訓練と……

 初依頼を散々な結果にしてしまった私。

 翌日から、目が笑っていないユリア・マリオンコンビと、猛特訓を始めることになった。

 アリアは連れてこなくていいとのことで、私ひとりの特訓だ。

 ぐっすり眠っているアリアに無理はさせたくないけど、アリアも特訓しないとこの先大変じゃない? ということをセンパイに相談するも、他人のことより自分のことを考えろとあしらわれる。

 私は涙を飲んで宿の外にでた。

 まずは宿屋の前で剣術の練習だ。


「打ち込んで来なさい!」


 すごい迫力で、ユリアさんが私に吠える。

 いきなりである。

 困惑している私はマリオンさんの剣を借りて、ユリアさんと対峙している。ユリアさんは中段の構えをとって私の攻撃を待っている。


「さっさとする!」


 ユリアさんの勢いにとまどいながらも、やらなきゃやられると思って、真剣にならざるを得なかった。

 冒険者登録をした時のような、無様な姿は見せられない。

 授業で習った型をイメージして、その通りに斬りかかる。今度は迷いなく、美しく。


「——やあっ!」

「そんなんじゃ当たらないッ!」


 私が振りかぶった剣は、ユリアさんにすらりと避けられ、勢い余ってよろめいたところで首筋に手を当てられる。


「実戦は甘くない! なぜやられたのかよく考えなさい!」

「は、はいっ!」


 いつも穏やかなユリアさんが、声を張り上げて私に指導する。

 こうして怒鳴られた経験はあまりないから、不安になって思わず涙がでてきたような……。

 剣をぎゅっと握りしめて、自分を奮い立たせる。

 なぜやられたのか。

 ユリアさんに言われたことに答えを出して、次の一刀を打ち込む。


「遅い!」


 剣を振り下ろした途端に、ユリアさんに弾かれる。

 剣のツカがすれて、手の皮が剥ける感じがした。


「なぜ弾かれたと思う!?」


 攻撃のタイミングで、溜めを作ってしまったから。相手の動きを読みつつ、一息に切りつけなければ通らない。

 剣を構えて、再びユリアさんに打ち込んだが、またも避けられる。

 一撃ごとに、なぜ、なぜ、と問いかけられ、私はそれに答える。

 手が痛い。腕が痺れる。

 それでも、やめるワケにはいかない。

 強くなろうと口では言っていても、どういう風に訓練してくかなんて、ぜんぜん考えていなかった。

 冒険者として頑張っていれば、いつかユリアさんみたいになれるだろう、と軽く考えていた。

 一撃、もう一撃とユリアさんに斬りかかり、軽くあしらわれるたびに、そんな姿勢ではダメだったと実感した。


 いつか、ではなく今強くならないといけない。

 アリアを幸せにするために、誰にも負けてはならない。

 ユリアさんを超えないと、どこにも行けない。


 ユリアさんに斬りこむたびに、避けられ、反撃される。

 一本取れるように動きを考えていると、学校で習った剣術の型がいかに最適化された動きなのかに気づく。

 大事なのは個々の型を組み合わせ、ひとつのストーリーを作り出すこと。

 それが分かると、ぎこちなかった動きに流れができてきた。


 攻撃を避けられれば、反撃を防ぐために一歩引いて、落ち着いて次の攻撃に移る。

 振った剣がユリアさんに受け止められれば、すかさず次の打ち込みを行い、フェイントを入れて相手のペースを崩す。

 剣を払われれば、その勢いを利用して距離をとり、魔法の詠唱に入る。


 思っていることとやれることにはまだ開きがあって、少しでもスキができるとそこを攻められる。

 そんな打ち合いを10、20とこなしていくと、体力が尽きて手が上がらなくなってしまった。


「……ここまで、ですね。リルフィさんは基礎体力が足りてません」


 お師匠からの酷評をもらい、朝練が終わった。

 と、思ったら。


「さあ、いっぱい食べよう。アタシみたいにカラダを作らなきゃ、ね」


 宿屋の食堂にて。

 マリオンさんが自慢の胸をこれでもかと強調して、私を席に誘導する。

 ユリアさんが怒ってマリオンさんの胸をつねっているのを見ていると、宿屋のおばさんが料理を運んできた。


「はいお待ち」

「わあ、おいしそう!」


 大皿に盛られたカタマリ肉が私の前に置かれる。

 朝から重めのメニューだが、動いたあとだとむしろ嬉しい。

 早速切り分けて、向かいの席でつつき合っているユリアさんとマリオンさんに渡そうとするも、取り皿が見当たらない。


「リルフィ、それは一人前だよ♡」

「え」

「はいお待ち」


 宿屋のおばさんがもう一度来て、ユリアさんとマリオンさんの前に同じカタマリ肉を並べていく。


「ちょっと」

「はいお待ち」


 なんかまたおばさんがやって来て、今度はバゲットを何本も何本も置いていく。


「いやむり」

「はいお待ち」


 もう来るなと神に祈るが、おばさんは神を超越していた。また来た。

 ふかし芋を置き去りにして、帰っていった。

 マリオンさんに冗談だよねと目線を送る。


「さあ、めしあがれ」


 白目をむいた。




 で、気づいたらアリアが隣に座っていて、優雅な朝食を摂っていた。

 アリアを置いて先に食事を始めたことに、何か文句を言われた気がしたが、聞こえていない。

 お嬢さまの前にはパンとスープとミルク。

 こちらは正常なメニューである。


 アリアが硬いパンを小さくちぎってスープに浸し、口に運ぶ。

 一方で私は、一向に減らない肉に、お行儀をかなぐり捨ててかじりつく。


「ふふ。リルちゃん、あーん、してあげる」


 やけに熱のこもった視線を向けて、アリアは自分のパンをちぎって私の口に近づける。

 いや私の分いっぱいあるから気にしないでくださいほんとうにダメなんです。

 優しい私は差し出されたパンを食べると、アリアが頰を染めて喜ぶ。かわいい。


 癒されたので頑張って残りの肉を平らげ、積み上がった蒸し芋とバゲットを見て意識が昇天する。

 先輩冒険者はとっくに食事を終えていた。

 なんでこの量をそんなに早く食べられるんだ。


「そんなに食べてるのに栄養は胸に行かないんだ。……あ、口が滑った」

「……」


 ユリアさんは無表情で立ち上がって、バゲットを両手に持ち。


「ふんッ……!」

「あがぁっ!」


 私の口にねじ込んで来た。


「成長期に、いっぱい食べれば、マリオンみたいになれますよぉぉぉ?? よかったですねぇ羨ましい限りですねぇ!」


 じゃあアリアに食べさせてあげて!

 ピンチに陥っている私に、自分の世界に入っているアリアは気づいてくれない。

 みんなひどい!


 全ての意識をもぐもぐすることに向けて、墓穴を掘らないようにがんばる。

 お腹がパンパン。

 限界を超えて吐き気がしてきて、お腹を抑えて苦しむ私。


 不意に宿屋のおばさんがやってきて、今度はなんだと見上げると。

 一枚の紙を、私たちの前に見せてきた。




『手配書:アリア・ヴァース・C・C・エルフィード

 罪状:身分詐称・大量虐殺

 備考:重大案件につきエルフィード王国国王の名の下すみやかに殺害を命じる』




 これって、どういうこと……?

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