襲撃者とのご対面

 牢屋で目が覚めた。

 前に鉄格子、後ろに石の壁というような都会の牢屋ではないけど、閉じ込められているのは事実。

 私たちは四人揃って大きな木のうろのような空間に収容されていた。

 入り口は丈夫なツタに塞がれていて、人が通れない程度のスキマが開いていた。


「アリア、どう思う?」

「わたしたちに掛けられたのは睡眠魔法なのかなぁって」

「私もそう思う」


 目が覚めているのは私とアリア。

 冒険者様たちはいびきをかいて豪快に寝ていらっしゃる。

 ふつう、魔力が高いひとは魔法に抵抗性を持っている。

 魔法学校に通い、ちゃんとトレーニングをしてきた私たちは、睡眠魔法に抵抗性を持っていたから、早く目が覚めたのだ。

 ユリアさんも魔法が使えるようだけど、生活の補助ができるくらいの熟練度。深い眠りについており、当分目覚めそうにない。

 こればっかりは私たちの方が優秀な部分だ。

 ユリアさんとマリオンさんの寝顔をぼーっと見ていると、自分のおなかがすごい音で鳴りだす。


「うう、おなかすいた……」

「わたしたち、どれくらい寝ちゃったんだろう」

「睡眠魔法の効果時間って、確か……最短で3時間だっけ?」


 朝食抜きだからおなかが空いているのは当たり前。

 しかし、それにしても空腹感が強すぎる。もしかしたらまる一日寝ていたかもしれない。

 閉じ込めたひとが食事を持ってきてくれないかな。


 入り口をふさぐツタの隙間から、外の様子を探ってみる。

 目前には、当たり前のように茂る木々。私たちが野営をしていた場所に生えていたものより、ずっと背が高い。

 下を見てみると、木造の足場があって、地面はるか遠くにある。

 そんな足場を作ったであろう住人が、すぐそこでぴょんぴょんと跳ね、視界にちらほら映ってきた。

 現状の把握を終えた私と、住人の目が合う。


「ぉんどがったん?」

「……は?」

「ふふふ、どってんさーてかんなぁ?」

「はぁ……」

「ゎんつかぁおさんどこさえでくらぁ!」


 意味のわからない言葉で一方的に話され、満足したらしい住人は走ってどっかに行ってしまった。

 ……あの住人。

 私よりだいぶ背が低い子供だった。

 肩とふとももを大胆に見せたワンピースに、おさげにした白髪。

 何よりも特徴的なのは、髪から飛び出る長い耳。

 あれは、人間ではない。


 自分の見た光景が信じられずに、思わずアリアの姿を確認する。


「どうしたの?」

「い、いま、耳の長い子供が……」

「エルフ?」

「そ、そうそう! それ! エルフエルフ!」


 エルフとはエルフィード王国で伝説とされている存在だ。

 この国に住む人々は、みんなエルフの祖先だとされている。

 魔法の扱いに長けたエルフが祖先にいるから、エルフィード人は魔法が使えるのだ。

 私たち人間は、魔法の力を恵んでくださったエルフを神として讃え、宗教として崇めたてまつっている。


 つまり私は、神と対面してしまったのだ。

 今まで石像や絵画でしか見たことのない伝説のエルフが、目の前で動き、言葉を喋っていたのだ。

 平常心を保てるわけがない。


「ど、どうしよう……!」

「まあまあ、リルちゃん落ちついて?」

「なんでアリアはそんなのんびりしてるの!」


 ぺたりと座り込んでほんのりしているアリアは、エルフに出会ってしまったことの意味が分かっているのだろうか。

 ヘタをすれば、神を知るものとして教祖に立てるほどの、重大な事実なのだ。

 さらにこの発見は、人間の未来まで変えてしまうような出来事だ。

 長い歴史を経て、人間に流れるエルフの血が徐々に薄まり、人間の魔力が消えつつある。

 エルフとの交流ができれば、廃れゆく魔法の再興がねらえるのである。

 人類の悲願を達成できるのだ!


「リルちゃん、わたしたち、ハンザイシャだよね?」

「あーそうだった!」

「街に行けないよね?」

「なんてことだぁ!」

「リルちゃん。おちつこ?」


 アリアになだめられて深呼吸。

 熱くなっていた頭が少し冷える。

 そうしていると、牢屋の外から大人数の足音が、こちらにやってくるのが聞こえた。

 外を覗くと、耳が長いひとが何人もいる。


「まじか!」

「まじだから静かにしてね」

「おぉっ!」


 再びヒートアップする私は、アリアに肩を引かれて座らせられる。

 エルフのひとたちが牢の前に立つと、先頭に立っている老人が話し始めた。


「——まんず、ひんでーごどしてめや☆※○◎÷+〜〜」


 さっきの小さい子と同じように、奇妙な言語で話された。

 なんかエルフィード語っぽい感じで喋っているのはわかるけど、全然意味が理解できない。


「あい? おいどぅんっ*&%#っだ@¥$〆っぺか?」

「……んんー??」


 老人の言ったことはたぶん疑問形だが、何を言っているのか分からないので首を傾げるしかない。


「うぉっほんっ!」


 いきなり大きな咳払いをした老人は、眉毛で隠れている目を見開く。

 少し、雰囲気が変わった。釈然としない対応をする私に、怒ってしまったのだろうか。

 神に不敬を働いてしまったことに、懺悔をしたい気持ちでいっぱいになる。


「あ、あー。……これは分かるかの? 最近エルフ弁ばかりじゃったもんでなぁ。なにぶん標準語は久しぶりじゃろうて、分からなかったら遠慮なく申してみい」

「わ、分かります……! おっしゃっていること、分かります……!」


 エルフッ!

 このひと自分でエルフって言った!

 生まれてこのかた14年、私はついに出会ってしまった!

 というかさっきまでの言葉は訛ってただけなのか!


「まず、手荒な真似をしたことを謝罪しよう。幻想の森に迷い込んだ人間は、殺すと言うしきたりなんじゃ」

「え……殺す……?」

「まあまあ、そう怯えなさんな。わしらもそんな荒っぽいことはせんよ。……事情次第ではな?」


 意味の分かる言語から訳の分からない言葉を告げられて、私は再びクールダウンする。

 老人は色の抜けた長いひげを触りながら、声をひそめる。

 幻想の森とは。人間を殺すしきたりとは。見知らぬ地で初めて聞くワードが羅列されて、不穏な空気が流れてきたような気がしてきた。


「お前たちが森に入り込んでから、幻想の結界の一部が破壊されたのじゃ。それに関して、何か心当たりは?」

「えっと、この森のことについて、よく知りません……。なのでおじいさんの質問には答えられません……」


 私、わるいにんげんじゃないからころさないで。

 すがるような気持ちで、老人の言葉に答える。


「うーむ。ならば、この森に入ってから魔法を使ったことは?」

「それは何度かあります。火を起こしたり、水を出したり」


 老人は腕を組んで黙り込んでしまい、数分の時が流れる。

 悪いことをした心当たりは全くないから、どうか無難に終わって欲しい。

 むしろ色々説明して欲しい。私が手伝えることなら惜しみなく協力するから。


「……まあ、結界を張ってからだいぶ経っておるし、何が起こってもおかしくないと思っておったからのう」


 と、老人は自己解決をした様子で、私たち全員を見回した。


「まあ、簡単な確認じゃ。安心せい。——お主たちニンゲンを、エルフの里に歓迎しよう!」


 大きな声でそう言われると、牢を塞いでいたツタがひとりでに開いていく。

 同時に、先ほどこの老人を呼びに行ったと思われる、白いおさげの子が駆け寄ってきた。


「やった! じぃ! 喋っていいんか?」

「おうおう、お手柔らかにのう。ニンゲンたちが疲れてしまうのう」

「ふぁー! なあなあ、おヌシたちは王都からきたんか!? 人間はエルフ弁が分からんって、ほんとうだったんじゃのう! どうじゃ、わっちの言葉はおかしくないか?」


 白い子は目を輝かせて、私たちとお話をしようとまくし立ててくる。

 私は、老人がなぜ牢を開けてくれたのかが分からなくて、混乱状態だ。

 人間を殺すとか結界を壊したとかって話は? もういいの? なんで許されたの?

 わかんない!


「ふぁー!」

「ふぁー!」


 興奮して鳴き声をあげている白い子に続いて、私も色々と投げ出して鳴き声をあげた。


「ふぁー!」

「ふぁー!」

「ふぁー! ふぁー!」

「ふぁーーーー!!」


 仲良くなった気がした。

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