不安定
リオ・ビザールの罠にはまり、倉庫の地下に落とされた私たち。
幸いなことに落下距離は短く、大怪我はしていない。
頭上に地上階の天井が見えていたが、すぐにフタをしめられて、辺りは真っ暗になる。
光源は何もない。
もしここが蛇の洞窟のようにダンジョン化していれば、魔力の淡い光が見えるはず。
それがないということは、ダンジョンではないのだ。
男爵が魔物が出たと言っていたのもウソなのだろう。
「光よ、リルフィの名のもとに収束せよ」
火の魔法『灯火』、いわゆる明かりの魔法で光球を出し、辺りを照らす。
ずっと手を握っていたアリアが、ちゃんと隣にいることをまず確認する。
続いてユリアさんもマリオンさんの安否も確認。
「あはははは……してやられましたね……」
「金に目が眩んじゃったねぇ」
冗談を言えるくらいなら、問題ないだろう。
「……せよ……」
「アリア? アリアも怪我はない?」
アリアの声が聞こえたので、そちらの様子もうかがう。
「治療せよ治療せよ治療せよ治療せよ治療せよ治療せよ治療せよ治療せよ治療せよ治療せよ……」
「あ、アリア?」
「高いところから落ちちゃったから痛いよねすぐになおしてあげるから全身くまなく徹底的に回復魔法をかけるからほんのすこぉし待っていてねリルちゃん」
早口で言ったアリアは、引き続き治療魔法を、何度も何度も私にかける。
アリアは私が怪我をするのを異常に恐れているのだ。
今みたいに痛みを感じるような出来事があると、過剰に回復魔法をかけてくる。
着地の時にヒザをうってしまった気がするが、アリアの魔法のおかげで、痛みを自覚する前に治っているのだろう。
アリアにもう十分であると伝えようと、光球を向けてアリアの姿を照らす。
全身を照らして、私は異常な光景を見る。
「アリア……っ! 指がっ!」
繋いでいなかった方の手。
アリアの左手の指が、親指以外の4本が、外側に向かって直角に折れていた。
落ちた時に片手で受け身をとったのだろう。
私が手を繋いでいたばかりに、アリアの左手に二人ぶんの体重がかかってしまったのだ。
ありえない方向に曲がったそれは内出血を起こし、薄暗いこの空間でも判別できるほどに黒く変色していく。
「アリア! 回復魔法、自分にかけてよ!」
「……ああ、これ? ごめんね。わたしがもっと丈夫だったらリルちゃんのクッションになってあげられたのに。すぐに壊れちゃうんだもんね」
「もういい! 癒しの光、彼のもの、骨折を、治療せよっ!」
一向に自分を治療しようとしないアリアに痺れを切らし、私がアリアに回復魔法を使った。
普通の人が一度に複数種の魔法を使うことはできないから、明かりの魔法が解除されて真っ暗闇に戻る。
「アリア! もっと自分を大切にしてよ!」
「……っ! うん! わかった! リルちゃんのいうとおりにする! わたしはリルちゃんのモノだから、傷ついたらイヤだよね! そんなことも分からないなんて、ごめんなさい、ごめんなさい!」
再び明かりの魔法を使った時には、アリアの傷はすっかり癒えていた。
私の回復魔法にそこまでの効力はないから、アリアの無詠唱の回復魔法で治したのだろう。
「どう? どう? きれいになった? リルちゃんの満足するわたしになれてる? これからもそばにおいてくれる?」
「——っ!」
それでも、自分の心配をしようとしないアリアに、私は気持ちを抑えきれなくなって。
思わず頰を叩いてしまった。
「——痛っ!」
「痛いでしょう!? 痛かったら治してよ! 私のことなんてどうでもいいから! もっと自分の身をいたわってよ!」
言い終わって、アリアの表情が一変して、怯えきった目が私に向けられていることに気づく。
ああ、ダメだ。
私が感情的になってはいけない。
いつの間にか荒くなっていた呼吸を、大きく息を吸って整える。
怒りにゆがんだ顔を、笑顔に変えて取り繕う。
アリアは色々あったせいで感情が不安定になっているんだ。
ここで私が突き放すようなことを言ったら、アリアは誰も信用できなくなるじゃないか!
自分に言い聞かせて、心を鎮める。
アリアは自分の肩を抱いて縮こまってしまった。
私がその肩を抱くと、アリアはより一層小さくなったような気がした。
「ひっ」
「ごめんね、アリア。大丈夫、私がついてるから……ごめんね。叩いてごめんね」
すっかり怖がってしまったアリアからは、もう言葉が出てこない。
私はひたすら謝りながら、アリアを落ち着かせようとする。
しばらくそうしていると、アリアの緊張がほぐれてきて、私と目を合わせてくれるようになった。
「リ、ルフィ、さま……」
「うん」
「リルフィ、さま、ひとりはいやだ……」
「うんうん、絶対に離さないよ」
「ほんと?」
「本当に」
「ほんとうに?」
「大丈夫」
アリアがすがるように同じ質問を繰り返し、私はそれにひとつひとつ答えてあげる。
その問答も次第に数が少なくなり、身を寄せ合ってじっとしていた。
そうしていると、マリオンさんが四つん這いで近寄ってきて、私の顔色をうかがうように覗き込んできた。
「リルフィ……無理しちゃダメだよ。困ったらアタシたちに相談するんだよ」
マリオンさんから発せられた言葉に、私はひどく不快感を覚える。
なんでそれを私に言うのか。
もっと心配すべき子が、目の前にいるだろう。
「無理とか困るとか、そんなことアリアの前で、言わないでください……! アリアには私しか、いないんだから……!」
ぎゅっと私の服を握るアリアに、私も抱く力を強め、アリアが不安に思わないように答える。
「マリオン。今は、ダメです」
「……ごめんよ」
ユリアさんに言われ、元いた位置に戻っていくマリオンさんを視界の端で追う。
そして、薄暗闇の中、再び静寂の時間が始まった。
十分、二十分と。
アリアに寄り添って、しばらくの時間を過ごした。
そうしていると、頭上から物音が聞こえてきた。
ズリズリ、ズリズリと。
板張りの床を硬いものが引きずられるような、そんな音。
ズリズリ、ズリズリ。
音はだんだんと大きくなり、次第に位置も予想できるほど、近くに。
ズリズリ、ズリズリ。
コト。
それは私たちの真上にきて、止まった。
数瞬の後、上から光が差し込む。
私たちが落ちてきたところが、開かれたのだ。
久しぶりに思える自然の光に眩しさを感じながら、なんとかそこを見る。
銀髪メイドが笑顔でこちらを覗き込んでいた。
「皆様にはこれから、一人一部屋、入ってもらおうと思いまーす。今度は勝手に二人で使っちゃ、めっ、ですよ?」
こちらを小馬鹿にしたような言い方。
言い返す間もなく、銀髪メイドは顔をひっこめる。
そして、ここまで引きずってきたモノを、落としてきた。
「アリアっ」
それがアリアに当たらないように、力いっぱい重心を変えて転がる。
地面に落ちたモノは、パリンと割れて。
中身が見えないうちに、落とし穴が塞がれてしまい、明かりの魔法の心もとない光だけに。
よく目を凝らして、何が入っていたのか確認する。
光球に照らされたそれは地面に広がって、波打つような独特な反射光を見せる。
これは、液体?
そう判断すると同時に、甘いような、ツンとくるような匂いが部屋に充満する。
「——まずいっ! 麻痺薬ですっ!」
ユリアさんの声で、その正体を知る。
すぐにアリアを立たせて、液体から距離を取るように、小さな部屋の端っこに逃げた。
しかし、狭い空間は一分もかからずに、匂いが行き渡ってしまう。
「アリア、口を塞いで!」
匂いを嗅がないように服で口と鼻を覆うが、そんな抵抗もむなしく匂いは布を越えてくる。
上を向いて、背伸びをして、何が何でも匂いから逃れようとする。
でも、まったく無意味だった。
次第に足に力が入らなくなって座り込む。
周りのみんなも、大体おんなじタイミングでへたり込んでしまった。
次に、口を塞いでいた腕も、上がらなくなってくる。
姿勢が維持できなくなって、硬い石の床に倒れる。
体がだるくなって、目を開けているのが辛くなってくる。
アリアと手は繋がったままなのか。
その感覚も消え失せ、アリアが隣にいるのを目で捉えるのみ。
アリアの目が閉じるのを最後に見て。
明かりの魔法が消えたのか、私のまぶたが閉じたのか。
目の前が真っ暗になった。
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