テコ入れ回

 リオ・ビザール男爵が治める街には、半日もたたずたどり着いた。

 徒歩だったらもう一日くらいかかっていたかもしれない距離なので、馬車のラクチンさを実感する。

 領主の馬車だから検問もなしで街に入り、大通りを突っ切って屋敷に到着だ。


 街並みは余裕があって落ち着く感じだった。

 王都みたいに建物がひしめき合うような窮屈さがないし、実家であるノーザンスティックス領みたいに、隣の家まで歩いて10分という間隔でもない。

 適度な距離感が保たれていて、住みごごちが良さそうだ。ご近所トラブルも起こりにくいだろう。


 そんなことを思いながら、銀髪メイドさんの案内にしたがって、馬車を降りる。

 土地を贅沢に使った領主の屋敷には、適度な大きさの庭が設けられている。

 うちなんてどこまでが庭なのか曖昧になっていて、知らないおっさんが勝手に侵入してくるんだよ?


「すごいねぇ。これが貴族の屋敷かぁ」

「こんな所に住んで見たいですねぇ」


 冒険者のユリアさんとマリオンさんは、貴族の屋敷に通されるのが人生初で、興奮気味にキョロキョロしている。


「お入りくださいませ」


 銀髪メイドさんが、出迎えにやってきたメイドさんに扉を開けさせて、私たちを中に招き入れる。


「旅の疲れもあることでしょう。まずは客間にご案内いたしますので、ごゆっくりと」


 リオ・ビザール男爵が銀髪メイドさんの言葉に頷いて、二階に上がってゆく。

 続いて私たちも階段をのぼって、銀髪メイドさんにひとりひと部屋の客間が与えられる。


「り、リルちゃん……」


 部屋がわかれる時に、アリアが服を引っぱってくる。

 最近のアリアはこうやって意思表示をするから、そのうち服が伸びてしまいそう。


「せっかくだからさ、ひとりひと部屋、広く使おうよ」

「いっしょがいい……!」

「部屋にあるベッドも一つだからね」

「おねがい! わたしをすてないで……!」


 ずっと二人一緒で行動してきたから、アリアと別々になるのは私もちょっと寂しい感じがする。

 だからアリアの離れたくないって気持ちはわからなくもないが。

 最近、距離が近すぎるんじゃないかと思う。

 その、キス、したりされたり。


 あの甘い感覚に誘惑されて、後戻りできなくなったら……と、思うとこわくなってくる。

 相手は女の子で、友達で、同級生で、憧れの対象で。


 アリアは旅に出てから変わったけど、私もどこかおかしくなっているのかもしれない。

 だからひとりで落ち着く時間が欲しかった。


「リルちゃん……わたし、どこかわるいところがあったの……? リルちゃんがイヤなことは、すぐに直すから、言ってよ……? リルちゃんがいないとわたし、あ、ああああああ……!」

「わかったわかった! じゃあ、起きてるときだけ! 日中は私の部屋にいていいから!」

「ありがとう、ありがとううううぅぅぅ……!」


 アリアが泣き出してしまったので、思わず妥協案を出してしまう。

 ……私も甘いなぁ。


 指名手配されているアリアは、いわば誰からも命を狙われる存在。

 その不安感は計り知れないものがあり、感情的になってしまうのもしょうがない。


 自分のことより、アリアの状態の方が危ない感じがして、結局つきっきりになる。


「それでは、夕食の前にご入浴の案内をいたしますので、その時にまた参ります」


 銀髪メイドさんがお辞儀をして去っていく。

 目の前で急に泣き出したひとがいるのに、冷静である。

 身長も高くてすらっとしているし、こんなクールな大人の女性になってみたい。


「あの、リルフィさん」


 ユリアさんとマリオンさんが与えられた客室に入らず、困惑した様子。


「ゴニュウヨクって、もしかして、お風呂……?」


 マリオンさんが当たり前のことを聞いてくる。

 そうか。

 おフロは貴族のたしなみ。

 平民であるユリアさん・マリオンさんは入ったことがないんだ。


 というのも、おフロを入れるには魔法が必須なのだ。

 ひとが入れるほどの大量の水を用意するには、水魔法が必要。

 快適な温度にするためには、火の魔法も必要。

 そんなレベルの魔法を使えるのは、貴族のみである。


 血筋を大事にする貴族は、先祖代々から伝わるエルフの血がちゃんと残っている。

 だから魔法が使えるのだが、平民はエルフの血が薄まりすぎてもうダメダメなのだ。


 ユリアさんは止血の魔法が使えるらしいが、それ以外は使えない。

 そして、どんなに頑張っても、ユリアさんはそれ以上の魔法は習得できないだろう。


 つまり、これからおフロに入れるやったー、である。


「そうです。これからユリアさんとマリオンさんは、おフロに入れるのです」

『——っ!』


 二人は揃って、息を呑む。

 おフロはいわば、庶民の夢。

 一生に一度入れれば、未来永劫自慢し放題。


「覚悟は、いいですか……?」


 ユリアさんとマリオンさんは、二人で顔を見合って、そして互いの胸を見合って、もう一度顔を見合って。

 ヒクついた笑みを私に見せてから、部屋に戻って行ってしまった。




・・・・・・・・・・・




 というわけで、おフロ。


「リルちゃん、タオルとって」

「やだ」


 目がマジなアリアさんの流行語だ。

 これが「ちょっとそこにあるタオルをとってくださいな」って意味なら平和なんだけどね。

 私の体を守る一枚の布きれを、執拗に取ろうとするひとの言葉である。


「リルちゃん、恥ずかしがらないで」

「アリアはもう少し恥ずかしがって」


 かな〜り強いチカラでタオルを引かれている。

 すっぽんぽんなアリアは自分の体を私に見せつけるかのごとく、どこも隠さないで堂々としている。


『マリオンマリオン! お湯がいっぱいです! ほらほら!』

『やめて! アタシのおっぱいで的当てしないで!』

『ブルンブルンして当てにくいですねー! ダイエットした方がいいんじゃないですかぁぁ??』

『ユリアこそもっと食べよう! 成長しよう!』

『食べてもどうにもならねえんですよっ!』


 向こうは向こうで楽しそうだ。


「リルちゃん、からだ、洗ってあげる」


 このひとは何が何でも私のタオルを取ろうとしてくる。

 恥ずかしいんだって。

 絶対に取るものか。


「はい、すわって」


 半ば強制的に洗面台の前に座らせられて、アリアが背後に回る。

 それで、タオルで背中を拭ってくれるのかと思えば、びっちり、体をくっつけてきた。


「おい、ナニをヤッテイル」

「えへへへぇ。リルちゃんのかんしょく。生リルちゃんだぁ」

「変な言い方しないで!」


 背中のアリアが、上下に動き始める。

 黒髪が垂れてきて、視界に出たり入ったりする。


「ねえアリアなんで動いてるの」

「あ、あらってるんだよぉ」

「それ洗えてるの? 信じられないんですけども?」

「……んしょ、はぁ、ん、しょ……」

「アリア聞いてる? 返事は?」


 怖くて後ろを向けない。

 アリアに私の話が通じなくなったら危険の合図。

 いま目を合わせたら確実に 喰 わ れ る 。


「リルちゃぁん……あっ……あん……」

「ちょっとアリアさん冷静になろう!?」


 アリアさんが背中に擦れるたびに、たいへんいかがわしいお声をお出しになり始めました。

 後ろはいまどうなってるの!?


「だめ……とまらないの……」


 スベスベとした感触が上に、下に、右に左に。

 輪を描いたり、早くなったり遅くなったりして、複雑に動いてくる。

 ときおり、硬い二つのものが背中を撫でるような気がして、その度に私はゾッとする。

 これはマズイだろう!?


「アリア、変わってあげるから、ね?」


 耳元で奏でられる吐息が、リズムを崩して熱っぽく、荒っぽく、変調していく。

 ここでやめさせないとアリアが暴走する!


「リルちゃん……! リルちゃん……! しあわせっ!」


 アリアの動きが急に単調になり、私の背中をすり減らすかのように、加速。


「ストーーーップ!!」

「リルちゃーーーんっ!」


 私はくるりと振り返って、恐ろしきアリアの顔を見ないよう体を抱きかかえ、浴槽へ直行。

 泉に投げ込む銅貨のように、アリアをお湯へ放り込んだ。


 そして祈る。

 どうかアリアのアタマが治りますように。


「……ふぅ」


 ぶくぶくと、底に沈んだアリアから空気が発生する。

 長い黒髪がお湯の中に漂って、ホラーな状況。


 少し様子をみていると、液面からアリアが生えてくる。

 その表情はだらけきっていて、この世の至福を味わったようなものだった。


「リルちゃんのはだか、見れたぁ…………!」


 と言って、アリアは再び沈んで行った。

 今度はぶくぶくがなくなっても、出てこない。


「あ、アリアーーーー!!」


 散々なおフロだった。

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