配せをする。
エルフであるセレスタは、人間よりもはるかに優れた魔力をもち、この中でもっとも戦闘力が高い。
だから、銀髪が剣を下段に構えて迫ってくるのを横目に、セレスタに攻撃を頼む。
「セレスタ、リオを足止めして」
「……リルの頼みでも、それはいかん。ニンゲンさんに攻撃魔法を使っちゃいかんねん。エルフの決まりごとなんね」
セレスタは首を横にふる。
「やってくれないと、みんなが危ないの。お願い」
「安心しとって。リルだけはわっちが守るん。リルだけはとくべつ」
私の言っていることが、セレスタにまるで通じていないような返答。
攻撃魔法が使えないなら、私たちに防御魔法とか、補助魔法を使ってくれればいいのに。
こうしている間にも、リオは一歩一歩、私たちに近づいてくる。
もうダメだ。
セレスタを説得するヒマはない。
あと数歩で、剣を振ればマリオンさんがやられる距離になる。
リオはそこで止まって、マリオンさんを正面に捉える。
「さあ、まずはひとりめ」
「待って! 私がリオの言うことを聞けばいいんでしょ!」
とっさに叫んで、リオの気を引こうとする。
だが、魔剣を持った狂気の女は、その程度では止まらなかった。
「うふふふ。リルフィ様はあとでたっぷりと可愛がって差し上げますので、見ていてくださいね」
月明かりに照らされた刀身が、赤い軌跡を描いてマリオンさんを襲う。
マリオンさんは、それを避けた。
「黙ってやられるもんか!」
横薙ぎに振るわれた剣を、後ろに飛んでかわし、剣を持った手を狙って反撃。
マリオンさんは剣を掴んで、次の攻撃を封じるとともに、自慢の膂力で武器を奪おうとする。
……でも、それは貴族相手には悪手だ。
「風よ、リオの名の下に、顕現せよ」
切断の魔法により生み出された風が、マリオンさんを突き抜け、その余波が私のスカートを軽く揺らした。
マリオンさんの腰から、じわじわと血が滲み、そこに魔法が命中したことを明らかにする。
「……いっ!」
予想していない箇所へのダメージに、一瞬体勢を崩したマリオンさん。
リオはその隙をついて、マリオンさんを引き剥がす。
「やはり、魔法は駄目ですね。剣を使わないと。この剣で人を斬らないと、命が勿体無い……!」
相手に一撃を入れられたのに、残念がって地面を蹴るリオ。
今度こそ、と再び剣を構えて、マリオンさんに襲いかかる。
「させない!」
リオの集中がマリオンさんに行っているところで、ユリアさんが回り込んで攻撃をしようとしていた。
しかし、リオはすぐに気付く。
怪我で動きが鈍っているマリオンさんを後回しに、ユリアさんの正拳突きを避ける。
「あはははははは! 冒険者はバカですね! このリオに、そんな子供騙しが通じるとでも?」
リオは完璧に冒険者二人をあしらっている。
こちらも武器がないから思うように攻め込めず、苦戦を強いられている。
私が動かないと。
魔法で援護をしないと。
二人に当たらないタイミングで、魔法を!
「炎よ、リルフィの名のもとに、権限せよ!」
ユリアさんが牽制に振るわれた剣を避け、マリオンさんが死角に潜り込もうとしたところ。
私とリオを遮るものがなくなり、魔法を発動する。
炎の玉がリオめがけて一直線に飛んでいく。
しかし、通らない。
リオが火球に向かって剣を一振り。
私の魔法が、跡形もなく消えてしまったのだ。
「あれれ〜? リルフィ様は、やはり悪い子なのですか〜?」
なぜ?
あんな消え方をするなんて、魔法そのものがなかったことのよう。
答えは、リオがすぐに教えてくれた。
「この魔剣は、魔法も斬れる素晴らしい剣です! ただ、斬った副作用で、少しムカついてきてしまうのが欠点ですねえ!」
リオの姿が、消える。
「あ……」
次に見たリオは、ユリアさんとくっついていた。
リオが剣を持っていて、ユリアさんの背中から剣が生えていて、リオとユリアさんの串団子。
貴族が本気を出せば、中堅の冒険者なんて、ステーキにナイフを入れるのと同じくらい簡単なこと。
「ユリア!!」
マリオンさんがユリアさんを助けようとして駆ける。
私はもう一度魔法を唱えて、アリアにも魔法を発動してもらって、足止めをしようとする。
しかしリオは、ユリアさんから抜いた剣を一振りして、私たちの魔法をかき消してしまった。
魔法を斬るたびに、リオの顔から笑みが消える。
「リルフィ様ァ? 魔法はムカつくって言いましたよね? ……ちっ。死ねよ」
怒ったリオはマリオンさんに、八つ当たりのように剣を叩きつけた。
それはマリオンさんの反射速度を超えていて、マリオンさんは避けられない。
せめて致命傷を避けるために、とっさに腕で受けていたところが見えた。
剣が、腕に触れる。
剣が、腕を通過する。
手が、地面に落ちてバウンドする。
断面から血液が吹き出て、銀髪メイドのエプロンを赤く染め上げる。
その血を浴びて、リオの顔には再び笑顔が戻る。
「ああ……! 私の手が! ユリアと交換した、大事な手が……!」
マリオンさんが、自分の怪我よりも落とした手を心配し、地面に座り込んだ。
残った方の手でそれを拾い、もとあった場所に、くっつけようとする。
そんなマリオンさんは戦意を失っていて、リオの足元でうずくまっているだけ。
どうしてそんなことになっているのか、私には分からなかった。
アリアが、「ああ、そういえば」と呟いている。
「リールフィー様ー? よそ見してないで、私のことを見ていてくださーい?」
ユリアさんとマリオンさんが戦闘不能になって、リオの標的がこちらに移った。
「はぁぁぁぁ……。血を浴びて少しは気分がよくなりましたねぇ」
あの魔剣は、人の感情を操る剣だ。
人を斬ればとろけるような快感が全身を巡り、魔法を斬ればおそらく破壊衝動が増すのだ。
二人を斬った後のリオは、頰を赤く染めて、陶酔した様子でゆったり歩み寄ってくる。
「つ、ぎ、は。アリア殿下をこの手にかけてみせましょう。王族を斬るなんて、一生に一度のチャンス……! はは、あははははは——!」
魔法を放てば相手を逆上させるだけ。
リオが怒って、すぐに斬りかかってくる。
何もしなければ、相手は戯れる。
より長く快感を得るために、少しずつ、私たちをいたぶるように攻撃する。
冒険者にとどめを刺さないのも、それが理由だろう。
武器のない私たちが使えるのは魔法のみ。
それは、当てられなければ殺される諸刃の剣だ。
手も足も出ない私は、アリアの前に立って、盾となることしかできなくなっていた。
「リルちゃん……。ごめんね、わたし、あんまり魔力ない」
アリアは、拷問部屋から抜け出すために、かなりの魔力を消費している。
リオが防ぎ切れないような強力な魔法があったとしても、それを使う力は残っていないだろう。
アリアが後ろから抱きついてきて、リオが迫ってくるまでのわずかな時間を、耐える。
このままやられるまで何もできないのか。
リオが紅く光る剣を撫でながら、一歩、また一歩と近づいてくる。
あの剣さえなければ。
魔剣をこちらのものにできれば、リオに勝てる可能性が生まれるのではないか。
あの剣は、感情のコントロールが奪われるが、身体強化のメリットも備わっている。
あの剣を私が持てば、形勢逆転だ。
リオの魔法は剣で防げるし、戦闘力の差は身体強化で埋められる。
剣を奪う。
今の状況で考えつく、もっとも生存確率をあげられる作戦。
セレスタはさっき、私を守ってくれると言っていた。
もしものことがあっても、防御魔法をかけてくれるかもしれない。
いくら魔法を切り裂く魔剣を相手にするとはいえ、エルフの魔法なら少しはもってくれるだろう。
安心して踏み込める。
その根拠は何もないが、今は全てを自分の都合のいいように解釈して、奮い立たせる。
絶対にうまくいく。
私はやられない。
アリアに手を出させない。
腰に回っているアリアの手を離し、リオの全身を捉える。
さっきと違って冷静。
どんな動きでも、この目で追ってみせる。
「リルフィ様、王女殿下を殺せないので、どいていただけませんか?」
目前まで迫ったリオが、私の腕を取ろうとする。
まだ、耐える。
腕が強い力で引かれ、リオの胸元に引き寄せられる。
剣を持った手が、私の左手のすぐ近くに。
魔剣は魔力を流して起動する。
剣の柄に触れさえすれれば、起動条件を満たす。
初めて剣を持たされた時の感触は、覚えている。
その時と同じように、全身の魔力を左手にかき集め、触れてすぐに起動できるように。
頭頂から足先の熱が、じわじわと左手に移っていく感触。
これが魔力を操作する、ということ。
リオがいま剣に流している魔力より、もっと強い魔力を乗せて、剣の使用権をむりやり奪ってしまうのだ。
通常、剣に流す魔力はそれほど多くはない。
だから、大魔法を使うような魔力を不意打ちのように流せば、たぶんいける。
左手が熱くなるくらいに魔力が溜まり、淡く光り始める。
リオはアリアを見ていて気づかない。
剣の快楽に冒されている時は、案外スキだらけだ。
私は、リオの魔剣を持てる位置まで体をずらして。
思い切り、その柄を掴んだ。
「————!?」
リオが息を飲む。
私の魔力が、一気に剣に流れ出し、そのお返しにと強烈な精神干渉がくる。
——ああ、殺したい。周りの生き物を全部殺したい。
違う、リオだけを倒せればいいんだ。
——この剣でめちゃくちゃに切り刻んだら、とっても気持ちいいんだろうなぁ。
それはいけない感覚だ。ここから逃げることが、何よりも大事なんだ。
湧き上がる欲望に、自我を強く持って抵抗する。
しかし、それができたのは最初だけ。
精神干渉によって流れ込んでくる強い感情が、言葉にならなくなる。
感覚が、衝動が、すぐにアタマの中がいっぱいになって。
もはや感情を通り越してしまった。
アタマの中が真っ白。
あーわからない。
感情のその先の、精神だけの世界。
白い世界に、私が座っている。
意識の中の意識。
現実の状況なんて、ここでは関係なくって、白い世界の私が、何かを待っている。
私は私ではなく、そこから動くことはできない。
座っているのだ。
椅子に座っているのかもしれないし、地べたに横座りになっているかもしれない。
じっと前だけをみて、白い世界の変化を私は待っていた。
先ほどまでのゴタゴタとは大違いの、ゆったりとした静かな空間。
さっきまでって、何が起きてたんだっけ?
それにしても、ここは良い場所だ。
なんか思い出さなきゃいけない気がするけど、この白い世界は安心する。
まあ、どうでもいっか——。
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