うさぎさんの厄日

 街を出て次の日。

 アリアと私は水魔法で作ったシャワーを浴びて、しっかり発酵食品のニオイを落として気分爽快。

 食品自体はいざという時の非常食になるし、ニオイは魔物よけにもなるから、捨てないで残してあるが……。袋から漏れ出てくる程度のものなら、もうみんな慣れてしまった。


 そうして森の中で迎えた朝は、ひんやりじめじめしていて新鮮だった。

 人里から離れることが多い冒険者には、自給自足の技術が身についている。

 基本的に食料は狩りで、飲み水は魔法で確保するのが定石だ。

 だからあまり準備をせずに出てきても、困り果てるということはない。


 朝早く、私とアリアはマリオンさんに起こされて、森に生息する魔物を狩りに出かけることとなった。冒険者としての訓練の一環だ。

 ユリアさんはキャンプに居残り組。火の番をしてもらっている。


「さて。これまでは魔物を遠ざけるようにして行動していたワケだけど、狩りの時はアタシたちが襲う側だ」

「なんか私が猛獣になった気分」

「わたし、リルちゃんになら食べられたい!」


 アリアは食べるものじゃなくて鑑賞するものだ。

 マリオンさんは背負っていた弓を持って、矢をつがえる。


「魔物の痕跡をよく探して。足跡、毛はもちろん、魔力の残り香まで読み取って、相手に察知される前に見つけるんだよ」


 マリオンさんはぐるりと辺りを見回し、ある一点に照準を定めた。

 わたしには何も見えない。ただの茂みがあるだけ。


「——そこ!」


 引き絞られた矢が放たれる。

 矢は一秒もかからずに標的へと飛んでいき、獲物に突き刺さる鈍い音と魔物の断末魔が同時に聞こえてきた。


「今のはマッチョウサギの鳴き声だね。地面をよく見れば、えぐったような足跡が見えるでしょ」


 指さされた所には、落ち葉に紛れてこぶし大の足跡が、ぽつぽつと茂みの方に続いている。

 言われればわかるけど、これをノーヒントで見つけるのは難しいよ。

 冒険者のたくましさに脱帽する。

 マリオンさんは茂みからうさぎの死骸を持って、こっちに帰ってくる。

 うさぎの全長はマリオンさんの半分くらい。私たちから見れば、胸の高さまである大きなうさぎだ。


「マッチョウサギは脚力が強くてね。走ればこうして足跡がつくけど、一度逃げられたら追いつけない。見つかる前に仕留めるのは重要だね」


 耳を持たれたうさぎは、息苦しそうに口を開けたり閉じたりしている。

 次第に胸の動きがなくなってきて、今度は足をバタバタとさせて痙攣しはじめた。

 命が消える瞬間を目の当たりにした私は、生唾を飲んでその光景に見とれていた。


「そしたら、地面に穴を掘ってね。心臓が動いているうちに血抜きをするよ」


 剣のサヤを使って簡単に穴をほり、その真上にうさぎの死骸を持ってくる。

 ナイフをうさぎの首元にあてがい、一気に首を切断した。


「ひえー」

「ふふふ」


 息を飲む私の隣でなぜか笑っているアリアさん。怖いよ。

 逆さ向きに持ち替えられたうさぎの切断面から、血が滴り落ちてくる。

 最初は勢いのあった水滴が、数分後にはほとんど出てこなくなった。


「あとは内臓をだして」


 うさぎの腹に浅くナイフを入れて、中身を露出させる。

 生き物の中ってこんなになっているんだ、と複雑なようで単純な構造に驚く。

 マリオンさんはワイルドに、うさぎのお腹の中に手を突っ込んで中身をかき出した。

 びよーんと伸びるヒモみたいなの臓器を筆頭に、いろんな形のものを穴に落としていく。


「傷つけたら臭いのが出てくるから、刃物は使わないでね」


 と言いながら、最後に指でむしれない臓器をナイフで切って、中身をカラッポに。


「ついでに、皮もはいでおこっか」


 肉と毛皮の間にナイフを入れると、キレイに皮が剥がれていく。

 生き物も果物みたいに皮が剥けるんだ、と関心した。

 最後には、一枚の毛皮とつんつるてんな肉ができあがった。


「おおー。食べられそうな形になった」


 さばき始めて十分もかからずに、うさぎさんは変わり果てた姿となった。


「じゃ、このパーティなら一匹でも十分だね。本当は体づくりのためにもっと食べてもらいたい所だけど。次からはリルフィにもやってもらって、いっぱいとろうね」

「食べきれる量だけとりましょうね?」


 冗談を言いつつ帰路につこうとすると、アリアが服をちょんちょんと引っぱってきた。


「ねえねえ、わたしも一回やってみたい」

「え、もう帰るんじゃないの?」

「ね? いいでしょ?」


 アリアは珍しくマリオンさんに話しかけた。

 背を向けていたマリオンさんは立ち止まって、背負っていた弓と矢筒を外す。


「い、いいよ」

「ありがと♪」


 アリアは嬉しそうに弓矢を装備して、森の奥に駆け出してしまった。

 いつになく行動的なアリアを、仕方ないなあとため息をついて追う。


「アリアがああなるなんて、よほどマリオンさんの狩りがすごかったんですね。私も感動しちゃいました」

「……そうなのかな」


 含みのあるマリオンさんの返事。

 先輩冒険者も、アリアに避けられているのを察知してか、もしくは王族だからか、あまり積極的にアリアとコミュニケーションを取らない。

 これからずっと一緒に行動するから、パーティ内の人間関係は良くしておきたいんだけど、なかなか難しそうだ。


 しばらくすると、アリアが歩みを緩めて、忍び足で進むようになった。

 私たちもそれにならって、そっと後についていく。


「うん。ここだね」


 アリアは矢をつがえて、何もない方向に狙いを定める。

 何もないとは言っても私に見えていないだけで、他のひとは獲物がいることが分かっているのかもしれないが。

 限界まで弓をひきしぼり、すっと息を止めたアリアが、弓弦から手をはなす。


 ——パリンッ!

 と、何か硬いものにぶつかったような音。

 アリアは矢が刺さった場所に行って、にっこりと笑ってこちらを振り返った。


「はずしちゃいました」


 その言葉に幾分か安心する。

 初めて弓矢を扱うアリアが狩りを成功させてしまったら、獲物すら見えなかった私は負けた気持ちになっていただろう。

 私は負けず嫌いなのだ。


 アリアがマリオンさんに弓を返し、私たちは野営地に戻ることにした。

 マリオンさんはうさぎ肉を担いで、きた道を戻る。私はトテトテとそのあとをついていき、鮮やかな狩りの光景を復習するのであった。


 野営地にいたユリアさんは、周囲に生えていた野草をとって待っていた。

 肉と一緒に焼くことで、独特の獣臭をやわらげるための香草らしい。

 木の棒にうさぎ肉を刺し、たき木の真上に設置する。

 私はたき木のそばに腰掛けて、肉の色がゆっくり変わっていくのを眺めていた。

 落ち着いてきて眠気が襲い、大きいあくびを手で隠す。

 その時だった。


「——っ!」


 私が手を置いていた場所に、矢が刺さった。

 偶然、あくびをしていなかったら、私の手は地面に縫い付けられていた。


「敵襲! マリオン、向こう側を警戒!」


 とっさに、ユリアさんとマリオンさんが剣を抜いて、私を守るように矢の射られた方向に立つ。

 私は突然の出来事に、身動きが取れないでいた。


「リルちゃん……」


 そうだ、アリアがいた。

 アリアを守らなくては。

 矢がきても盾になれるように、アリアの前に移動して戦況を見る。


「誰だ! 出てきな!」


 マリオンさんが叫ぶ。


「金目のものなら置いていきます! 攻撃をやめてください!」


 ユリアさんは、敵を盗賊だと判断したようだ。

 相手に見せるように、財布を地面に落とす。

 しかし、向こうに動きはなく、先に動きを見せたのはこちら側であった。


「…………あ、あれ……?」

「マリオン!」


 ふらふらと、マリオンさんが体を揺らして倒れこむ。


「くっ! 魔法……!」


 ユリアさんが、その言葉を最後に倒れる。


「……ぁ、私、も…………」


 何が起きたのか分からないまま、私の意識もなくなってしまった。

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