はじまり

 エルフィード王国の第三王女は不貞の子と呼ばれ、周囲から疎まれていた。

 というのも、兄の第一王子、姉の第一、第二王女は皆、金髪碧眼を持って生まれたから。両親も当然、金髪碧眼だ。

 だから、黒髪で赤い目を身に宿して生まれた第三王女は、王とメイドの子だとされている。


 実際のところ、王妃であるわたしの母親はもともと黒髪で、脱色して金髪に見せているだけ。

 王家の純血性を誇示するために、王族は金髪碧眼でなければならないという、明文化されていないしきたりが王室にあった。

 気づいたころには深く愛し合っていた金髪の王と黒髪の王妃は、婚約の前にこのしきたりを乗り越えなければならない。

 母親は王族に迎え入れられるために、髪の色を抜き、瞳の色を魔法でごまかしすことで、王と結ばれたのである。


 兄と姉たちは、幸運なことに、王の血を受け継いで生まれることができた。

 しかしわたしは、母親の血を色濃く受け継いで生まれてしまったのである。

 第一子が金髪であったため、両親はこれ幸いにと、欲望の赴くまま繁殖を繰り返し、とうとうハズレくじを引いてしまったのだ。

 黒髪の子が生まれて夢から目が覚めた両親は、ことの重大さを認識した。


 王家の純血性が保証できない。王族の権威が落ちてしまう。

 母親のように髪を脱色すれば、問題は簡単に解決できたであろう。

 しかし、すでに出産の事実はあまりにも多くの人間に知られていた。

 この時から、第三王女は不貞の子であるという噂がたち始めたのである。


 父親は出産に立ち会った医者や助産婦に適当な罪をなすりつけ、島流しを行った。

 まずは第三王女の母親を知るものを消したのである。

 次に、第三王女が誰の血を受け継いでいるのかあやふやにしたまま、わたしは王城に幽閉された。

 ごく限られた人間だけしか接触できない、名前だけ存在する第三王女となったのだ。

 いっそ殺せば万事解決であっただろう。

 しかし両親は、愛の結晶であるわたしをどうしても処分することができなかった。

 それがこのいびつな環境を産んだのである。


 わたしは狭い一部屋で、両親と側近に甘やかされながら育った。

 これが、愛に現実を見失った両親のさらなる過ちである。

 学問も娯楽も、何不自由ない環境で幼少期を過ごしたわたしは、相応に知性を得てしまったのだ。

 わたしの中で、次第に王城から出られないことに対する疑問が芽生えた。

 十分な教育を受けていたわたしは、大人を欺いて王城から抜け出す知識も術も持っていた。




 とある日、歳はたしか、6、7くらいのとき。わたしは側近の不意をついて幽閉部屋から抜け出した。

 本でしか読んだことのない、壮大な世界をこの目で見たくて、探検をしたかったのだ。

 窓のない狭い部屋で育ってきたわたしは、王城の敷地だけでも十分広い。

 初めての探検では、城壁で囲まれた王城が世界の全てだと思って歩き回っていた。

 空を初めて見た。植物を初めて見た。動物も虫も、風も太陽も、見るもの感じるものぜんぶが初めてだった。

 すれちがう人だって、わたしを世話してくれる側近の数よりも、何百倍もの人数がいた。

 なぜ外に出てはいけないのか。好奇心に突き動かされていたわたしは、そのことを考えていなかった。


 ——何百人もの人間に、わたしの存在が知られてしまったのである。


 愚かなわたしは、不審がって話しかけてくる騎士たちに、自分が第三王女であることを言いふらしていた。

 噂好きなメイドや、王家を快く思わない貴族に、堂々と自分の境遇を語って見せた。

 わたしは側近にすぐに捕らえて、半日も経たずして幽閉部屋に押し戻されたが。

『不貞の子』の噂の真実は、一気に国中に広まった。


 次に始まったのが、王家を糾弾する運動である。

 王家の血筋に不純な血が混じった事実に口火を切って、貴族たちは政治や経済に対して持っていた不信感を爆発させた。

 毎日その対応に追われる両親。

 いわれのない暴言に胃を痛めているうちに、ついに気が狂ってしまった。


 わたしの存在が知られてからは、もう隠しても意味がないと幽閉から解放されたが。

 両親はわたしと一切口を利かなくなった。兄や姉からは、両親がおかしくなった元凶として初対面から敵視された。


 王は不平不満を挙げる貴族を片っ端から排除し、恐怖政治を開始した。

 王族の権威はその圧政により復活し、その恩恵でわたしはどんどん自由になっていった。

 誰からも見放されて、誰もが平伏する「わたし」のできあがりである。


 豹変した両親から逃げたかったのか、まだ知的好奇心が残っていたのか、わたしは城外に出て探検を始めた。

 こそこそと、そこかしこから聞こえてくるわたしの噂話。

 明確に向けられる悪意に恐怖したわたしは、人通りの少ない道を選んで歩いていた。


 そんなわたしの後ろを、浮浪者がつけていた。

 子供が大人に勝てるわけもなく、わたしは浮浪者に捕まってしまった。

 汚さと、臭さと、圧倒的な暴力。

 3人の男に引っ張られて、わたしはなすすべもなく、暗がりに引き込まれようとしていた。

 そんなときに、彼女は現れたのだ。


「そこまでよ!」


 少女は自分よりずっと大きい暴漢に臆せず、わたしを捕らえていた男のスネを蹴り上げ、解放した。

 一瞬の隙をついて、少女はわたしの手をとって、駆け出した。

 完全に暗がりに引き込まれていたら、彼女もろとも浮浪者のエサにされていただろう。

 子供の足でも、すぐに人目のあるところまで逃げ出せる距離であったため、幸いにも暴漢は追ってこなかった。


「きみ、だいじょうぶ?」


 わたしは、少女の姿をまじまじと見つめる。

 わたしが持てなかった金髪碧眼を持つ、わたしと同じくらいの歳の少女。

 わたしに向けられることがなくなった、笑顔。


「わたし、リルフィっていうの! こんどここのマホウガッコウにニュウガクするんだ!」


 透き通った青の瞳が、わたしの瞳を覗き込む。

 無意識に、彼女の髪を触る。

 さらりと、ふわふわな金糸が手からこぼれ落ちた。

 えへへと笑いかけてくる少女。


「じゃあ、またあえるといいね!」


 大通りに出ると、リルフィと名乗った少女はどこかに駆けていってしまった。

 わたしはどこか夢心地のまま城に帰り、布団にもぐってリルフィのことを想い続けた。


 あの金髪が欲しい。

 くりっとした目玉が欲しい。

 その笑顔を独り占めにしたい。

 触りたい、抱きしめたい。

 一つになりたい。


 わたしが持っていないものを持っているリルフィのことで、頭がいっぱいになった。

 それからは、彼女は魔法学校に通うと言っていた。

 そうだ。

 わたしもそこに行けばいいのだ。

 そうすれば、リルフィを手に入れることができる。


 わたしは、恋をしたのである。

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