幻想の森
わたしの計画は狂ったが、おおむね順調に進行している。
心配なのは、リルフィさまが成長するだけの時間が得られなかったことか。
父であるエルフィード国王が、わたしの首に賞金をかけたのである。
さすがにやりすぎたらしい。
事実上、これで王家から勘当されたことになる。
リルフィさまを愛するためにやったことのどこがいけなかったのか、わたしにはまったく検討がつかない。
しかし、こうして手配犯にされた以上、街中で自由に動けない身になってしまった。
いざとなれば街を滅ぼして逃げのびることはできる。
リルフィさまと一緒になるために、魔力が自由自在に扱えるよう、何時間も何日も何年も、欠かさず練習してきた。
魔法なんて愛の力があればこんなにも上達できる。
なのに、つまらない理論をだらだら勉強して、実技の時間を十分に取らない学校は、なんであるのか分からなくなる。
リルフィさまも学校の自己満足に付き合わされた被害者のひとり。
学校の中での成績は一位だったけど、やはり実践ではなんの役にも立たない。
役立たずの魔法がちょっと使える程度で、天狗になっているリルフィさまはほんとうにかわいい。
人間ひとりろくに殺せない実力でわたしを下に見てくるリルフィさまは、お茶目でおばかで、すごいそそられる。
今日のおかずはこれにしよう。
……話がそれた。
わたしの魔法をもってすれば、街を滅ぼして追っ手を消すことが可能だ。
けれど、そんなことをすればゼッタイにリルフィさまに見られてしまう。
わたしはリルフィさまに守ってもらいたいのだ。
初めて出会った時のような、勇敢で凛々しい姿を見せて欲しい。力強い手でわたしを現実から引っ張り出して欲しい。
だからリルフィさまより強いところを見られてはならない。何もできない愚者を演じなくてはならない。
腐った食べ物に包まれて街を出たわたしは、まとわりつくニオイに気分が悪くなり、早めに野営をとってもらうことにした。
人間が通る可能性のある街道を避けて、近くの森の中で一夜を過ごすことになる。
森の中のひらけた場所にたき木が作られ、わたしは近くの木陰に座って白湯を飲む。水の魔法で生成した飲み水だ。
リルフィさまはその他二人と作戦会議を始めた。
地図を広げて、この先の旅路を決めているのだろう。
街道から外れて隣国に行くルートといえば、この森を北上して、ダンジョンと呼ばれる洞窟を抜け、国境を分断する山を越えることになる。
隣国までの道のりは、生身の人間が耐えられるようなものではなく、軽い気持ちで国外に行く人間はいない。
成長途中の少女二人では、そこまで行ける可能性はゼロと言って良い。
国境をまたぐということは、夢を語るのと同じことだ。
いざとなったらわたしがリルフィさまを助ける。今は作戦会議を聞かないでおいて、リルフィさまのこの先の行動を楽しみにしておくことにした。
それよりも。
豚二匹をどうやって殺そう。
このままずっと付いてこられては、リルフィさまとわたしの二人きりで旅する時間がどんどん減ってしまう。
ここ最近、リルフィさまの意識が家畜の方に向かってしまい、ストレスがたまり続ける一方だ。
リルフィさまの成長には、教師となる冒険者の存在は必須。自分に言い聞かせて見ても、リルフィさまがあれらと一緒にいる光景はたまらなく苦痛だった。
こうしてリルフィさまがわたし以外に意識を向けている時間は、無意識に手に力が入ってしまう。
おかげでわたしの二の腕は爪痕でいっぱいだ。
この状態が続けばわたしが耐えられそうにない。
リルフィさまに見られていることを考えずに、あの可燃ゴミを焼却処分してしまいそう。
だからひまな時間は、自然に死んでもらう方法を考える。
——ああ、そうだ。
何気なく踏み入れたこの森。
ここは、『幻想の森』と呼ばれる一種のダンジョンだ。
簡単に入れるし魔物もあまり出ず、目立った財宝も出てこないことから、冒険者から忘れられた森。
平民は街から歩いてすぐにあるこの森を、近所の遊び場かなんかだと思っているようだ。
しかしそういった価値観は、この森の名前の通り、幻想なのである。
この森のどこか、人間のたどり着けない場所に、エルフの里と呼ばれる場所がある。
この事実は王宮に住む、一定以上の地位にいる人間だけが知っている事実である。
エルフの存在はエルフィード王国の起源とされており、この国で神聖視されている存在だ。
魔法を自由自在に扱うエルフが初代国王と交わったことで、魔法文化の栄えるエルフィード王国ができあがったとされている。
つまり、エルフの住まう『幻想の森』はたまたま街の近くにあったのではなく、国がこの森の周りに作られたのである。
国とエルフは互いに不可侵条約を結んでいる。
見目麗しいとされるエルフは、奴隷商売に最適だ。奴隷商人がひとめエルフを見かければ、種族が滅ぶまで乱獲を繰り返すであろう。
エルフィード王国としては、エルフが敵に回ると厄介である。人間が魔法が使えるとはいえ、その力はエルフの足元にも及ばない。
衝突すれば相打ちになるのは想像に易いことだ。
だからエルフは、ふらふらとやってきた人間がエルフの里に入らないよう、この森に『幻想』の魔法をかけた。
万が一、人間がエルフと遭遇してしまったら、その人間は殺してもいいと、国とエルフは契約した。
これが、『幻想の森』の正体である。
エルフと遭遇すれば、殺される。
冒険者とエルフを鉢合わせにさせれば、殺せる。
いいことを思いついたわたしは、居ても立っても居られず、リルフィさまの元に駆け寄る。
もうすぐリルフィさまが手に入る。
そう思うと、邪魔な畜生の存在が気にならなくなってきた。
たき木の前に座り込むリルフィさまの隣に、ぴったりくっついて肩を寄せる。
やっぱり、リルフィさまの隣は安心する。
「あ、アリア。……クサっ!」
くさくないよ!
まだくさいけど、くさくないよ!
街を出てからずっとこうなので、悔しいからわたしのにおいをいっぱい、なすりつけることにした。
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