自然を生きるエルフさん

「んなぁー! 朝じゃよぉぉーー! あさあさあさ! あーそーぼー!」


 眠っていた私はセレスタの元気な声に起こされた。

 昨日アリアになんかされた気がするけど、セレスタがベッドの上で飛び跳ねまくっているのでそれどころじゃない。

 ハイテンションで私の上に馬乗りになって、顔をペタペタとさわられる。

 わかった、わかったから。


「ふわぁ……おはよう……」

「おはよーさん!」


 挨拶をしようとして、大きなあくびが勝手にでた。

 アタマに新鮮な空気が送られて、なんとか動けるほどに覚醒する。

 最近の私、寝すぎじゃない?

 旅に出てからの時間で、意識があった時間の方が短い気さえする。

 慣れない寝床にいたせいもあって、肩がこって頭痛がする。

 セレスタと遊んだら体をほぐせるかなぁ。


「えへへ。リル、わっちにニンゲンの里のこといっぱい教えてほしいんやよ!」

「はーい……」

「んじゃ、ついてきい!」


 セレスタはトテトテと部屋の外へ駆けていき、目をキラキラさせて手招きをしている。

 寝起きの私はセレスタの勢いについていけない。

 ゆっくりとした動作で体を起こしたところで、隣でアリアが寝ていることに気付く。

 アリアは私の腕を抱くようにして、まだぐっすり寝ている。

 ここは安全なエルフの里だから、思う存分寝かせてあげよう。

 そっと腕を引き抜いて、アリアを撫でる。


「……うふ、ふ、リルフィ、さま……」


 だらしない笑みを浮かべて気持ち良さそうに眠るアリア。

 この子の中で私の立ち位置はどうなっているんだ。

 起きたら是非、夢の内容を聞いてみたい。


 自分のベッドから立ち上がり、隣のベッドを見ると、ユリアさんとマリオンさんがいない。

 あんなに呆けていたのだが、もう治ってどこかに行ってしまったのだろうか。

 きっと私を置いて美味しいものを食べているに違いない。


 待ちきれなさげにそわそわするセレスタに合流して、外へ。

 朝ごはんが欲しかったが、これから狩りにでも行って材料を準備するのだろう。

 木の周りを囲むように作られた足場に立って、深呼吸をする。

 葉っぱの間から漏れこむ日差しを受けて、寝起きのどんよりした気分が晴れていく。


「あんなぁ、わっちら悩みがあるんよ」

「ん? どうしたの?」

「魔物から隠れるに木の上に家を作ってるんじゃがな? あんまりにも高いとこにあるもんじゃから、じじいどもが下に降りられんのよ。これエルフの三百年の悩み」


 エルフの生活様式は、自然との調和だそうだ。

 自分で何かを発明して生活を豊かにする考えは持たず、自然に身を任せて生きる。

 木の上に立っている家や木と木をつなぐ橋は、もともと初代国王が持ち込んだ技術でできているのだ。

 エルフは自ら技術を生み出すことはしないが、教えてもらった技術は最大限に利用するのである。


「ハシゴとか階段とか、つくらないの?」

「なんじゃそれ」


 ……こんな風に、人間の街になら当たり前のようにあるものでも、エルフにとっては考えにも及ばない発明品なのだ。初代国王様、家の作り方を教えるなら、ついでにハシゴや階段の作り方も教えてあげてよ。


 足場のふちから下をみて見ると、地上に降りるためのものはヒモ一本見当たらず、よく踏まれた跡がある枝がところどころに。

 もしかして、あれに沿って降りなければならないのだろうか。


 そりゃあ、年寄りはもちろんのこと、私だって降りられる自信がない。

 こんなのを平然と降りようとする人間は、バカか歴戦の勇者だ。

 せめてロープでもぶら下げようよ。


「ニンゲンさんは、飛び降りんですむ方法を知っとるんか!?」

「……うん、まあ」

「すんげぇなぁ! わっちらは鳥に引っ張ってもらうとか、風の魔法しか思いつかなんだ!」

「下に降りて、ハシゴの材料でもとってこようか」

「ふぁー!」

「ロープはある?」

「ふぁー! まったく言ってることわからん!」


 ……こんな調子だから、今まで神と崇めていたエルフさまに親近感が湧いてきて、敬うのも変じゃないかと思っちゃったのだ。

 エルフの方も私がかしこまっていると嫌な顔をするから、思い切って普通の態度で接するようになった。

 もちろん、街でもこんな態度をとっていたら、異端審問にかけられてエルフの宗教・メトリィ教に出家することになる。


「やっぱウワサに聞いた通り、ニンゲンさんはなんでも知っとる! リル、わっちにもっと色々教えてくれんか!?」

「……うん」


 ハシゴなんて自分で発明したものでもないから、こうも褒められると申し訳ない気持ちになってくる。

 だけど、セレスタのはしゃぎようを見ていて、わかったことがあった。

 人間は魔法がヘタだけど、新しいものを生み出す能力はエルフより優れているんだ。


「ああぁ!」

「ど、どうしたの?」

「ハラへった! リル、狩りに行こうかのう!」

「そ、そうだね!」


 いきなり叫び出すから何事かと思った。

 朝ごはんのこと、思い出してくれてよかった。

 旅を始めてからはお腹が空きやすくなっていたので、一食抜くだけでも結構ツラいのだ。


 セレスタが急に目の前から消える。

 足場の下を覗くと、エルフちゃんが器用に木々を飛び移っていて、あっという間に地上に降り立ってしまっていた。

 こちらに手を振って、降りるように促してくる。

 いや、ロープくださいって。


「はやくぅー!」

「これ、落ちたら死ぬでしょ!」

「落ちんからだいじょーぶじゃー!」


 生唾を飲み込む。

 けっこう背の高い木に作られた家は、二階建ての家よりも高い位置にあり、王都の外壁くらいの高さになる。


「まだかのー!?」


 ええい! これも修行の一環だ! 降りてやるさ!

 セレスタの催促に耐えきれなくなり、私は足場から一番近い出っ張りへ足を持っていく。

 エルフの人々が通ったであろう箇所は、木の皮がハゲている。その通りに進めばいいのだ。


 ……と思ったけど、実際にやってみるとわかる。

 どう考えても足を伸ばしただけじゃ届かない所に、次の出っ張りがある。ジャンプすれば行けるだろう。


 他にいい場所がないか辺りを見渡す。

 ……だめだ、何にもない。一番近くにある木が、飛んで届くやつ。

 よくこんな場所に家を作ったものだ。降りられなくなって当然である。

 怖いけど、向こうの出っ張りに飛び移るしかない。


 3、2、1で飛ぶぞ。

 3。

 2。

 1——。


「とうっ!!」


 リキみすぎず、弱すぎず。

 向こうまでの距離を見計らって、ちょうどいい力で踏み出して飛ぶ。

 狙いどおり、出っ張りに足をつくことができた。


「なぬぅ!?」


 と思ったら、他のエルフたちが踏んできてスベスベになった出っ張りは、私の靴を滑らせた。

 バランスを崩して、私は地上へ真っ逆さまに。


「おお? ほんとーに落ちたんか!?」


 セレスタののんきな声を背に受けながら、どこかに別の足場がないか探す。

 周りの景色がめまぐるしく変わる中、勢いを殺せるものがないかとっさに判断する。

 一瞬でも何かに掴まれれば、落ちても捻挫くらいで済むかもしれない。

 そう思って周りを精一杯見渡すも、私の体は地面に吸い寄せられるまま。


 もうだめだ、と思って衝撃に身構えたところで、風向きが変わったことに気づいた。


 落ちているのに風向きが変わるとはどういうことか。

 私をすくい上げるように横向きの風が吹いてきて、落下速度を緩和させていく。

 そしてふわりと、私のお尻が地面についた。

 ……セレスタさんの魔法で助けてもらったんだ。


「ニンゲンさんって色々知ってるようで、よわよわなんやなぁ。あれ? 泣いとるん?」

「な、泣いてないっ!」


 風で目が乾いたせいで涙が出てるだけだからね。

 落っこちて怖かったからじゃないからね!


「あーハナミズまで出して。木から降りるくらいで、だらしないのう」

「ちがうもん……」


 勝手に出てきた鼻水を、一生懸命すすって隠す。

 セレスタが手をかざすと、空中に水の玉が生成される。顔を洗え、ということらしい。

 私はそこに頭を突っ込んで、無様な顔を見えないように覆う。

 宙に浮いた水の中。

 無音の世界で、私の心音がすごい勢いで拍動しているのが聞こえる。

 これは息苦しいからであって、別に落っこちたのが怖かったからじゃない。

 冒険者はこんなことじゃビビらないんだからね!


 息が続かなくなってきたので、顔を出して犬みたいに首を振り回す。

 拭くものがないから水を飛ばすしかない。


「あの背の高い二人は、普通に降りられそうなんなー」


 背の高いって、ユリアさんとマリオンさんのことだろうか。

 二人なら絶対に大丈夫だろう。ベテラン冒険者だから。


「さ、こんなとこで止まってたら日が暮れるん。わっちは早く朝めし食って、リルと遊びたいんやよ! ほれ立って!」

「そ、そうだね」


 頑張って平然を装い、立ち上がろうとするが、できなかった。

 腰が抜けてしまって力が入らない。


 セレスタに鼻で笑われつつも手を貸してもらい、なんとか立ち上がる。

 恥ずかしくって顔が向けられなくて、先に歩き出してみる。

 近くの茂みに、何か緑色以外の物体が見えたような気がして見にいく。


「…………なにコレ」


 地面が赤く、染まっている。

 ところどころにピンクの塊が散らばっていて、虫がたかっている。


 これは、死体だ。

 原型を留めていなくてどんな生物だったのかはわからないが、鼻につく生臭さとこの嫌悪感で、これが死体であることを自覚させる。


「うっわー。こりゃひんどい。きっと夜中にでっかい魔物が出たんね? わっちらもこうならんように、気をつけていこうな?」


 セレスタはこのグロテスクな光景を平然と眺め、さっさと森の奥へ進んでしまう。

 そんな軽い感じでいいの?

 ……。

 か弱い見た目の割にたくましすぎるエルフに戸惑いながら、私はもうセレスタに全てを委ねることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る