リルちゃん総受け

 男の首は、剣で一振りしただけで切れた。

 切断面から血液の噴水。

 剣はもちろん、私自身にも赤い液体が降りかかる。


 自分の体温と同じ液体が顔につくと、ついた分だけ幸福感が湧き上がる。

 なんか悩んでいたのがバカみたい。


 剣を振って、男の体を斬る。

 肉の柔らかく弾力のある感触と、骨を断つパリパリとした音が、実に心地よい。


 斬撃を受けて倒れこむ、男の亡骸をさらに斬りつける。

 斬れば斬るほど、鮮血が舞い散り、快感が増してくる。


 その極地に達した時、いったい私はどうなってしまうんだろう。

 好奇心が鳴り止まず、私は男だったものを斬り続けた。


 そんな至福の時は、メイドに手を掴まれて終了する。

 今止められたら、これまで溜まってきた快感が、逃げちゃう。

 あと少しなのに。

 もう2、3回斬れば、血を浴びれば、どこか遠いところにイけそうなのに。


「そこまでです」

「まだ、足りないよぉ。もうちょっとだけ、ヤらせて」


 お願いしても剣を持つ手は固定されたまま。

 こうしている間にも、気持ちの高ぶりがどんどんおさまっていく。


「早くしないと……!」

「ご安心ください。別の場所で、もっと気持ちいいことをしましょう」

「本当? じゃあ早く連れてって!」

「はい、こちらです」


 メイドに手を引かれて、ここまで来た道を戻っていく。

 2階から1階、1階から地下へ。

 私は今にも走りたい気分なのに、メイドがゆっくり歩く。


 剣から発せられる光が、徐々に消えていってる。

 同時に、私の感覚も鈍ってきている。

 早くしないと。

 早く歩いてよ!


「ここに、座ってください」

「なんで!? エモノは!? どこなのよ!?」


 ここで座る意味が理解できない。

 私がやりたいのは、生き物をこの手で、この剣を振って切り刻むこと。

 生き物なんてどこにもいないじゃないか。


「座りなさい」

「あぅっ!」


 メイドに胸を突き飛ばされて、椅子に座ってしまった。

 どこからともなく他のメイドが現れて、体に革のベルトを巻かれる。


 そして動けなくなったところで、銀髪メイドに剣を奪われた。


「…………あれ?」

「気分はどうですか?」


 それまでの高ぶりが一切かき消えて、自分が正気に戻ったんだと分かるくらい、周りが見えるようになった。


 ここは私が捉えられていた地下の拷問部屋。

 最初と同じ状況。


 どうして?

 私は男爵を殺した。

 ついさっき、この手で殺してしまったのだ。


 どうしよう、人を殺めてしまった。

 これじゃあもう言い逃れできない。

 立派な殺人犯だ。


 現状の把握と罪の意識が一緒ににのしかかってきて、考えがまとまらなくなってくる。

 あの剣を持っていた時と、どっちが正気なのか。


「うふふふふふふ。本当に、あなたは可愛い……!」


 銀髪のメイドが、私から奪った剣に魔力を通すと、剣が赤く光りだす。

 それを持ったら目の前のものを何でもかんでも殺したくなってくるんだ。

 銀髪メイドの目の前にいるのは私だから……。


「あぁぁぁぁぁぁ……! 気分はどうですか!? 私は最ッ高の気分です! 筋書き通り、全部うまくいきましたよ! どうです? 褒めてください!」

「ひ……」


 無表情だった銀髪メイドが、これ以上ないほど醜い笑顔に歪む。

 私もさっきまでこんな表情をしていたのかと思い、剣の恐ろしさと、それを持った人間の恐ろしさにひるむ。


「気分はどうですかと聞いているのですッ!」

「いたっ」


 メイドが剣を振り、私の頰が紙のように切れる。


「な、なんで、男爵を殺した、のに……」


 男爵を殺せば、屋敷から出られるはずだった。

 なのに私は、再びここに座って、痛い目にあっている。


「答え合わせをしたいのですね! いいでしょう! じゃかじゃかじゃかじゃかじゃか、ジャーン! 実は私がリオ・ビザール男爵だったのです! わーわーパチパチ! リオ男爵、こうして冒険者をダマしきった、今の気持ちを答えてください? んーそうですねぇ、私って、て、ん、さ、い? なんてね! あははははは」


 思えば、最初からおかしいところはあった。

 貴族が魔物に襲われても、自前の魔法で蹴散らすことは容易い。

 わざわざ冒険者が助けにいく状況なんて、普通はありえないのだ。


 それに、出会ってから男が自発的に発言をした記憶が見当たらない。

 常に側に控えていた銀髪メイドが、男に接触してから、話が始まっていた。


 つまり、私たちが男爵だと思っていた男は、偽物。

 銀髪メイド——リオ・ビザールが仕立て上げた、魔法が使えない平民の男だったのだろう。


 その証拠に、正気を失った私が、男を斬る直前に言われたことは、私の身を案ずる言葉だった。


 私は、なんの罪もない一般人を殺した。

 リオに騙されて、この手にかけてしまった。


「……もういや」

「んーーーー??? 何がです? 聞きたい聞きたい! あの男が言っていた拷問は文学って言葉、いいですねえ! いい演技を見せてくれましたねぇ! 私もその通りだと思いますよ! 私だって貴族ですから、芸術を嗜むくらいはしないと、恥ずかちぃですからねぇ! さあ、聞かせてください!」


 剣の柄を口元に近づけられて、発言するように急かされる。

 その行為が最大限に私を侮辱しているような気がして、もう耐えられない。


「なんでみんな私にひどいことをするの!? 教えてよ! だって、何も悪いことをしてないよ! どうして私ばっかり!」


 リオは、私の頰から流れる血をすくい取って、その指を舐める。


「んっ。それはですねぇ、あなたが、可愛いからです」

「そんなの、理由になってない!」

「いえ、それで十分です。私に流れるエルフの血が、あなたの全てを欲しているのです! それがわかるのです! あなたとずっと一緒にいる、あの王女だってそうでしょう! 本能が! その金色を! 自分と一つになりたいと! 渇望しているのですよ!」


 リオが剣を振って、腕に新たな傷が刻まれる。

 リオはそれを愛おしそうに、見ていた。


「だからあなたは特別扱いなのです! 普通なら皆殺しにする冒険者ですが、あなたを手元に置いておきたいから! こんなにも可愛がって、殺さないように、丁寧に扱って、私の魔剣を持たせて差し上げたのです!」


 私と密着していたリオは不意に立ち上がり、周りに控えていたメイドたちを、その剣で斬った。

 背中や腹を斬られたメイドたちは悲鳴をあげて崩れていく。

 逃げようとしたメイドも、リオが魔法で足止めして、アタマを真っ二つに。

 そうして悦楽に浸った表情のリオは、剣の一部を私に握らせる。


 また、あの時の高揚感が、流れ込んできた。

 これは、いけない感情。

 でも、気持ちよくて、もっともっと欲しくなる。


「この恋心ッ! わかってください! 私は勘違いしていました! 今まで人間が苦しむ姿にこそ、愛を感じていましたが、違ったのです! この、苦しくて、切なくて、どうにもならないこの気持ちが、恋! あなたが教えてくれたのです! 出会った時からずっと、目が離せませんでしたよ!」


 リオが私のアタマを抱いてくる。

 ドキドキと、早鐘をうつような音が、胸の奥から伝わる。


「ではでは、少しだけ、そこで待っていてくださいね! 他の冒険者を殺したら、私があなたに最高の快感を、教えてあげましょう!」


 軽快なステップを踏んで、拷問部屋を出ていくリオ。

 みんなの命に危険が迫っている。


 絶対に助けないといけないのに、拘束がきつくて動けない。

 でも今度は、周りに誰もいない。

 魔法を使って、革のベルトを燃やすことができる……!

 リオが正気を失っていたことに感謝して、私は自分の腕や足に向かって炎の魔法を放とうとした。


「だーれだ☆」


 突然、背後から目隠しをされて、聞き覚えのない声が振りかけられる。

 集中が乱れ、練っていた魔力が途切れてしまった。


「ああもう! 邪魔しないでよ!」


 もしかして、見張りがいたのか。

 私が怒鳴り声をあげると、すぐに目隠しが解かれて、犯人が私の目の前に回り込んできた。


「ふへへ、きちゃったぞ」


 ……現れたのは、敵ではない。

 よく見知った顔だが、この場にいるのはおかしな存在。


 揺れる白いおさげ。

 長く尖った耳。

 翠色の双眼。

 私の身長よりずっと低い、小さな体。


 それは、エルフの里で出会った少女、セレスタであった。


 なぜこんなところでセレスタが登場するんだ。

 今はそれどころじゃないのに。


 正直、これ以上面倒ごとを増やすのはやめてほしかった。

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