決着

 冒険者を仕留めた次の日、リルフィさまがエルフの子供に盗まれた。

 エルフなんて、能天気で本当に使えない奴ら。

 わたしとリルフィさまを阻む障害は、もう殺すしかない。

 殺す。

 殺す。


 リルフィさまはエルフにそそのかされて、わたしの愛を理解できなくなった。

 リルフィさまにはあとでじっくりと、わたしがどれだけリルフィさまを愛しているか知ってもらう。冒険者とかエルフのことなんて、はやくはやくリルフィさまの記憶から消し去ってあげないといけない。

 リルフィさまはわたしのことだけ見ていればいい。

 これ以上エルフの姿を見せないよう、リルフィさまを風魔法の『拘束』で動けないようにした。エルフを殺したらこのまま襲っちゃおう。それがいい。


 エルフは間抜けな顔でわたしを見ている。

 その目をくり抜いて、何本針が刺せるか試してあげたい。

 そうだ。ひとつひとつ、体のパーツをとってやって、リルフィさまを汚した罪の重さを知ってもらおう。

 わたしはエルフに向かって土魔法『石弾』を飛ばす。


「死ね」

「うおっ!?」


 予備動作なしで飛ばした石弾は、エルフに向かってまっすぐ飛んで行ったが、避けられた。

 知性の無い蛮族は身体能力だけが取り柄。飛び道具は簡単に避けてしまう。

 魔法の選択をミスった。


「ちょっと待たんか!」


 発動から着弾までのタイムラグがない風魔法『加圧』ならば、避けることは叶わないだろう。

 そう思って魔法の準備に取り掛かると、エルフが飛び上がって木の上に逃げた。


「ここは里の近くけん、やりあうなら場所を変えんと!」


 エルフは木々を右へ左へ飛び移って、わたしの狙いを定められないように逃げていく。

 場所を変えてやりあうってことは、わたしに抵抗する気なのだ。

 リルフィさまに悪影響を与える生物なんて生きている価値がない。大人しく殺されるのが世の中の常識でしょ。


 向こうのご希望通り、わたしはチョコマカと視界の端で動くエルフを追って森の奥へ進んでやる。

 わたしが離れればリルフィさまの魔法はすぐに解けるから、安全なところで待っていてね。


「手が早いのう、アリアは」


 木々が生い茂る森を歩いていくと、少しひらけた場所に出る。

 そこにエルフは降り立ち、わたしを待っていた。


「わめかないで。はやく死んでくれない?」


 再び魔法『加圧』を発動して、エルフが潰れるさまを目に焼き付けようとする。

 しかし、いつまでたっても何も起こらない。


「ああ、ああ。ニンゲンさんの魔法なんぞ、わっちには効かんのよなぁ」

「……ちっ」


 このわたしを馬鹿にしたような顔をするエルフ。


「のう、アリアよ。ふふん。おヌシ、これが壊せるかの?」


 エルフが手をかざすと、わたしとエルフの間に魔力の壁が形成された気配。

 この蛮族、ふざけているの?

 石弾の魔法で作られた石に、さらに魔力を乗せて障壁に飛ばす。

 魔力障壁は属性を持たない純粋な魔力で壊すことができる。これは城にしかない魔導書に記載されていることだから、わたしだけが知っている知識。

 愚かなエルフは、わたしがそんなことも知らないと思って、遊んでいるのだろう。

 ほんとうに腹立たしい。

 石弾が魔法障壁に着弾すると、ガラスが割れたような音と共に霧散する。


「……壊れてしまったのう。やっちまったのう」


 なおも余裕そうにするエルフの顔が憎たらしくて、おぞましくて、こぶしに力が入る。

 直接殴ってやりたい。


「この結界はな、『幻想の結界』とおんなじ仕組みでできてるもんなんよ。それを壊したってことは、……そういうことなんよな」


 エルフがそう言うと。

 急に空気がざわつく。

 この開けた場所を取り囲むように、いくつもの気配が、現れる。

 よく見れば、わたしの周りにはたくさんのエルフ。


「……ワナ、か」


 目の前のエルフは、最初から仕組んでいたのだろう。

 この森を守る幻想の結界を破壊した罪を咎めるために。

 なぜ、わたしがやったと分かったのかのか。

 その答えは、すぐに明らかとなった。


「ユリアとマリオンがな、教えてくれたんよ」


 エルフが言うと、殺したはずの冒険者が広場におどり出る。

 汚い茶髪をなびかせてながら、二人はわたしと対峙する。


「ユリアとマリオンは結界を壊すほどの魔力は感じとれんかってん。あの時、先に起こして事情を話してもらったん。な? ユリア」

「私たちが起こされてから、まず、エルフ様からこの森の秘密を聞きました。この森はエルフ様が住まう森で、結界によって隠されていて、その事実を知る人間は王族だけだと……」

「そんなの聞かされたら、アタシたちの中じゃあ、犯人は一人しか思いつかないよね?」


 冒険者にはわたしのジャマをしないよう、しっかり教育したと思っていたけど、足りなかったらしい。

 エルフという後ろ盾を得た2匹の豚は、得意げにブヒブヒ鳴き喚き、わたしの耳を腐らせる。


「こうして喋ってくれた二人の身が危ないってことでな。うさぎに変化の魔法をかけて作った、特製の人形を代わりに差し向けたんじゃがのう」

「そっくりだったでしょう? 私たちの模倣体は。ま、『ほぇー』とか『はぇー』としか言えませんでしたけどね」

「でも、殺しちゃうなんてヒドいよ。仲間なのに」


 うるさい。


「アリアがすぐに人形を殺してくれたおかげでな、わっちらもアリアが危ないヤツじゃと、知ることができたんじゃな。うんうん。んで、お主がリルを好いておることも聞いておったんでな、今朝はおヌシをおびき寄せるために、リルをダシに使わせてもらったん。面白いくらいよう釣れたんねんなぁ」


 リルフィさまを、「使う」……???

 尊いリルフィさまをモノみたいに言ったエルフへの殺意が、溜まり続けていく。

 その首を飛ばしたい。もう声も聞きたくないから、一瞬で潰したい。


 でも、エルフに魔法は通用しないのは、さっきの攻撃で分かってしまった。四方八方をエルフに塞がれ、手も足も出ない状況。

 自分の唇を噛みちぎり、血が滴り落ちてくる。


「……のう、アリア。わっちらエルフは、文化を与えてくれたニンゲンさんを、たとえ条約があったとしても、殺したくないんじゃ」


 わたしはエルフを殺したい。殺したくてしょうがない。


「今ここでアリアが謝ってくれれば、里のみんなも納得する。はれて無罪放免じゃ。だからアリア、ここはひとつ、けじめをつけるってことで、どうかのう……?」


 意味がわからない。

 思い通りにならない。

 冒険者は殺せないし、エルフも殺せない。

 リルフィさまは横取りされ、どんなに頑張っても取り返せない。


 もう嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 どうしてリルフィさまとわたしの道を邪魔するの。

 どうしてこの愛を理解してくれないの。

 もう嫌だ。


 壊れてしまえ。

 こんな世界、壊してしまえ。


「あ、あ、ああ、ああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛——!!!!」

「……哀しいのう」


 魔法が通じないなんて、知らない。

 考えたくない。


 ありったけの魔力を込めて、炎を具現化させる。

 森を焼き尽くして、エルフも、わたしも、リルフィさまも、みんなみんな、灰にシテヤル。


 もういいよ。

 リルフィさまと一緒なら、死んだって幸せなんだ。

 死ねばもう、誰も邪魔するものはいない。


 邪魔するもの殺すんじゃなくて、最初からこうすればよかったんだ。

 これからリルフィさまと何して遊ぼうかな。リルフィさまと過ごす死後のセカイが楽しみだよ!


「あははははははははははははははははははははははははあああああああああああああ!!!!」

「魔法は、無駄じゃって……」


 炎を木に放って、燃やす。

 草に放って、燃やす。

 周りのエルフの水魔法に全て消される。

 気にせず燃やす。

 消される。

 エルフに放つ。

 消される。

 燃やして消されて燃やして消されて燃やして消されて——ッ!


「燃えて! 燃えてよ! 燃えてって言ってるでしょぉぉおぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」


 早く!

 森を燃やさないと!

 わたしの魔力がなくなっちゃう!


「ちぃと、落ち着いてもらうんな」


 エルフの子供がわたしに石弾の魔法を飛ばす。

 わたしの作るよりもずっと大きく鋭く、速いそれは、わたしの肩を貫通した。


「あぐぅっ……! うぅぅ、なんでどうしていうとおりにならないのぉ……!」


 痛い。

 見れば左肩は大きくえぐれていて、血がどくどくと出てくる。

 さっきまであんなに自由に動かせた腕は言うことを聞かず、だらりと飾りみたいに垂れ下がっている。


 痛みに集中が乱れて、魔法が打てなくなってしまった。

 血と共に、体から熱が奪われていく感覚に、怒りが不安に書き換えられる。

 力が抜けて座り込み、流れる血をただただ、見る。


「とまってよいたいよやだよ……リルフィさまぁ…………ひぐっ……!」


 このままだとわたし、死んじゃう。

 望んだものを何一つ手に入れられないまま、ひとりぼっちで逝ってしまう。


 リルフィさま。

 初めて出会った時みたいに、わたしを助けてよ。

 あの凛とした姿をもう一度、わたしに見せて。


 もうなにもできなくなってしまったわたしのもとに、冒険者の二人が近づいてくる。

 わたしが二人を殺そうとしていたから、復讐しにきたんだ。

 体が震えて、太ももにじわじわと暖かい液体が流れる感触。


 冒険者は、愉しそうに、わたしを見下す。

 片方の冒険者がかがんで、両手をゆっくり、わたしの目の前に差し出してきた。


 首、しめられちゃうのかな。

 首をしめられたら息ができない。息ができないから、今のうちにしておこうと、無意識に呼吸が早くなっていく。


「大丈夫ですよ。落ち着いて」


 冒険者の手は、首には行かず。

 わたしの頰を暖かく包み込んだ。


「ちょっと昔話をしましょう——」


 冒険者が止血の魔法の詠唱を始めて、わたしの肩の傷を癒す。

 血は止まったが、まだ傷が塞がっていないので、動けば再出血するだろう。


「——マリオンも昔、アリアさんみたいに、周りが見えなくなっちゃった時期があったんです」

「ちょ、エルフ様がいっぱいいるのに、ここでその話するの!?」


 冒険者の温もりが、わたしの心臓をなだめるように広がっていく。

 冒険者はわたしに手を当てたまま、話を続けた。


「すごいんですよマリオンったら。今と違って暗くて挙動不審で、私がちょっとでも側から離れると、見放されたって言って自分を傷つけ始めるんです。だから目が離せなくって」

「いやぁ、あの頃は若かったんだなぁ……」

「そんな日が毎日続いて、さすがに私も疲れてきちゃいまして、自暴自棄になってしまったんですよ。危険もかえりみずダンジョンに潜って、自分の実力にそぐわない魔物と戦ったりして」


 体に力が入らず、もうどうでもよくなって、冒険者の話に耳を傾けていた。


「一人で突っ走ってしまったのも、マリオンに心配して欲しかったんでしょうね。いつも私に迷惑をかけられていましたから」

「ごめんってば」

「ふふ。そんなことをしていたので、当然私は大怪我を負って、死にかけたんですよね」

「それでね、目を覚まさないユリアを見て、やっと気づいたんだよね。アタシがやってきたことは、ユリアの負担にしかなっていないって。それからは、強くなってアタシがユリアを支えるって決めたんだ」


 わたしはリルフィさまの負担になっていると言いたいだろうか。

 リルフィさまの輝きを、わたしが存在が曇らせてしまっている、と。


 わたしはリルフィさまを愛している。

 わたしはリルフィさまに愛されたい。


 愛されるためにやってきた今までの行いは、逆効果だったのか。


「……アリアさん。こうやってね、周りが見えなくなっちゃう時は、どこかで気づくきっかけが必要だと思うんです」

「アリアとリルフィに出会った時から、キミたちは昔のアタシたちそっくりだと思ってたんだ。他人事のように思えなくってね。どうにかしなきゃ、ってなって、こうなった」

「手荒な真似をしてすみませんが、こうしてエルフさまにご協力いただき、アリアさんにお話を聞いてもらえるようにしたのです」


 遠巻きに見ていた白いエルフの子供が歩み寄り、治癒の魔法をわたしにかける。

 止血だけされていた傷口はみるみるふさがって、元から何もなかったかのように肩が治る。


「ニンゲンさんに頼まれて、わっちらノリノリでやってたんじゃ。すまんのぅ。あ、さっきおヌシに謝れって言ったんけど、結界を壊したんなんて気にせんでなぁ。また張り直せばいいんのんねん」

「……と、エルフ様は、この森の結界を破ったことをお許しくださるそうです。アリアさんが私とマリオンにしたことも、もうこの際許しましょう」

「だからね、アリア。取り返しがつかなくなる前に、リルフィとしっかり向き合うようにしよう?」


 わたしらしくもなく。

 冒険者の言葉を聞いていて、取り返しがつかなくなった時の想像をしてしまう。

 あたまの中でぐるぐると、リルフィさまがわたしを見放してどこかに行く映像が流される。

 わたしがやったことを全部知ったリルフィさまが、「アリアって、そういう子だったんだ」と言い捨てて、わたしを置いてけぼりにして、他の人間と楽しそうに喋るのだ。

 わたしがどんなに話しかけても、リルフィさまは無視をして、どんどん遠くに行ってしまう。

 残されたわたしは、暗い部屋でひとり、一方的な愛を抱え込む。


「…………そんなの、いやだよぅ…………うぅ」


 想像した未来は、悲しくて寂しくて。

 そんな妄想に、涙がとめどなく溢れ出ていく。


「いやだ…………ひっく…………リルフィさま………………いかないでよぉ…………」


 リルフィさまがどこかにいく。それを見ているわたしは、泣いている。

 今この場にいるわたしも泣いていて、現実と想像がごちゃ混ぜになって、もうどうしていいかわからなくなってくる。


「やだ、やだやだやだやだ、うう、いやだいやだ……!」


 いつのまにか冒険者の手は、わたしから離れていて。

 現実のわたしは風の冷たさに縮こまって、ひたすらに誰かの温もりを願う。

 そんなわたしを、後ろから抱きかかえてくれる人がいた。


「アリア、私はどこにも行かないよ」


 いちばん聞きたかった声。

 いちばん欲しかった温もり。

 闇に閉ざされてしまった心が、陽の光を浴びて溶け出てゆく。


「あ、ああ……リルフィさまぁ………………!」

「ほら、泣かないの」


 それでもまだ涙は止まらなくて、熱を持った雫が、頰を伝って落ちていく。

 リルフィさまはこんなぐちゃぐちゃなわたしを抱え込んで、静かに見守ってくれている。


 わたしはそんなリルフィさまに甘えて、長い時間リルフィさまの胸を借りて泣いた。

 疲れ果てて眠るまでずっと、リルフィさまの胸の中で温もりを感じていた。


 そして、この光を失わないよう、わたしはリルフィさまと共に歩むことを心に誓った。

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