試合に負けて勝負に勝つ例
私が実技試験にかけた時間よりずっと早く、アリアは帰って来た。
ぶっ倒れていた私と違って、アリアは受付のお姉さんを伴い、自分の足で歩いてここまで戻って来た。
「アリア! 大丈夫だった!?」
「うん! 早めに降参、したからね!」
私の姿を発見して、ぱぁっと笑顔を広げて駆け寄ってくるアリア。よく頑張った、不安だっただろう、と私はアリアの肩をたたく。
彼女は私の忠告を聞き入れてくれたようだ。痛い目を見る前に降参したのだ。
か弱いアリアが、あんな鬼にいじめられるなんて、かわいそう。
アリアは私が守るから、無理をしなくていいんだよ。
「そこのキンパツ、と……もう一人の……」
二人でじゃれあっていると、受付のお姉さんに呼ばれる。
名前で呼んでくれないあたり、まだまだ認められていないのだろう。
私たちがカウンターに向かうと、鉄製の小さなドックタグを差し出された。
「それがギルドカードだ。冒険者としての身分証明になるから、なくすんじゃないよ」
「おお、ついに私も冒険者……。ありがとうございます!」
ドックタグにはチェーンがついていたので、早速首から下げてみた。
学校の制服にギルドカード。こんな社会の頂点と底辺を一緒にしたスタイル、過去にしたひとはいただろうか。
私たちはあれ以来、魔法学校の制服を着たまんまだ。そこに宿のシーツで作った大きなローブを羽織って、周りから注目されないよう、顔と服装を隠している状態である。
何日も着ている制服は黒ずんできて、においが染み込んできている。
やったこともない水洗いを手探りでやりつつ、騙し騙し使っている状態だ。
お金が溜まったら絶対に新しい服を買おう。
「自分でもわかっていると思うが、お前の初期ランクは最低の10だよ。危なっかしくて見ちゃいられない」
「ですよね……ははは」
まともに戦えなかったのだから、当然の結果である。
冒険者のランクは10段階。ユリア・マリオンコンビはランク6だ。
早く二人に追いついて、迷惑をかけないようにしたい。
「それと、そっちの……お嬢さんも、ランク10だ」
「ありがとうおばさん!」
「……おう」
アリアは失礼なことに、受付をおばさん呼ばわり。おかげでお姉さんはしょんぼりとしてしまったじゃないか。
私は受付のお姉さんに聞こえないよう、アリアを諭す。
大事なのはお世辞だ。第一印象が全てなのは、貴族社会でも同じこと。
「(こらアリアっ。どう見たってお姉さんでしょう)」
「(えー。だって50代の声してるよ?)」
「(それはほら、えーっと、不摂生! 受付も大変なんだよ)」
「……ごっほん!」
受付のお姉さんは大きく咳払いをする。
もしかして、聞こえてしまったのだろうか。
「早速仕事でもするか? 金がないんだろう、健康なキンパツちゃん?」
「は、はいー!」
青筋を立てて私を睨みつけるお姉さん。めっちゃ怒ってる。
私はこんなにも敬意を払っているのに、悲しきかな、お姉さんには通じていないようだ。
怖いのでアリアを連れてユリアの所にすっ飛んでいく。
「ユリアさん、登録が終わったので依頼受けましょう。……あ、その前にマリオンさんのおサイフ探さなきゃいけないんでしたよね」
「悪い、それはアタシの勘違いだったよ。荷袋に入ってた」
「なんだぁ。よかったですね」
私はリーダーのユリアさんと一緒に、依頼が貼り付けられた掲示板を見にいく。
当分は、私、アリア、ユリアさん、マリオンさんの4人パーティで動くことになるだろう。
「リルフィさんのこともあるので、早く隣町に移った方がいいですよね」
「そういえば、私って自由に表を歩けないんでしたね……」
私とアリアを知る人間に会ったら終わり。逃げ切ったとしても、次には指名手配されてしまう。こうなると違う街に行っても自由に動けなくなってしまう。
バレないうちにここ、首都エルフィードから出られれば、少しは自由に歩けるようになるだろう。
「そうなると、この依頼がいいですね。ちょうどいいのがあってラッキーです」
「えーと、護衛任務?」
渡された紙には、隣町まで商人の積荷を守り通すようにとの依頼内容。
必要とされるランクは、7とある。
「私たちがいれば、リルフィも上のランクの依頼を受けられるんですよ」
「へぇー」
持っていた紙を返すと、ユリアさんはカウンターに向かう。
私にアイコンタクトを送っている所を見るに、依頼の受け方を教えてくれるらしい。
カウンターは冒険者登録を行ったところとは別。さっきのお姉さんの方を見ると、不機嫌そうにシッシッと手を振られた。
「これ、お願いしますね。冒険者はユリア、マリオン、リルフィ、アリアの四名で」
「承りました」
ユリアさんがカウンターのひとに依頼表を渡すと、少しの間確認作業が入る。
「そちら、初心者の方のようですが、大丈夫でしょうか?」
「ええ、私たちがサポートするので」
「……まあ、凸凹コンビが一緒なら大丈夫でしょう」
「あ?」
凸凹コンビと呼ばれた瞬間、ユリアさんの態度が豹変。
さっきの受付のお姉さんの時もそうだったが、ある瞬間に、ひとって変わるものなんだなぁ。
気にしていると思って今まで言わないようにしていたけど、ユリアさんに胸の話はタブー。私、しっかり覚えた。
「人が悩んでいることを……!」
「ふふ、相方に揉んでもらいなさいな。はい、これ確認表です。集合は明日の朝です」
カウンターの人はニコニコして手続きを終わらせる。
ユリアさんは悔しそうに歯ぎしりしながら、私の胸を触ってきた。
……なにぃ!?
「ひゃあ!」
「……リルフィさん、14歳だそうですね」
「そ、そうですけど……」
「……っ! 今日は帰る!」
ユリアさんは顔を真っ赤にして、ドタドタと歩きながら外に出てしまった。それを見たマリオンさんも苦笑いしながら後を追う。
私は休んでいたアリアと合流して、ローブで顔を隠してから凸凹コンビを追うことにした。
「リルちゃん、あの女に何かされた? 耳が赤いよ?」
「ま、まあ、勝負に勝ったって、とこかな……?」
「さすがリルちゃん! 先輩冒険者に勝つなんてすごい!」
大丈夫。アリアとユリアさんはいい勝負。
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