出立
宿屋の外。
アリアの顔が街じゅうに張り出されていて、もはや自由に外を歩けない状態である。
少しでも人目につくのを避けるため、着の身着のまま、私たちは街を出ることにした。
「うう。クサい……」
「(リルちゃん! わたしの方がもっと辛いんだからね!)」
アリアを荷袋に詰めて、である。
荷袋の中にはアリアと、カビたチーズ(クサい)と、腐った豆(とてもクサい)と、魚のクサい汁漬け(言うまでもない)が入っている。
驚いたことに、ゴミじゃなくてぜんぶ食品である。
日持ちするから長旅にぴったりだ。
……本当に食べるの?
なんでこんなものが宿屋に常備されているんだとツッコミを入れつつも、嫌がるアリアの周りにゲテモノを詰めていくのはおもしろかった。
楽しいのは最初だけで、重い荷袋を持ち上げたら、自分の笑顔がさっとが引いた気がする。
冗談抜きでクサかった。
センパイ冒険者は一定の距離から近づいて来なくなり、道ゆく人には鼻をつまんで見られたりわざとらしく咳き込んだりされた。
「マリオンさん、私より力持ちなんですから、持っていただけませんか?」
「え? なに? 聞こえない」
「ならもっとこっちに来てください!」
「しょうがないなぁ……」
マリオンさんは歩を緩めて肩を並べる……と思ったらユリアさんの手を引っ張ってこっちに押し付けて来た!
「あ! こらマリオゲフッゲフッ! く、くさっゲホッ!」
「失礼な」
荷袋の中からアリアが私をつっついてくる。
私にあたらないで。
「もーすぐ検問だからガマンして!」
荷袋の中のひとと咳き込んでいるひとにきこえるよう、大きい声で言う。
ユリアさんは落ち着いた途端、走って逃げた。
「胸に何も付いてなくて身軽そうでいいですねぇ!」
「……くっそぅ!」
キレたユリアさんは、反撃しようにも近づけず、代わりにマリオンさんの胸にうっぷんを晴らす。
そんな景色を見ながらしばらく歩いていると、相変わらず街の住人は私を避けるが、私はニオイになれてしまった。
あろうことか、臭みの中に眠る旨味のニオイに気づいてしまったのである。
これは口の中に入れた時、バケるぞ。
調味料を入れてアレンジしたり、焼いたりして焦げ目をつければ、なんとも言えない上質な食品になる。
私はこのゲテモノたちの虜にされてしまった。
ゲテモノが作り上げたであろう文化と歴史に心を打たれた。
そんなこんなしているうちに検問に辿りついた。
当たり前のように兵士が立っており、通るひとの監視をしている。
「身分しょっうっ……!」
兵士は私の荷袋を見て、こいつおかしいヤツだという目をする。
この素晴らしい食品にケチつける気かこのぉ。
「依頼で地方まで配達するんですー!」
事前の打ち合わせで作った設定を、怒りに任せて兵士に言いつける。
堂々とギルドカードを見せに行こうとすると、思いっきり兵士に避けられた。
「いや、来なくて、いい……。そこから、身分証を掲げるんだ……」
小さなドッグタグだから、ちょっと離れれば絶対に見えない。
兵士は私が身分証をちゃんと持っていることだけを確認して、「行った行った」と追い出された。
それでいいのか検問。
「なんかあっさり通れましたね!」
「そりゃあそんなニオイ出してたらねぇ!」
5メートル先をいくマリオンさんとは、大声を出して会話をしなければならない。
「リルフィさんはなんでそんな平気な顔しているんですか!? あれほど嫌がってたのに!!」
「慣れって怖いですね!!」
10メートル先をいくユリアさんは、声を聞き取るのもやっとだ。
ある程度歩いて、街から私たちが視認できない距離まで進んだので、アリアをおろすことにした。
街を出たあたりからアリアがもぞもぞ動いていたので、早く出たかったのだろう。
荷袋を芝生の上にそっとおろし、くち紐をほどく。
ゲテモノ食品のさらに強烈なニオイが、ぷわーっと立ち上る。
「やっぱりくっさ!」
「…………ぅぷ」
アリアがお化けのように袋から這い出てきて、しきりにえずいている。
もともと白い肌からさらに生気が抜けて、唇も紫色になっていた。
「だ、だいじょうぶアリア……?」
「リルちゃぁん……。きもちわるい……抱きしめて……」
「遠慮しておきます」
アリアさんのよくわからないフリに、毅然とした態度をもって答える。
ゲテモノに直に触れていたアリアからは、いろんな生ゴミを腐らせてから混ぜたような、とんでもないニオイがしている。
近づいたら死ぬ。
「リルちゃぁん……おぇ……たすけてぇ……」
「だいじょうぶきっと慣れるよ!」
一歩、また一歩と接近してくるアリアから、一定距離を取れるように私も下がる。
十歩ほど後退すると、大きな岩が背中に当たる。
逃げ道が。
「待ってアリアおはなしをしよう。気が紛れれば落ち着くでしょう」
「わたし、リルちゃん成分を補給しないと立ち直れないの……」
亡者のように迫るアリアの、瘴気のような腐臭がいっそう強くなる。
私は地面にへたり込んで、なんとか新鮮な空気を取り込もうと、クサくない方向を探す。
「ああぁぁぁリルちゃんリルちゃんー」
「うわっ! く、くるな! クサいよぉ!」
「リルちゃんのにおいー」
「擦り付けないで! 動かないで! ニオイが舞う!」
アリアは私の胸元で顔をぐりぐりしてその腐臭をなすりつけてくる。
アタマが動くたびに、アリアの髪からなんとも言えないカオリが鼻に襲撃してくる。
手で押し返そうとするも、倍の力で顔を押し付けてくる。
抵抗むなしく、アリアのされるがままになってしまった。
アンデットに喰われる一般人の気分ってこういうものなんだろう。
「リルちゃん」
突然、アリアが顔をあげて、その赤い瞳をこちらに向ける。
「一緒に、頑張ろうね?」
静かに、ささやくような声でそう言ってきた。
アリアは、わざと明るく振る舞う私に合わせてくれていたのだ。
本当は泣きそうになるくらい心細くて、少しでも気をゆるめれば暗くなってしまうだろう。
指名手配をされて、落ち込むアリアを少しでも元気付けるために、悪いことは考えないようにしていた。
ひとりで悩んでいればずるずると悪い思考おちいってしまい、しまいには自壊してしまう。
ふたりなら、どちらか片方が元気でいれば、心の支えになってくれる。
「ずっと一緒に、一緒にね……?」
再び発せられたアリアの言葉には懇願の意が込められていた。
私は無言で抱きしめることで答える。
アリアのか細い体が、これからの旅路を乗り越えられますように。
「…………アリア」
「リルちゃん……」
名前を呼ぶと、何か期待したような潤んだ目をして呼び返してくる。
そんなアリアに、私は。
「やっぱりクサい」
「ひどいよリルちゃんっ!!」
「さ、早く行こう」
ニオうアリアをどけて、ずっと先にいってにしまったユリアさんたちを追いかけることにする。
少し怒ったアリアにつんつんされながら、こんなゆるい感じで旅ができたらなぁと思った。
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