素晴らしき夜

 冒険者って素晴らしい!

 初依頼を終えたわたしとリルフィさまは、さっそく宿をとって明日に備えることにした。

 豚二頭とわたしたちは、もちろん別の部屋だ。そういうヤクソクだもんね。


 リルフィさまは夕食をとってすぐに寝てしまったが、わたしは興奮さめやらなくてベッドの中でこれまでのことを思い返していた。

 ほんとうに、冒険者って素晴らしい!!


 学校では見られなかったありのままのリルフィさまを、まいにちまいにちまいにち見ることができる。触れることも嗅ぐことも味わうことも聞くことも、五感すべてを愉しませてくれる。

 リルフィさまは、わたしを引っ張ってくれてかっこよくて、なんでもできる理想の人だと思っていた。

 でも、ほんとうのリルフィさまはお茶目で、おませさんな女の子だったのだ。


 隣でぐっすり眠るリルフィさま。

 手を伸ばさなくとも届く距離、リルフィさまと同じベッドの上で、全身でリルフィさまを感じる。

 ベッドが一つしかない部屋だから一緒に寝ないとダメだもんね。狭いベッドだからくっつかないと寝られないよね。しょうがないね。

 そうやって説得して一緒に寝ることができたのに、恥ずかしがってあっちを向いて寝てしまったリルフィさま。


 窓から差し込む月明かりに照らされて、リルフィさまが輝いて見える。

 流れるようなブロンドからひょっこり出た白い耳を見つけて、衝動的に咥えてしまった。

 丸くてかわいい耳を形づくる軟骨を甘噛みすると、心地よい反発が返ってくる。

 そのまま下にずれていくと、ふにふにとした耳たぶの感触。それを吸い上げたり、なめ回したりしていると、わたしのお腹のあたりがきゅんきゅんとしてきた。

 大きく息を吸い込んで、体じゅうにリルフィさまの匂いを行き渡らせる。

 呼吸するたび、ドキドキの音がおおきくなった。

 夕方、リルフィさまがキスをしてくれたところを意識して、あの感触を思い出そうとする。

 ちょっとだけ触れた、暖かい唇。恥ずかしくて紅に染まる顔を、必死に隠そうとしているリルフィさま。


「んー……、くすぐったい……」


 起きちゃった!?

 あわててリルフィさまから離れて、なにもしていない風を装う。

 わたしの唾液でてらてらと輝く耳を、リルフィさまは乱暴にかきむしった。

 そして寝返りをうって、こっちの方を向く。

 目は開いていない。長いまつげは、その奥に眠る蒼い瞳を遮ったままだ。

 発育が始まっている胸の双丘は、穏やかに上下している。

 リルフィさまの手が、わたしの腰に乗ってきて少しびっくりしたけど、そこにじわじわと熱を帯びる感覚がする。


 ああ、もうガマンできない。

 疼く下腹部に刺激を与えるために、腰に乗ったリルフィさまの手をとり、目的のところまでするりとずらしていく。

 リルフィさまの手のひらが、指が、爪が。

 そこに近くにつれて、今までにない興奮が、わたしの背筋を駆け上がる。

 ああ、ああ、ああ。

 冒険者って素晴らしい……。


 コツン、コツン。

 リルフィさまの手によって、クライマックスを迎えようとしたところで、部屋のドアがノックされる。


「……ちっ」


 気持ちが扉の方に向いてしまい、蓄積していた快感が途端に霧散する。

 どうしてこんな夜中に、と文句を言いつつ、リルフィさまを起こさないよう、静かに扉を開ける。


「……なに」


 犯人は豚。

 ちゃんと飼育してやったはずなのに、その目は反抗心に満ちている。


「……外で、こそこそ動き回っている人間がいるようです」

「どこかの『姫』を、探し回ってるみたいだよ」


 後ろ手に扉を閉めて、リルフィさまに見えないよう、聞こえないよう、遮断する。

 調子に乗っている乳牛の首を、両の手で掴んで壁に押し付ける。


「あがっ……!」

「まさか、ばらしたの?」


 醜く歪んだ顔を見せる乳牛の返答を待つと、わたしの首筋にひんやりと、刃物があてられる。


「そこまでです。……情報が伝わったとするなら、検問かあの商人からでしょう。マリオンを放しなさい」


 城の兵士にはわたしを追うなと釘を刺してあるから、嗅ぎ回っているのは王宮の関係者ではない。

 第三王女の肩書きは、王家の中では毛ほどの役にも立たないが、それ以外の人間に対しては切り札となるのだ。

 王家には誰もわたしを必要とする人間はいないし、わたしに逆らおうとする貴族や兵士もいない。

 検問が安全圏だとすると、確実にあの商人が火種だ。

 リルフィさまと一緒にいるために、学校では身分を偽っていて、それでもなんとかなっていたが。

 下賎な民には、情報の偽造だけでは通用しないんだ。

 第三王女の顔も知らないでわたしの相手をしてくれる地方貴族のリルフィさまはかわいいが、王都にいた商人はわたしの顔と正体を知っていたよう。

 面倒臭いなあ。


 乳牛の首から手を離し、手の汚れを念入りにはらって、宿の外に出る。

 まな板の方はナイフを突きつけてわたしを脅していたけれど、無視する。

 真っ暗な街の中は静寂に包まれている。

 少し歩いて路地裏に入ると、すぐにそれはやってきた。


「うほぉ! これは上物だ!」

「さすがエルフィードの第三王女!」

「売ったらカネになるぜぇ!」


 可憐なリルフィさまと違って、男という生き物はみんな同じ顔に見える。

 揃って下卑た笑みを浮かべて、汚い声で喚くのだ。


 わたしを捕まえようとして、目の前に人間が立ちはだかる光景。

 これは、リルフィさまとの初めて出会った時とおんなじ状況。

 幼いころのひと時が思い返された。


 さっき、中途半端なところで止まっていた興奮が再燃してくる。

 わたしは、迫る男どもをさっさと掃除して、疼いた股間をまさぐりながらリルフィさまとの出会いを回想した。

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