一途な想い

 セレスタと一緒に狩りに出た私は、エルフの魔法の強さに圧倒されていた。

 ちょっと歩いてから二人とも手ぶらだったことに気づいた時は、どうなることかと思ったが。


 私が獲物も見つけられていないうちに、セレスタは地面の振動で獲物を察知し、無詠唱の魔法で魔物の首をきってしまうのだ。

 地面の振動を聞けるのは、セレスタがあたり一帯に魔力が張り巡らしているからだと説明されたが、そんなの学校では聞いたこともない魔法だ。無詠唱による魔法の使用も常識では考えられない。

 どういう仕組みでそんな魔法が使えるのかと聞いても、「感覚で使ってるけん、わからんなぁ」と言われる。

 エルフにとって魔法とは、息をするのと同じことなのだろう。

 そんなわけで、私は手持ち無沙汰になってしまい、セレスタさんと楽しくおしゃべりしながらお散歩をしているだけだった。


「そういえば、エルフって肉が食べらないとか、人の手が加わったものを嫌がるって、学校で習ったんだけど。普通に食べてるよね?」

「ほぁあ? うまいもんはうまいし、便利なもんは使うに決まっておろう。リルの態度見てんと、ニンゲンさんてわっちらのことに夢見過ぎなん? うんこだってすんよ?」

「う、うんこ……」


 しちゃうんだ!

 メトリィ教の聖書に書いてあったエルフ像が、音を立てて崩れていく。

 他にもエルフはお風呂に入らなくても汚れないとか、恋愛禁止だとか、色々書かれていたけど、全部ウソ……?

 どうしよう、他人に言えないヒミツがどんどん増えていく。


「お、エモノ」


 そうしている間にもセレスタは魔物を狩っていく。

 私は荷物持ち。

 マッチョうさぎやクチバシドリといった魔物を、セレスタさんが用意した皮袋に入れて、担いでいる。

 一家族なら一日分、余裕でまかなえる量だけど、まだやめないのだろうか。

 重くなってきたよ。


「ヒマなジジィどもがなぁ、ウチが広いからって集まってくるんよ。食って騒いで、いくら肉があってもたりん」

「ああ……そう言えば、うちの実家もそうだったなぁ」


 私の実家のノーザンスティックス領。国のずっと端っこにあって、びっくりするほどド田舎の村なのだ。

 田んぼや畑でいっぱいで、領民は他の街に届ける野菜を生産して生計を立てる。

 小さい頃、王都に住む前の記憶が思い返される。

 農業を後継に託して引退した老人が、無断で私の屋敷に入り浸って父親と真っ昼間から飲んだり食ったりしている光景が、毎日毎日……。


「勝手にうちのもの、とっていくんだよねぇ……」

「お? リルのとこもおんなじなんか!?」

「外でたら会うひとみんなに挨拶されるし」

「わっちも! わっちも!」

「親に怒られたりすると、次の日には村中にそのことが広まってるし。なんかニヤニヤされるのね」

「恥ずかしいんよなぁ!」


 エルフの社会でも、こういうことは変わらないらしい。意外な共通点を発見。

 私の辛い過去を分かち合えるひとと出会えるなんて。

 やっぱり、人間とエルフって似た者同士なんだ。


「リルにはやたら話しかけやすい感じがしたんねん。こういうことだったんじゃな!?」

「うんうん。私は途中から王都に引っ越して、田舎とはオサラバしたけどね」

「ふぁー! いいなぁ!」


 学校を卒業したら帰る気満々だったから、なんだかんだ故郷は憎めない場所だったのだろう。


「んなら、わっちの気持ち、リルにはわかるんね!?」

「まあね」


 田舎に引きこもった若者が思うことなんて、ただ一つ。


『都会に出たい!』


 私とセレスタの声がかぶる。

 セレスタが興味津々に人間の文化を聞こうとしてくるのは、都会に憧れを持っている若者と一緒の気持ちなのだ。

 年寄りばかりに囲まれて、時代から取り残されていくような環境に嫌気がさして、新しいものを求める気持ちはよぉ〜くわかる。

 私は早いうちに魔法学校へ入学できてラッキーだったのだ。


「なあリル! わっちをこの里から連れ出してくれんか!? 外の世界が見てみたいんじゃ!」

「うーん。私たちはワケあって、都会には行かないんだけど」

「それでもいい! きっかけが欲しいんじゃ!」


 外に出たいという夢は叶えてあげたい。

 しかし、私たちは追われる身であり、人目を避けて隣国に向かう旅の最中なのだ。


「セレスタに迷惑をかけちゃうから……」

「構わん!」

「辛い旅路だよ?」

「リルよりは動ける!」

「長い時間がかかるかもしれないよ?」

「わっちはエルフじゃ!」


 セレスタの自信満々な回答が、私の心に刺さってくる。

 こんな小さな子よりも、私の方が断然役立たずだという事実。

 セレスタ様についてきていただければ、私たちの旅はたいそうラクになることだろう。

 体力あるし、魔法だって使えるし、森の暮らしで培ってきた生活能力もあるし。


「……ユリアさんと、アリアに聞いてみるね。セレスタも長老さんと相談しなよ?」

「お願いじゃあ! じぃは力づくで頷かせてやん! 絶対に外出るぞ!」


 ものすごい嬉しそう。

 セレスタはスキップしながらさっさと獲物を狩って、荷物袋に入れていく。

 おしゃべりに夢中になって本来の目的を忘れてた。


「こうしちゃおれん! すぐ帰るんやよ!」

「あ、待って!」


 セレスタはぴょんぴょん飛び跳ねて、元来た道を戻っていく。

 木から木へと飛び渡って、自由自在に森を駆けるセレスタ。エルフが本気を出して移動したらこうなるのだ。

 人間の私はその影を見失わないよう、頑張って地を走って追いかける。

 のんびり歩いて回った距離は、一分もしないうちに里までたどり着く距離であった。

 何分も走っていたら、絶対にセレスタを見失っていただろう。


「——リル、あれ」


 グロテスクな血だまりが見える場所、長老の家がある木の下で、セレスタは立ち止まる。

 指さされた方向を見てみると、見知った顔。


「あ、アリアだ」


 アリアが寝ている時に外出してしまったから、寂しい思いをさせてしまっただろうか。

 見知らぬ土地で急に一人にされたら、不安になってしまう。悪いことをした。


「アリア、勝手に出てごめんねぇ」

「…………」


 無表情でたたずむアリアに謝ってみるが、微動だにしない。

 目線は私ではなく、ずっとセレスタに向けられていた。


「……アリア、って言ったん? わっち、リルと一緒に旅がしたいん!」

「…………」


 セレスタの無垢な呼びかけに、アリアは無言を貫いている。


「アリア? もしもーし」


 あまりにも動かないから、アリアの目の前で手を振り、意識があるかどうか確認する。

 その瞬間。

 アリアの腕が私の腰に回って来て、力強くアリアの体へと引き寄せられる。

 そしていきなり、私の口の中に舌を入れてきた。


「んう!!?」

「お、おおぅ……ニンゲンさん、さかんやんなぁ……」


 柔らかいアリアの感触に、昨日の夜の記憶がよみがえってきた。

 昨晩も、私はアリアに馬乗りにされて、こうして唇を奪われた……!

 アリアの舌から逃れるために、私は首をひねって唇を離す。


「あ、アリア、こんなことしちゃ、ダメだよ……」


 私の言葉に対して、アリアは無表情のまま口を開く。


「どうして嫌がるの? 昨日のリルちゃんはわたしを受け入れてくれたのに。今日のリルちゃんは変だよ。ううん、変なのはずっと前からだよね。最近のリルちゃんはわたしのことを見てくれないよ。リルちゃんったらわたし以外の生き物の相手をずっとしているんだもん。わたしはさびしくてさびしくて、ずっとガマンしてたのに気づいてくれなくって、もう耐えられないの。なんで? ねえなんで? リルフィさまは今までずっとわたしにやさしくしてくれたのに、どうして今はやさしくしてくれないの? わたしが王族だから? ハンザイシャだから。ううん、わかってる。やさしいリルフィさまのことなら、わたしはなんでもわかるよ。ねえ、アレのせいなんでしょ? リルフィさまがわたしを見てくれないのは、リルフィさまにたかる虫が気になっちゃうからなんでしょ? わたしもうるさくてうるさくて、どうやったら潰せるかいっぱい考えたんだよ。でもね、わたしがカラッポなあたまを回して考えてるとね、リルフィさまの周りの虫がどんどん増えていくんだ。いまはまだ、わたしがなんとかできる数だけど、これから旅を進めた時のことを考えると、とっても不安になっちゃったの。だからね、決めたんだ。リルフィさまが、他の生き物に取られる前に、わたしが全て奪っちゃえばいいって。リルフィさま、リルフィさま。まずはリルフィさまが気になってる、うるさいハエを叩きおとさなきゃね。待っててねリルフィさま、すぐ終わるからね、そこで動かないでね、絶対だよ。動いたらわたし、悲しくなっちゃうからね」


 アリアの瞳は、昨日と同じように、私を見ていない。

 ゆっくりとした動作で、アリアは私から手を離す。

 そして、セレスタがやったみたいに、アリアが手を振りかざすと、私の体が金縛りにあった。

 これは、アリアの魔法なのだろうか。

 アリアは無詠唱で魔法を使うことができたのだろうか。

 金縛りの魔法は学校で習わないのに、どうして使えるのか。

 疑問がさらなる疑問を呼び、混乱した私は金縛りの魔法がなくたって動けなくなっただろう。

 動けない私の後ろで、アリアとセレスタが向かい合う気配。


「リルフィさまに取り付いた寄生虫は、すぐにころしてあげるから——」


 どうしてこうなってしまったのだろう。

 私がどこかで、選択を誤ってしまったのだろうか。

 アリアがこんなになってしまうまで、なぜ気づけなかったのだろう。

 金縛りで背後の様子を伺うことのできない私は、自問自答を繰り返す他なかった。

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