ポジティブシンキング
宿屋のおばさんが持っている手配書をうばって、その内容をもう一度よく読む。
そこにはアリアの名前と、似顔絵と、その、罪状が、簡潔に記載されていた。
何度読み返しても、その簡単な内容は変化することがなく。
「アリア……エルフィード……?」
私の知る『アリア・ヴァース』のあとに、聞きなれないようで馴染み深い文字が羅列されている。この国の名前が、アリアの姓にあたるところに、書かれているのだ。
罪状にある身分詐称。
私は思わず、アリアの方に振り向く。
「なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで」
アリアの瞳からは光が抜け落ち、どこか宙に向かって同じ言葉を吐き続けている。
私は、どうすれば良いのだろう。
アリアの姓がエルフィードということは、アリアは王族ということになる。
しかし王族ならば、絶対条件なのは金髪碧眼。
昔アリアにこのしきたりを教えてもらって、私も王族になれるかなぁと冗談を言っていた記憶がある。アリアは黒髪だから、王族じゃないね、とも。
この手配書がまったくのウソを言っているのか。
誰かが私を冤罪に陥れて、魔法学校を退学させた時のように、アリアを狙う人間がいるのだろうか。
でも、偽造された手配書だとしても、ここに王族の名前を書く意味がない。
相手が王族だったら、私たちみたいな一般人は手を出そうと思わないからである。
身分が上のひとに無闇に関われば、ぜったい面倒ごとが起こるだろう。
手配書に王族と記述するなら、重大な理由があるのだ。
だから、この手配書に書かれたアリアの名前は、本物……?
アリアが王族だとする証拠が、他にないか考えてみる。
国王の子供は4人いて、男の子が一人と女の子が三人。
教科書的な情報は知っているが、実際に会ったことがないので、それぞれがどういう顔をしているのかなんて、知らなかった。
アリアが名乗っていた、『ヴァース』について考えてみる。
貴族は姓に、領地の名前がつく。だからこの国のどこかにヴァース領があるはずなのだが、私の知識にそんな領はなかった。少し考えれば分かることだったのに、基本的に他人の地位に無関心だった私は、今まで気づかなかった。
私の周りで、王族がどうのこうの話題になったことは、長い学校生活を思い返しても見当たらない。
つまり、私が王族について触れたことなんて、そもそも存在しないのである。
私はおのれの無頓着さにあきれる。
どうせ自分は地方でひっそり生きる底辺貴族なのだとたかをくくり、ひと付き合いを積極的にしてこなかった。アリアも私に気をつかって、身分の差を大っぴらにはしなかった気がする。
それが他人への無関心へとつながり、隣にいる友人の地位さえもわからないようになってしまったのだ。
なにも手がかりとなる記憶がないが、アリアはほんとうに王族なのだろう。
こうして手配書に『身分詐称』と書かれるのだから、アリアは世間を騙して生きてきたのだ。
ではなぜ、アリアは身分を隠していたのか。
手配書に書かれているから悪いことのように感じるが、余計な騒ぎを起こさないためだとすれば、そうせざるを得なかったと考えられる。
私だってアリアが王族だと知っていれば、さすがにへーこらしてご機嫌とりに精を出していただろう。
だからアリアは身分を偽って、そこらへんにいる貴族として入学したのだ。
この手配書に書かれたことは、ムチャクチャではない、と思う。
でも、もう一つの罪状、『大量虐殺』はどうだろう。
絶対にあり得ない。
アリアは退学前も私にくっついてもじもじしているような子だったし、退学後はそれまで以上に一緒の時間を過ごしている。
大量虐殺というからには、計画する時間や実行する時間が必要だ。
そんなことをするヒマは、今までなかったはず。
一瞬、アリアが無感情に商人を蹴り飛ばす映像がフラッシュバックする。
もしかすると、アリアの本性は、…………。
私の中の闇の部分が、してはいけない考えをしようとして、アタマを振りはらって意識しないようにする。
この手配書は、私の時と同じように、冤罪をふっかけているだけなのだ。
一部を真実の情報にして、この手配書の信ぴょう性を強めている巧妙な手口。
アリアに大量虐殺なんてできるわけがない。
アリアは私以外とはろくに会話をしない。それは今もそうで、アリアはユリアさん、マリオンさんとうまくコミュニケーションが取れていないように見える。
魔法の腕だって、たしか学年の中くらいの順位だ。
複数の敵をターゲットとした大規模範囲魔法の実行なんて、もってのほかである。
何者かが、私たちを殺そうとしている。
そう結論づけるしかなかった。
私もそうであったように、身に覚えのない罪を被せられたアリアは、心細いであろう。
世界がみんな敵に回った。そんな気分になる。
その不安をほぐしてあげるように、虚空を見つめるアリアのアタマを引き寄せて、私の胸に押し当てる。
目をつむって、心臓の音を聞いていれば、落ち着くだろう。
身じろぎひとつとらなかったアリアが、次第に嗚咽をもらし始める。
「……うぅっ、ひぐっ……」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
アリアの背中をそっと叩いて、一人じゃないよと励ます。
「ぅ、うわあああああああん!」
「私がついてるから」
この子は絶対に守ってやらなければならない。
アリアが声をあげるたびに、私の決意は硬くなっていく。
この紙切れがなんの影響も及ぼさないところまで、逃げて、生きる。
「……あんたら、今日だけは見逃すから、とっとと宿を出ていくんだね」
宿屋のおばさんは、通報せずに私たちを逃がすために、手配書を持ってきたようだ。
見えない悪意と見える好意が絡まりあって、なにが正しいのか分からなくなってくる。
「リルフィ、これからどうしたいのか言ってごらん」
「幸いなことに、リルフィさんには手配書が出ていません。だから、わかりますね?」
冒険者は混乱する私に選択肢を与えた。
それは、アリアを置いて一人で楽に生きるか、アリアと一緒にいばらの道を歩いていくか。
ユリアさんの言葉に含まれた意味を察して、アリアの握りこぶしにぎゅっと力が入る。
顔をいっそう強く押し付けてきて、私の選択に怯えている。
こんな選択肢を与えられたら、答えは簡単だ。
「そんな残酷なこと、アリアの前で言わないでください」
アリアを悪意から守るように、絶対に離さないよう抱きしめながら、ユリアさんに返答する。
考えるまでもなく、決まっている。
今も昔も、私とアリアはずっと一緒だったのだ。
アリアが私をかばって、一緒に退学になったように、私もアリアを守る。
義務感とか後ろめたさとか、そういった理由じゃない。親友だから守るのだ。
他人の思惑を乗り越えて、私たちは生きる。
「……リルフィさんの意志が固いようで安心です。なら、すぐに街を出ましょう」
「なに、アタシたちはセンパイだ。かわいい後輩がひとり立ちできるまで、ついていくさ」
二人とも、ニッコリと笑って手を差し伸べてきた。
私は恐る恐る、その手をつかもうと手を伸ばすと、向こうの方からつかみ返されて、力強く引っ張り上げられた。
この時、私たちの長い旅が始まりを迎えたのである。
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