好奇心は猫を起こす

 アリアにかけられた金縛りがとけた私は、アリアの叫び声と大きな音を聞いて、すぐにここに駆けつけた。

 そしたら、森の中の開けた空間で、アリアはひどい状態で座り込んでいたのだ。

 周りは大勢のエルフに囲まれ、アリアに対するはセレスタ、ユリアさん、マリオンさん。


「——ここで、なにが起きたんですか?」


 アリアの肌は青白くなっていて、体は冷たく震えており、明らかに弱っている。

 アリアの体には大きな怪我が見当たらないが、足元には大量の血痕が残されているのだ。

 しかし、周りのエルフやユリアさん達からは敵意が感じられない。


 奇妙な状況の中、私はアリアの側で、様子を見ている。

 私の質問に、マリオンさんが言いにくそうに頰をかきながら、ユリアさんに目線を送る。


「……アリアさんが魔物に襲われて、大怪我をしてしまったのですよ」


 ユリアさんが困ったように自前のポニーテールをいじり、セレスタに目配せする。

 ユリアさんがそれ以上なにも言わないので、セレスタが喋らないといけない空気に。


「ほら、あれじゃ。きのう大きい魔物が出たって言ったじゃろ。ウチの前にひっどい死体があったんな? そ、その犯人に、アリアがやられちまったんじゃよ」


 セレスタがマリオンさんの尻を叩き、マリオンさんがびくっとする。


「じじじつはアタシたち、その魔物の討伐に駆り出されててね! アリアが襲われてるとこを見つけて、助けにきたんだよっ!」


 3人は私に気をつかっているのか、見え見えのウソでここであったことを隠している。

 なんか「ころす」とか言い残していったアリアのことだから、きっとみんなに迷惑をかけてしまったんだろう。


「……あの、セレスタ。アリアに何かされなかった? 攻撃とか」

「ぬはぁっ!」


 私がの質問が的確に隠し事に突き刺さり、セレスタさんが胸を打たれたような仕草をする。

 ユリアさんの耳元で「どうすんねん」と言って相談し始めるのが丸聞こえだ。


 アリアがセレスタさんを害しようと、やらかしてしまったのは確実だ。

 さっきのすごい音とアリアの叫び声は、アリアが暴走していたせいだったのだ。


 エルフであるセレスタさんは、きっとアリアの魔法を軽くいなして反撃をしたのだろう。

 足元の血痕は、多分その時にできたものだ。


 本当ならば、攻撃してきた人間なんて見捨てて当然だけど、アリアはまだ生きている。傷もない。

 セレスタさんは弱っていくアリアを治療してくれたのだろう。


 そんなセレスタさんには、謝らなければならない。


「…………セレスタさん、ごめんなさい。アリアがひどいことをしたのわかっています。だから私から、謝らせてください」

「え? え? え?」


 頭を地面につけて、心の底から謝罪する。

 こんなにもいい人たちに危害を加えてしまったことは、謝るだけでは済まされないことだ。

 それでも、いまの私は謝るしか能がない。


「ユリアさんも、マリオンさんも、すみません。せっかく一緒に来ていただいているのに、迷惑ばかり、おかけして」

「……リルフィさん、顔をあげてください。あなたは何も悪くない」


 ユリアさんもマリオンさんも、ひとが良すぎる。

 自分勝手なアリアを文句も言わずに仲間に入れてくれて、私はそんな優しさに甘えてしまっていた。

 こんなに手のかかる私たちは、とっくに見放されていてもおかしくないのだ。


「あ、あんなぁ? わっちらなんも思っとらんけん、むしろ楽しんでたかもしれんねんな……! リ、リルにはこっちが謝らんと!」

「リルフィ、アタシたちだってキミらが放っておけなくて、勝手に付いて来ただけなんだよ。今更イヤって言っても付きまとうからね」


 頭を下げたままの私に、3人が必死でフォローをしてくる。

 肩に手を当てられて、無理やり顔をあげさせられた。

 それでも私はおさまらない。


「アリアは私の問題に巻き込まれて冒険者になって、そしたら指名手配されて、人間不信になっているんだ。だから、これ以上メイワクをかけないためにも、すぐにエルフの里から出ていくし、マリオンさんたちとも、お別れ……うぉぉっ!?」


 マリオンさんにほっぺを掴まれる。

 口が3の形になって、喋れなくされた。


「付、き、ま、と、う、って言ったよね。アタシたちの趣味に文句を言うなら、怒っちゃうよ」


 私たちの旅を趣味と言われた。


「リルフィさんが私たちにできる恩返しは、アリアさんと一緒に、ちゃんと幸せになることなんですからね」


 ユリアさんが意味深にうふふと笑う。


「……あの、好きなだけウチにいてくれていいかんな? ニンゲンさんと一緒におって、悪いことなんぞありゃせんよ?」


 上目遣いのセレスタは、おねだりするような言い方。

 私がこうしてクヨクヨしていると、3人までかしこまってしまうようだ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、このままだとラチがあかない。


 明るく振る舞わなきゃダメだ。

 エルフや先輩冒険者の優しさをかみしめて、私はアリアを支えて立ち上がる。


「みんな……ありがとう……」


 ユリアさんとマリオンさんが大きく頷いて、一緒にアリアを支えてくれる。

 セレスタがにぱっと笑って手を叩くと、私たちの周りにいた他のエルフたちが、みんなこっちに集まってきた。


「まるぐおさまったんだっきゃ!」「よかよかんだらけえってぱーちーすんろー!」「にんげんさんとずっぱどくちゃべんべ!」「おめぇよってもふんねべよわっけーめらはんどんめぇだはんで!」『わっははははははは!』


 みんなすごいエルフ弁で会話をしていて、何を言っているのかわからないけど、なんか楽しそうで私も元気が出てきた。

 一気に賑やかになった一団は、まっすぐエルフの里へ帰っていく。

 私はアリアを背負って、歩き始めた冒険者たちについていった。




・・・・・・・・・・・




 夜。

 外でエルフたちが宴会を開いて賑やかにしている一方で。

 私はベッドの側に座り、アリアが目覚めるのを待っていた。

 倒れたばかりの時より血色がよくなっていて、体温も元に戻っているから、あとちょっとで起きるはずだ。


 アリアが起きた時に寂しい思いをさせないように、ずっと手を握って待っている。

 規則正しく動く胸。

 枕から溢れる長い髪。


 その長い睫毛が動くのを期待して、白磁のような肌を見つめる。

 まっすぐ綺麗な鼻筋の下に、ピンク色の唇が横たわっている。


 この時の私は、外の陽気な空気に酔わされてのかもしれない。

 昨日の夜と今日の朝。

 アリアが私にせまってきた時の感触を思い出す。

 この唇が、私と触れ合っていたのだ。


 それが今は、たまらなく愛おしく感じてしまう。


 あいた手でアリアの唇をなぞると、柔らかな弾力が返ってくる。

 これを舐めたらどうなるんだろう、咥えたらどんな感触がするんだろう、と、思ってはいけない好奇心が生まれる。


 思わず、周りを見渡して、誰かの存在を確認してしまった。

 当然、誰もいない。


 私を見ているものは誰もいない。

 アリアも寝たまま。


 その事実に、禁断の好奇心に歯止めがかからなくなってしまい。


「……ちょっと、だけ」


 ついに、アリアの唇に、自分の唇を重ねた。

 指で触れるよりも敏感に察知する柔らかさ、あたたかさ。


 舌でアリアのかたちを探ってゆく。


「ん……はぅ…………」


 閉じられた口を舌でこじ開けて、さらに奥深くの感触を求める。

 整然と生えそろった歯を、一つ一つ撫でて、もっともっと知りたい気持ちが増してくる。


「もうちょっと……だけだから……」


 アリアの意識がないのをいいことに、強引にアリアの口を舌で押し開けて、中へと入っていく。

 自分の唾液で、アリアを濡らしてしまうが、構わずアリアを感じることに神経を注いだ。


 アリアと私の舌が触れて、アタマが痺れてくる。

 私はもう夢中になって、アリアの中を調べ尽くしていった。


「ちゅ…………あむ…………」


 気づけば、私の手が、アリアにぎゅっと握り返されていて。

 アリアの舌が私の動きに合わせて反応していた。


「——っ!」


 アリアが目を覚ましたことを理解した途端、私は自分がしでかしていたことを自覚した。

 女の子同士なのに、なんでこんなことをしてしまったんだ。

 罪悪感に苛まれる。


 ぱっと顔を離すと、唾液が糸を引いてブランケットに染みができた。

 急いで自分の顔を拭って、意味のない証拠隠滅を図る。


「あ、アリア……おきた、の……?」

「…………えへへ」


 アリアは目を細く開けて、私の言葉に笑い返してくれた。


「えっと、あの、その、ハハハ……」


 私がやっちゃったことをごまかすうまい言葉が浮かんでこなくて、どうにか笑ってしのごうとする。

 寝ているところを無断で襲うなんて、とんでもないことだ。

 でも昨日だってアリアに無理矢理されたし、これでおあいこ……。

 心の中では言い訳をしている。


「リルフィさま、うれしい」


 消え入りそうな声で、そんなことを言ってくれて。

 恥ずかしさに叫びたくなった。


「…………あー、起きてくれて、よかったよ」

「うん」

「じゃ、じゃあ、私は外で食べてくるから、アリアも準備できたら来てね……!」

「だーめ」


 逃げようとしたが、アリアが手を離してくれなくって、どうにもならない。

 結局、落ち着かない胸の鼓動を抱えたまま、嬉しそうにするアリアの身支度を見ていることになった。

 会話がなく、でもぽかぽかとした雰囲気に、私は居づらさ感じてしまう。

 度々アリアがこちらに笑いかけてくるが、目を合わせることができなかった。


 ……しばらく、アリアと普通に会話するのはムリっぽいかなぁ。

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