開放感あふれる設計

 ない。

 ないぞ。


「リルちゃん、どうしたの?」

「アリア、私のぱんつ盗んだ?」

「え!? そんなことたまに……してないしてない! とってないよ!」

「そう」


 昨日、おフロからあがった時から、私のぱんつが行方不明。

 脱衣所には、脱いだものも新しく持ってきたものも消えていたのだ。

 部屋に戻って予備のぱんつを探したが、これも綺麗さっぱり消滅。


 さいきん変なアリアにはいちおう聞いてみたが、答えは当然ノーだ。

 私が見ていた中でも、今までで不審な動きを見せたタイミングはなかったと思う。

 アリアはおフロでのぼせて、ほわほわとした様子のまま夕食をとったあと、私の部屋で寝てしまったのだ。


 脱いだものに関しては、おそらくメイドさんが洗濯のために持っていったんだと思って、自己完結している。

 服もなくなっていたし、ほんとはそっちを回収しようとして、ぱんつも持っていってしまったのだ。


 脱衣所のカゴの中をくまなく探したら、持ち手の部分に白く光る髪の毛が引っかかっていたから、銀髪メイドさんの仕業だろう。

 あとで聞いてみよう。


 でも、未使用のものまで消えているのはどう考えてもおかしい。

 失くしていた私のギルドカードも、結局見つからないままだし、どこかでまるっと落としてきちゃったかなぁ。

 その割にはぱんつもギルドカードも、失くす直前に存在をしっかり確認した記憶があるんだけど。


「リルちゃんもしかして、ぱんつ……はいてないの?」

「……いやはいてるよ! 気にしないで!」


 おもむろにアリアが、私のスカートをめくろうとしてきた。


「確認しなくていいから! ほら朝ごはん行っておいで!」

「みたい」


 アリアをくるっと一回転させ、背中を押して部屋から出す。


 ……。

 扉を閉めて30秒数える。

 そしてもう一度扉を開けてみる。


「みせて」

「やっぱりいた!」


 アリアの手がドアノブにかけられていて、もう少し待っていたら扉を開けられていた。

 アリアが私を一人にさせてくれないから、ぱんつ捜索ができない。


 くっ……! 下半身がスースーする……!

 エルフにもらった服は、ものすごく丈が短いスカートだ。

 森の中での動きやすさを重視したデザインで、確かに制服よりは動きやすいけれど。


 圧倒的に防御力が足りない!

 はれんちだよ!


「おはようございます〜」

「おはよー」


 私が騒いでいるのを聞きつけたのか、隣の部屋からユリアさんとマリオンさんが出てくる。

 私の前に立つひとが三人に増えてしまう。


 人数が増えていくのに応じて、私はどんどん内股になっていく。

 もじもじする私をよそに、アリアが集まってきたユリアさんたちに事情を説明した。


「あのね、リルちゃん、はいてないんだって」

「へぇー。はいてないんですねぇ」

「はいてないなんて開放的でいいね!」


 はいてないって連呼するな!

 あとなんで私がはいてないコトをふつうに受け入れてるの!? なんでそんな理解があるの!?


 みんなの視線が私の下半身に向き、心もとないスカートを必死に手で押さえて隠す。

 どんなハプニングが起きても、このスカートだけは絶対にめくらせないぞ。


「……アリア殿下、冒険者様方、朝食の準備が整いました。ご案内いたします」


 おそらく下着泥棒、銀髪メイドさんが音もなく現れる。

 私は涙目になりながらも、メイドさんが背を向ける前に訴えかける。


「あ、あの、メイドさん……ぱんつ……返してください……」

「あら。……はいてないのでございますか?」


 このひとも言ってきたっ!

 メイドさんは首を傾げていて、私のぱんつの行方に心当たりがない様子。

 8つの瞳が私の股間へと注がれ、みんな黙ってしまう。

 ちょっと、誰か何か言ってよ……!


「も、もういいです……! ご飯食べにいきましょう……!」


 なんとも言えない空気に耐えかねて、私は涙を飲んでぱんつ捜索を諦めることにした。

 アリアにスカートをめくられないよう、きっちり手を繋いで移動する。


 一階にある食堂に向かうべく、最大の難関である階段へ。

 手すり側は吹き抜けになっていて、一階から見上げれば、足元を見られてしまうのだ。

 スカートの中を覗く気で見ないと、奥まで見えないのは分かっているけど、ぱんつ一枚ないだけで警戒レベルが急上昇だ。


 きっと変態なおじさんが息をハァハァさせながら、私が降りてくるのを待っているんだ。

 そんな気持ちで階段に臨む。


 アリアの手を離して、一瞬で壁側に移動してアリアを手すり側に押し付ける。

 その一瞬のスキを突かれて、アリアにお尻を掴まれたが、すぐに手をとってやめさせる。


「アリアぁ? いい加減にしてよねぇ?」

「……ぶー」


 今日のアリアは聞き分けがよろしくないなあ?

 仕返しにと、私も空いた手でアリアのお尻をつっついて、アリアを困らせてやることに。

 ……むう、柔らかい。


「リルちゃん、さわるなら直で」

「なんでよ!?」


 このアリアさんほんっとおかしい!

 いつか絶対に困らせてやりたい!


「どうかされましたか」


 銀髪メイドさんが踊り場で止まってこちらを振り向く。

 私はまだ階段の途中。

 メイドさんが上見たら私のスカートの中、見えちゃうじゃないか!


「いえいえなんでもありませんっ! あーお腹すいたー早く朝食が食べたいなーっ!」

「……そうですか」


 周りに敵が多すぎてパニックだ。

 私を狙うアリアに、ニヤニヤして見てくる先輩冒険者に、行動が読めないメイドさん。

 アタマがくらくらしてきた。


「……どうぞこちらへ。食事をお持ちしますので、席でお待ちください」


 銀髪メイドさんに食堂に通され、他のメイドさんが引いてくれている椅子に順次座っていく。

 ここは、机の下を覗けば股間が丸見えだ。

 テーブルクロスに覆われているからといって、油断は禁物。

 私は、スカートの生地をしっかりふとももで挟んで、びっちり足を閉じる。


 実は昨日の夕食もノーパンだったが、その時はまだ誰にも気づかれてなかったので、穏便に済んだ。

 しかし今は、周りのみんなに虎視眈々と狙われている気分。


 アリアなんて私の隣じゃなくて向かい側に座りやがった。

 どこかでわざとフォークを落として、拾うついでに覗きをしてくるぞ。


 周りの動きに警戒しながら少し待っていると、入り口からリオ・ビザール男爵が現れた。

 すぐ近くのお誕生日席に座って、銀髪メイドさんとこそこそ話し始める。


 ま、まさか……私がぱんつをはいていないこと……チクってないでしょうね……?


「うぉっほん! ……昨日はよく眠れましたかな?」


 男爵がアリアの方を向いて話す。

 この中ではアリアが一番エラい立場であるため、まず最初はアリアへのご機嫌うかがいから始まる。


 アリアは男爵に視線を合わせず、無言でこくこく頷きつつもずっと私を見ていた。

 狙われている。

 アリアから警戒が外せない……!


「うむ。実は冒険者殿に、腕を見込んで相談したいことがあるのだ。食後に少し、時間をいただけますかな?」

「それは、依頼ということですか?」

「そうなるな」


 冒険者の仕事と聞けば、リーダーはユリアさんだ。

 男爵の言葉にユリアさんが真っ先に反応し、言葉を返す。


 昨日の夕食はおもてなしの意味合いが強く、仕事の話は出てこなかった。

 さんざん気分をよくした今になって、本来の目的を告げる。

 貴族のやり方である。


「……失礼いたします」

「ひゃうっ!」


 ふとももに柔らかい何かが触れた感じがしてそっちを向くと、銀髪メイドさんのロングスカートがふわりと。

 音を立てずにオードブルが置かれて、再び裏方に消えてしまう。


 何事もなかったので、私はほっと胸をなでおろした。

 必要以上に周りの動きに敏感になってしまっている。

 絶対に覗かれないように対策をしているんだし、少し冷静になろう。


「では、まずは朝食を楽しんでくだ——」

「あ! フォーク落としちゃった! 拾うね!」


 アリアー! 早速やりやがったよぉー!


「おお、どうかお気になさらず、殿下! 給仕に拾わせますゆえ……!」


 という男爵の声を無視して、アリアは素早く机に潜り込んでしまう。

 テーブルクロスで机の下が死角になっているのをいいことに、アリアは一瞬でこっちにきた。

 そして私のふくらはぎが、掴まれる。


 グググ、とチカラを入れられて、私の鉄壁の防御がこじ開けられる。

 少しだけ空いてしまった隙間に、アリアが顔を押し込んできた。

 アリアの頭を押さえて、これ以上の侵入を防ぐ。


「……すん、すん、すぅーはぁー」

「(あ、アリア、席に、戻って!!)」


 動きを止められたアリアは、その場で深呼吸をはじめて、ふつうはかからない所に息がかかってくる。

 恥ずかしさに叫びたくなるが、周りに悟られないように、必死に無表情を保って、アリアに小声で語りかける。


 風の流れが止まって、どうなったかと思ってテーブルクロスを引き上げる。

 口を半開きにして、だらりとした顔をしているのアリアと目が合った。


「…………」

「…………」


 見合うこと数秒。


「よし。満足した」


 何にだよ。

 急にアリアの表情がキリッとなって、何事もなかったかのように席に戻って行った。

 凛々しくなったアリアは男爵に「失礼しました」と言って、非礼を詫びる。

 そしてあれほど狙っていた私には目もくれずに、料理に手をつけ始めた。


 その豹変っぷりはおかしいでしょう。

 私はさっきまで感じていた吐息の感触が残っている。

 暖かいような、冷たいような、くすぐったいような、気持ちいいような。


 表現できない感覚にもやもやして、私は下半身に意識がいったまま食事をすることとなった。

 味がわからなかった。

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