ニンゲンとエルフ
エルフたちの宴会は三日三晩続き、私とアリアは問題を起こしたことを忘れさせられるくらい、各所に引っ張りだこになっていた。
エルフが人間に向けている好奇心はすごいもので、王都での生活様式を根掘り葉掘り聞かれた。
もちろん、エルフ弁はわからないので、常にセレスタの翻訳付きだ。
初代国王がこの森に迷い込むまで、エルフの生活はまるで修行僧のような生活だったらしい。
この宴会自体も、元は初代国王がやろうと言ってから始まったもので、エルフは人間の話を聞いて、様々な文化を取り入れようとしている。
その勢いは、幻想の森を出てはいけないという決まりがなければ、今にも飛び出して行ってしまいそうなほど。
疑うことの知らないエルフは、王都に行ったら絶対に犯罪に巻き込まれる。
高いツボとか平気で買わされてそうな純真さだ。
初代国王がエルフの存在を隠そうとした気持ちが理解できた。
親切なエルフに囲まれて過ごす中で、もうこのままここに住んでしまえばいいんじゃないかと、甘い誘惑に駆られたが、やっぱりアリアには人間的な幸せを掴んで欲しかった。
朝起きて、働いて、好きなものを食べて、遊んで。
そんな生活は、ここではできないだろう。
だから私たちは、エルフの宴会が終わってすぐに、ここを発つことに決めた。
エルフに着替えや保存食をもらって、旅の準備は万端だ。
「リルたち、もう行っちまうんか……? ずっとウチにいていいんよ……?」
エルフと一緒に作ったハシゴで、長老の家から地面にくだる。
木の上からエルフたちがお見送りしていて、セレスタは地上まで付いて来てくれた。
「今までありがとう。本当に助かったよ。でもね、私たちは人間だから、人間の街で暮らすべきなんだ。だからセレスタ、私たちは自分の住むところを、探すことにするよ」
頭一つ小さな年上さんのアタマをポンポンと撫でて、泣きそうなセレスタをあやす。
セレスタはエルフの中でも一番、外の生活に憧れを抱いていて、この三日間ずっとくっついていた。
はじめは私たちと一緒に旅がしたいと言っていたが、長老に許可がもらえずにここに残ることとなったのだ。
私たちがエルフの里に入ってしまったのは不慮の事故として許されたが、自ら進んで決まりを破ることはできない。
エルフが里の外に出ることは絶対に許されないのだ。
長老の意思は固そうであった。
あの温厚そうなおじいさんが、セレスタに怒鳴っていたくらいだし。
「うぅ……わっち、リルのこともっとよく知りたいん……! 何十年もここに閉じこもってたわっちに、リルは夢を見せてくれたんじゃ……!」
セレスタの瞳が潤んで、みるみる涙が溜まっていく。
隣で静かに付き添っているアリアが、手を握ってきた。
それを見たセレスタは、涙を飛ばして顔を歪ませた。
「あ、アリアにリルを、独り占めされるなんぞ、ゆ、ゆるさんよ……! わっちも……わっちだって、リルと手を繋ぎたいんじゃ……!」
あれ?
なんか方向性が変わってる?
「セレスタさん、ごめんなさい」
問題を起こしたアリアには、みんなに謝るように言ってある。
そしたらアリアは、他人に対したときにずっとごめんなさいをするようになったのだが。
なんか思っていたのと違う。
一方、謝られたセレスタは、アリアの声が聞こえていないかのように、私とアリアの繋がれた手を凝視していた。
「り、リル、わっちの手をとって、連れ出してくれんか……! でないと、わっち、どうにか、なっちまいそうじゃ……! アリア、アリア、その手を、離して、わっちがリルと……!」
「セレスタさん、ごめんなさい」
アリアに手を握られてから、急に取り乱し始めたセレスタの目から、涙と光が消えていく。
なんかこれ、どっかで見たことあるような。
具体的に言うと、隣の人がよくやっているような。
「セレスタ、落ち着いて! 住むとこ決まったら、また遊びにくるから!」
「……そ、そんなこと言って、リルは幻想の結界を、乗り越えられんのじゃ……! ウソじゃ、リルはわっちにウソついてるん、じゃな……! もう会いたくないって、言ってるんじゃな……!」
「いやいやいやいや、そんなこと言ってないって。そうだ、私が次に来た時、セレスタがわかるように、何か決めよ?」
「セレスタさん、ごめんなさい」
セレスタがだんだんヒートアップしていく。
白いおさげを左右に揺らして、私の言葉を否定する。
「だ、ためじゃ……リルがいない、退屈な生活なんて……も、もう、イヤじゃ……! 連れてってくれんのなら……、リルだけでも、ここに……!」
「エルフは長生きだから、セレスタからしてみれば、きっと待ってる時間なんて一瞬じゃないかな」
「セレスタさん、ごめんなさい」
セレスタが私に触れようとして、しかし震えながらおしとどまる。
左の手に痛みを感じて、アリアが私をつかむ力が徐々に強くなっていることに気づく。
「そ、そうじゃ、リルは、ニンゲン……、わっちより、先に、逝ってしまう……! そんなん、ダメじゃ……!」
当初の悲しみはすっかり消え失せて、その表情は恐怖の顔に書き換わっていた。
セレスタがのっそりと近づいてきて、私と密着する。
「あ、ああ、わかった、わかったぞ……先祖メトリィ、そういうことなのじゃな……わっちも、そうするしか……」
会話を放棄したセレスタは、私のお腹に顔をつけてブツブツと独り言を始めて。
もう一度私に見せた表情は、狂気に染まっていた。
「リル! こ、子を成すぞ! わっちとリルで、子をつくって、わっちはリルと永遠に……生きるのじゃあ!」
「……へ?」
想像もし得ない言葉がセレスタから放たれ、思わず生返事が出てしまった。
女の子から言われる言葉としては、一生かけられることのない類のものだ。
「ふ、ふふふふふ、そ、そうと決まれば、り、リル、ウチに、も、戻るぞ……! ウチで、ひたすら、きも——痛っ!」
セレスタのあやしい言葉が途中で途切れ、正面を見上げると、エルフの長老が握りこぶしを作っていた。
「馬鹿なことを言ってないで、ニンゲン様たちをしっかりお見送りせんか!」
「じ、じぃ……や、やめろ!」
セレスタを私からはがして、横抱えにする長老。
その目で、今のうちに早く出発しろ、と言っていた。
「ではな、ニンゲン様たち。里に再び新しい文化を持ち込んでくれたことで、ワシも久しぶりに地上に降りられたわい。感謝しておるぞ」
「じぃ! 離せ! わっちはリルと…………、——」
私がエルフとハシゴを作ったおかげで、長老がここに来れたのだ。
ということは、作ってなかったら今頃どうなっていたか……!
暴れるセレスタを無詠唱の魔法で鎮めて、さっさとハシゴを登って帰る長老。
木の上から、他のエルフたちの見送る声が聞こえる。
握られすぎて感覚がなくなってきた手を離してもらうようにアリアを見れば、ニッコリと笑い返される。手は離してくれなかった。
ユリアさんとマリオンさんは、宴会で仲良くなったエルフに手を振って、私たちを見て頷く。
今度こそ、出発だ。
旅に出て、最初に遭遇した不思議な経験。
人々から忘れ去られた森に住むのは、伝説に語り継がれるエルフである。
彼らは陽気で、好奇心旺盛で、人間と同じように泣いたり笑ったりする。
ここで得た思い出は、大事に心にしまって、一生忘れないようにしよう。
私たちの旅は、まだまだこれからだ——!
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