男爵の意思

 オードブル、メインディッシュ、サラダ、フルーツの順で出された朝食は、みんな美味しそうに平らげていた。

 私は周りの動きに一々びっくりしていて、せっかくの料理を味わえなかったが。


 食後のお茶を出されて一息ついたところで、銀髪メイドさんがリオ・ビザール男爵に耳打ちをする。

 銀髪メイドさんは他のメイドさんと違って、ものすごくエラそうだ。

 ノーマルメイドさんたちに指示を出しているし、今みたいに男爵と話をするのも銀髪メイドさんだけ。

 きっと銀髪メイドさんは、このビザール領のやりくりを任されているくらいスゴいひとなのだろう。


 男爵は独り身なのか、嫁も子供も姿を現さず、その存在をほのめかすようなものもない。

 血を重んじる貴族が妻子を持たないのは、離婚とか死に別れとか、軽々しく話題にできないような理由がある。


 だから、男爵と銀髪メイドさんの関係について、聞くことができない。

 もしかしたらデキちゃってるのかも。


 学校でもたびたび、領主とメイドの間から生まれた子が入学してきて、噂が立ったりするし。


 そんな邪推をしていると、領主は咳払いをして本題に入る。

 食事の前に依頼がどうこう言っていたから、その話だろう。


「実はな、ここ最近、我が屋敷の倉庫に魔物が住み着いてしまったらしくてな。近いうちに依頼を出そうと思っていたのだが、幸運なことにこうして冒険者殿と出会えたゆえ、頼まれてはくれないか」


 側に控える銀髪メイドさんが、横からすっと小袋を置く。

 男爵がそれを開けて、ユリアさんたちに中身を見せる。


「おお……」

「金貨だ……!」


 中堅冒険者であるユリアさんとマリオンさんが一日に稼げるおカネは、多くて銀貨3、4枚。

 宿代と食事代と武器のメンテナンス代を引けば、ビギナー冒険者が稼げる程度の銅貨しか残らず、貯金なんてもってのほか。

 ユリアさんたちが金貨に釘付けになるのもわかる。


「報酬ははずむぞ。引き受けてくれんかね」

「もっちろんです!」


 ユリアさんが即答。

 私たちは堂々と街を歩けないから、お金があっても使う機会がないのに。

 依頼を受ける利点はあるの?


「リルフィさん、これであなたにも立派な剣を買ってあげられますね!」

「あ……ありがとうございます」


 前言撤回。

 ユリアさんの真っ先に出た言葉は、自分のためじゃなくて、私のためにお金を使ってくれるという優しさだった。

 何でもかんでも面倒を見てもらって、生きててごめんなさいという気持ちになる。


「うむ。親切な冒険者殿ならば、そう言ってくれると信じていた。それでは、詳細を説明しよう——」


 男爵の説明によると、倉庫はこの建物とは別の棟にあり、地下2階から地上1階建てとなっているそうだ。

 魔物の存在を確認したのは数ヶ月前からで、何もしなければ地上に上がってくることはないらしい。


 これまでは倉庫を封鎖して、一切触らないで置こうとしていた。

 しかし、今になって倉庫にしまってある書類が必要になった。

 税のこととか領地のこととか、王国とのやりとりに使うものがそこにあるのだ。


 そこでリオ・ビザール男爵は書類を紛失したことにして、王都になんとかならないか交渉しに行ったのだが、聞き入れてもらえなかった。

 書類を見つけてこないと、領地を没収して貴族位を剥奪するって言われたそうだ。

 しょんぼりして帰る途中には魔物に襲われるし、踏んだり蹴ったりだった。


 そこで偶然でくわした私たち。

 指名手配されているアリアがパーティにいたが、なりふり構ってはいられない。

 魔物を一瞬で片付けたアリアの腕を見込んで、どうか倉庫の魔物をやっつけてくれないか、と。


 倉庫にいる魔物は、ダンジョンである『蛇の洞窟』に出現するものと同じ。


 蛇の洞窟とは、私とアリアが最初に入ったダンジョンであり、ユリアさんたちと出会った場所だ。

 その時のことを思い出すと、冤罪で学校を追い出された記憶もよみがえってきて、くやしくなって手に力が入る。

 しかし、今はそんなことを考えている場合じゃないので、何回かまばたきをしてむりやり気分を変えた。


 蛇の洞窟というのは、南の王都から、北のノーザンスティックス領近くまで、名前の通り蛇のよう続くに長い洞窟だ。

 入り口はところどころにあり、冒険者がよく使うところから、未だに発見されていないものまで、数多く存在すると言われている。


 私たちが次に目指しているのも、蛇の洞窟。

 人気のない入り口から侵入し、一気に北上するのが目的だ。


 ダンジョンはなんらかの原因で魔力が自然に結びつき、迷宮へと変異することで生まれる。

 そこに生きる動物たちも魔力によって凶暴化し、魔物となる。

 このエルフィード王国全域に魔物が現れるのは、国を縦断するように横たわる、蛇の洞窟の影響を受けていると言われている。


 ここビザール領は、ちょうど洞窟の真上にある領地らしい。

 領地の真下にダンジョンがあるということは、ダンジョンから漏れる魔力の影響を受けてもおかしくないのだ。

 つまり、倉庫を作るために地下なんて掘っちゃったから、蛇の洞窟との距離が狭まり、より魔力の影響を受けやすくなってしまったのだ。

 そして案の定、地下がダンジョン化してしまった。


 蛇の洞窟の影響で生まれたダンジョンだから、倉庫に出る魔物は洞窟のものと同質。


 退治すべき魔物がこれから行く場所のやつらなら、腕試しにはちょうどいい。

 そいつに勝てなければ、私たちは次に向かうダンジョンを突破できないことになる。

 絶対に成功させよう。


「——と、こんなものですかな。自信のほどは?」

「ええ、任せてください。洞窟なら、私たちはよく潜っていましたし、さらにここには、将来有望な後輩たちもいます」


 ユリアさんがみんなの顔を見渡す。

 そこに不安そうにしているメンバーはいない。


「素晴らしい。では、今日、早速とりかかってくれるかね?」

「はい。準備もあるので、まずは下見をさせてください。依頼の難易度を判定したいです」


 ギルドの依頼は、事前に職員が難易度ランクを定めているので、冒険者の実力に見合った依頼を受けることができる。


 今回のような個人的な依頼は、クエストランクが未知数なので、本格的に攻略を開始する前に様子見をする必要がある。

 ちょっとだけ入って、ダンジョンの深さとか魔物の強さとか、だいたいの見積もりをとるのだ。


「では、倉庫にご案内いたします。」


 そうと決まれば行動は早い。

 銀髪メイドさんが食堂の扉を開けて、私たちを待っている。

 残ったお茶を飲み干して、私たちは銀髪メイドさんの先導で、屋敷の外に出た。


 吹き付ける風に、私は重大なことを思い出す。

 股間が涼しい。


「リルちゃん、顔が真っ赤だよ? 抱しめるよ?」

「い、いりません」


 ……ノーパンでダンジョンに入るの?

 アリアが腰に手を当ててくるのをそっとどけて、これから起こりうることを想定する。


 魔物くる、走る、スカートめくれる、オープンザワールド。

 倉庫覗く、夢中になって警戒を怠る、スカートめくられる、ハッピーニューイヤー。


 魔物はダンジョンだけじゃなくて、すぐ隣にもいるのだ。

 やばい。


「リルフィさーん、下見のやり方を教えますから、来てくださーい!」


 私の事情をすっかり忘れている様子のユリアさんが、どんどん遠くなっていく。

 一回屋敷に戻りたいという前に、ニコニコしているアリアに腕を引っ張られて、ユリアさんと合流させられる。


「……あ、あの、ぱ」

「(リルちゃん、わたしがリルちゃんのぱんつになってあげる)」

「わけがわからないよ!」


 あと耳元で囁かないでよ!


「アリアさっき満足したって言ってたよね!?」

「リルちゃん成分の効果時間は、吸収してから四秒間だけなのです」

「短すぎるよぉ!」

「ごはんちゅうにチラチラわたしのことを見てくれたリルちゃん、かわいかったなぁ……!」

「アリアさん! 自重しよう!」


 なんかもうこのひと、遠慮がなくなってきた!

 エルフの里でどんな心境変化があったのさ。


「リルフィさん、お仕事ですから……ちょっと……」


 騒いでいる私を、ユリアさんとマリオンさんが冷ややかな目で見ている。

 私のせいなの!?


「冒険者様方、到着いたしましたが、よろしいですか?」

「ごめんなさい……」


 銀髪メイドさんが私に向かって言ってきたので反射的に謝ってしまった。

 それでも私は悪くない。


「……一階には魔物がおりませんので、どうぞ中にお入りください」


 扉を開けてくれたので、ユリアさんを先頭にして倉庫に踏み入れる。

 木造の小屋で、採光は天井近くの窓から。

 いかにも倉庫らしい倉庫である。


「そちらに、地下へ向かう階段がございます」


 銀髪メイドさんが後ろ手に扉を閉めて、室内は少し薄暗くなる。

 指し示された方向には、大きな荷物が置かれていて階段は見えない。


「そこです。荷物の裏に、階段がございます」


 言われた通り、荷物の裏を確認しようとするユリアさんの背中を追う。

 狭い通路だから、一列にならないと進めない。


「……見当たりませんけど」


 ユリアさんの見ている光景は、後ろにいる私たちには見えない。

 暗くて見えないだけで、どこかに取っ手があるに違いない。

 魔物が出てこないように、階段に蓋がされているのだ。


 足元を見てみると、ほら、やっぱり。


 木の床には隙間ができており、叩いてみると軽い感触が返ってくる。

 この存在に気づかないで、みんなして蓋の上に乗ってしまったのだ。


「メイドさん、見つけました!」


 首をかしげるユリアさんに代わって、私が入り口付近に立つ銀髪メイドさんに返事をする。

 いつもクールな銀髪メイドさんは、私の言葉にニッコリと笑って。


「それは良かった」


 銀髪メイドさんが壁にあるスイッチを押すと、足場が消えた。

 私たちを支える床が急になくなれば、当たり前のように落ちてゆく。


「——っ!」


 とっさにアリアの腕と、荷物の端を掴んで、宙ぶらりんの状態になる。


 こつ、こつ、と。

 銀髪メイドさんが、こちらに近づいてくる足音。


「〜〜♪ あら、金髪の子、落ちていなかったのですね」


 鼻歌交じりに、楽しそうに、無慈悲に、告げられる言葉。

 銀髪メイドさんの表情を見て、私は、私たちは、罠にはめられたことを悟った。


「これもリオ・ビザールの意思ですので」


 荷物を掴む私の手に、銀髪メイドさんの手が触れる。

 そして、小指を外される。

 薬指を外される。


 私とアリアの体重を、二本の指で支えられるわけもなく。


「実は、あの男が話した内容は、全部ウソだったのですよ。よくも考えつくものです——」


 その言葉を最後に、私たちは闇へと、飲まれていった。

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