私、みちゃいました
翌日、私たちはエルフィード王国城下町の出入り口までやってきた。
護衛任務の集合場所である。
装備を買うお金がないため、服装は魔法学校の制服にローブ。
いつもの格好である。
ヘタに防具を買うよりも、防刃・抗魔法効果のある制服を着ていた方がいいという理由もある。
貴族の学校で事故があると問題になるため、丈夫に作られているのだ。
武器はユリア・マリオンのサブウェポンであるショートソードと弓矢を、それぞれ私とアリアに渡されていた。
もともと私たちは実戦経験が皆無なワケだから、戦力として数えられていない。
何かあった時に自分の身を守れるようにと、ささやかなプレゼントだ。
私たちが本格的に冒険者として活動するのは、隣町に拠点を移してからとなる。
「隣町までの護衛を引き受けてくれたのはキミたちかね」
少し待ってから現れた馬車の御者台から、依頼主である商人の男の声がかかる。ユリアさんはその人に挨拶を済ませ、早速出発することになった。
城下町から出るときには、検問がある。
犯罪者を外に出さないようにするためと称して、形式的に行われる流れ仕事。
だからユリアさんから気にしないで大丈夫だと言われていたが、後ろめたいことがある以上、ここが一番不安なところだった。
門兵に冒険者のドッグタグを見せて、しばらく。
魔法学校の制服はローブで隠していたが、さすがに顔は見せなければならない。
まるで裸になったような気持ちで、心臓をばくばくさせながらフードを外した。兵士とは目を合わせられなかった。
——と、しばらくしてドッグタグが無事に返ってくる。
続いて兵士の「通ってよし」との声。
本当だ。ユリアさんの言う通り大丈夫だった。
私たちはもういないはずの存在。リルフィとアリアの名前を特別に警戒されることはない。
貴族に重要なのは家名であり、家名が知られなければ個人の価値も知られざるもの。
家名を記載していないギルドカードは、私たちが無価値な人間であることの証明なのである。
そうして出ることのできた門の外。
魔法学校に詰め込まれていたため、街の外の景色を見るのは数年ぶりだ。
建物がひしめきあう城下町とは一変して、一歩外に出れば見わたす限りの大地である。
なにもない。
隣町まで街道が引かれているが、そこから外れれば遭難は必至。
怖くなって、私は商人の馬車からはぐれないよう、くっくついて歩くことにした。
「アリア、馬車から離れないようにね。気になるものがあっても見に行っちゃダメだよ。あと疲れたらすぐに言ってね。それとお腹が空いても言うんだよ」
「もうリルちゃん、わたしそんなに子供じゃないよ」
私の真後ろで静かに歩くアリア。
長いこと一緒に行動してきて、定着したポジションである。
長旅の経験のある私みたいな元地方貴族とは違い、生まれも育ちもここエルフィードだというアリアは、旅の怖さを知らないだろう。
はるか昔、私が学園に入学するために通ってきた時は、馬車に乗ってぼーっとしているだけだったが、今回は歩きだ。しかも商人の馬車を護衛しつつの行進。
馬車乗っているだけでも苦痛だったから、護衛しながら歩くことはもっとタイヘンなのだ。
油断は命取りになることを、アリアに言って聞かせる。
隣町までたどり着くには二日もかかる。
休まず常に全力疾走して、邪魔をされなければ半日でつく。しかしそれは理想論。
体力を温存しつつ、周囲を警戒しながらゆっくり歩くので、単純計算した時間の、何倍もの時間がかかるのだ。
——と、旅の過酷さを自分にも言い聞かせながらずっと歩いていたが。
一日目の旅路は、何事もなく終わった。
王都から近いので、治安は良い方なのだろう。
私の元実家の周りなんか、魔物がうじゃうじゃいるから、絶対に護衛がいないと動けない。
それはそうとして、問題は昼間ではなく、夜にあった。
「それじゃあ、アタシたちは交代で番をするから。リルフィはゆっくり寝てな」
日中、あまり私語をしなかったマリオンさんとユリアさんは、そう言って私たちをテントに残し、焚き火の方に行ってしまった。
地面の硬さを全身に受けながら、アリアと寄り添って眠ろうとする。
こんな寝心地の悪いところで、しかもこんなにも壁が薄く心もとない環境で、ぐっすり眠ることなんてできない。
でも寝ないと、明日に響いてしまう。
そんな板挟みにあって全然眠れず、むしろ目が冴えてくる悪循環に陥った。
そしてそのまま1時間、2時間と、体感時間が過ぎていく。
夜も更けてきたところで、のそり、と。
テントの垂れ幕が開く音がした。
一呼吸置いて、商人の声。
「おい、相手をしてくれよ」
商人は貨物を守るために、馬車で寝る手はずになっていた。それなのにここに来たということは、何か良からぬことを考えているだろう。
外にはユリアさんがいるし、手荒なことはできないはずだ。
このまま寝ているフリをして去るのを待つのが吉か、起きて対応をした方が良いか。
少し迷っていると、横でアリアが体を起こす音が聞こえてきた。
商人の息遣いが荒くなった気がする。
「……なに言ってるの?」
「そんな綺麗な顔をして、お前ら娼婦だろう」
アリアが商人に問いかけた。
商人の目的は、夜這いである。護衛として一切機能していない私たちは、そう思われても仕方なかったのかもしれない。
私を襲った兵士の下卑た笑みを思い出して、身震いする。
アリアに代わり、丁重に断って、帰ってもらおう。
パッと目を開け、無垢なアリアを守るべく、商人への対応をバトンタッチしようとした。
「は? ふざけないで。わたしとリルフィさまの空間を壊さないで」
え? アリア?
普段、私と喋っている時のほわほわした感じとは違う。
そこには、触ると怪我してしまいそうな鋭さを持ったアリアがいた。
「追加報酬なら出す。一度、上モノを抱いてみたかったんだ」
「……はぁぁ。これだから庶民は……」
アリアが立ち上がって商人の元に近づく。
このままではアリアが商人に好き放題に触られてしまう。そういう知識のないアリアは、なにをされているか理解しないまま、助けも呼ばず最後まで……。
すぐに助けなくては!
「消えろ」
「ぐえっ」
アリアの感情が一切抜けた一言と、カエルを潰したような声で、わたしの臨戦態勢は始まる前に消えた。
アリアが、商人の股間を思いっきり蹴り上げたのである。
ええええええ。
「まったく、下賎なサルどもは、リルフィさまの芸術性を理解せず、すぐに触れて、壊そうとする」
一言一言区切って、アリアは商人の股間をなんども蹴る。
「ウゲェ、グオぉ、ウグッ、〜〜っ……!」
商人は蹴られるたびに、身体中の空気を外に出しきるようなうめき声をあげる。
私はその光景を、ただただ見守ることしかできなかった。
「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……」
「あまり大声を出されるとリルフィさまが起きてしまうから、これで許してあげる。さっさと帰って」
最後にアリアは、うずくまっている商人に対して体重が乗ったキック。商人はテントの外へ転がって行った。
「さて」
アリアがこっちを向きそうになったので、ピシッと目を閉じる私。
アリアが音を立てずにこちらに寄ってきて、横になる音。
そして、アリアが私のアタマをゆっくり、ゆっくり撫でてきた。
「わたしがいるから、なにも心配することはないよ……」
吐息のような甘い声で、アリアは私の耳元で囁く。
私はアリアのやったことが信じられなくて、全力で寝ているフリをする。
耳にかかるくすぐったい息に反応しないように、心を理性の鋼で覆いこむ。
次第に、アリアの感触がなくなり、吐息が寝息に変わったのを確認。
満足して眠っていただけたようだ。
ふだん私に見せてくるアリアの姿とは違った商人への一面。
アリアつよい。アリアこわい。あれはなんだったんだ。
さっきの光景が目に焼き付いて離れず、アタマの中をぐるぐると回っていた。
結局、私は朝まで眠ることができなかった。
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