実力テスト
私は今、受付のお姉さんと対峙している。
冒険者として登録する前に、実力を測るという目的だ。
冒険者には実力に応じて階級が定められているのだが、このテストで最初にどの階級が与えられるか決定する。
「遠慮なく掛かってきな。これでもちょっと前まで冒険者やってたんだ。温室育ちの小娘にゃあやられねえぞ」
お姉さんは渋い声で言い、木製の片手剣を構える。
「え、ど、どうすれば?」
戦おうと言われても、これが人生初の戦闘である。
魔法学校では基本的に、理論と簡単な実技しかやっていないので、戦闘時の振る舞いなんてまったくわからない。
お姉さんは見るに見かねて、武器立てから木剣をもう一本取り出して、私に持たせて来た。
「学校で習ったことをよく思い出しな。その通りに動けば戦える」
そんなこと言われても、剣術はもっぱらダメな私。
魔法実技の成績は学年トップであったが、人に向けて撃つなんて考えられない。
……。
あったなあ。人に向けて撃ったこと。
私を襲おうとする5人の兵士から逃げ延びるために、本能的に動いたあの時。
「来ないんなら、こっちから行くよ」
お姉さんは一息に距離を詰めて来て、木剣をおおきく振りかぶって私のアタマめがけて振り下ろす。
とっさに持っている剣を掲げ、来たる衝撃に思わず目をつむる。
「ビビってちゃあ、死ぬぞっ」
「——あぐっ!!」
手首に雷が落ちたような衝撃を受けたと思えば、次の瞬間、腹部に強烈な鈍痛が走る。蹴られたのだ。
目を開けば、前にいるのはお姉さんではなく、青々と茂った芝生である。
私は、痛むお腹を抑えながら咳き込んでいた。
「……困ったもんだ。本当に素人か。これじゃあ、すぐ死ぬね」
死ねない。
私にはやらなきゃならないことがある。
「……立ち上がったね。でも気合だけじゃあ、やって行けねえんだよ」
苦手だからという言い訳は、もう通用しない。
木剣を構えて、授業で教わったことを思い出す。
「やる気になったようじゃないか。イイねえ、これが戦闘ってもんだ」
お姉さんはさっきと同じように、腕をあげて剣を振り下ろそうとする。
熟練者の放つ重い一撃は、まともに受けていたら体が持たない。さっきはそれで怯んでしまい、そのスキに蹴りを入れられたのだ。
私はガラ空きになっている胴に向かって、木剣を突き出す。
お姉さんは攻撃を中断して、私の剣を振り払って来た。
再び訪れる手首への衝撃。こわれそう。
近接では勝てない。
なぜか。私は魔法使いだから。ならば、魔法を使えれば勝てるかもしれない。
魔法を使うためには、詠唱する時間が必要だ。詠唱するには、お姉さんの攻撃を止める必要がある。
兵士との戦いで、私はどうやって魔法を放ったか。なりふり構わず、兵士に頭突きをかましたからだ。
剣を持っているからといって、剣を使う必要はない。敵を攻撃するものは、全て武器なのだ。
「ほら、どんどん来ねえと面白くないぞ!」
お姉さんの横薙ぎ。
しりもちをつくように倒れ込んで回避する。
「無様なお嬢様だねぇ!」
お姉さんは挑発して、もう一度私に斬りかかる。
私は足元の雑草を土ごと掴み、お姉さんの顔に向かって投げた。
「んなっ!」
とっさに目をかばうお姉さん。
しりもちの姿勢から私は、お姉さんの足を思いっきり蹴る。
これで、スキを作れたか。
「炎よ、リルフィの名のもとに、顕現せよ……!」
手のひらに現れる火種に、魔力を詰められるだけ詰め込む。
そうしてできた、自慢の逸品を、お姉さんに向かって放つ。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
お姉さんは腕で庇おうとするが、近距離で暴発する火球はお構いなしに、全身を飲み込んでいく。
……あれ、やりすぎた?
「やーらーれ、てなーい!!」
お姉さんは剣を一振り。炎は嘘みたいに消え、のしのしと私の元に寄ってくる。
その顔はまさに鬼。
地獄から這い出て来た鬼。
仕留めたとは行かなくても、イイところまでいっていたと実感していた状態からの豹変。
私はその恐怖に、今度こそ抵抗する気を失って。
めのまえがまっくらになった。
あまりの恐怖に失神していた私は、ギルドのソファに横になっていた。
例によって、アリアが私のそばにつきっきり。
次はアリアの番なのに、私がこんな体たらくだから、不安にさせてしまっただろう。
「次、アリア。こっちきな」
私が無事に目覚めたのを確認した受付のお姉さんは、めんどくさそうにアリアの名前を呼ぶ。
「アリア、無理だと思ったらすぐに降参してね。私みたいになっちゃうから」
「うん。じゃあ、リルちゃん。いってくるからね。何かあったら大声出してね。すぐに助けに行くよ」
「ははは、アリアこそ、気をつけて」
友人の無事を願うように、私はアリアを抱きしめる。
絶対に傷ついて欲しくない。娘を送る父親のような気分を味わっていた。
さらさらな黒髪が、私の元を離れて見えなくなる。
戦闘になると性格が豹変したあの
不安を抑えながら、私はソファを立ってテーブル席にいる凸凹コンビに元に行く。
あ、さすがにユリアさんの胸は凹じゃないね。「口」だね。失礼。
先の戦闘から抜けきっていない興奮を理由に、命の恩人に対してこの上なく失礼なことを考え、席につく。
「ふう。冒険者って、すごいんですね!」
「う、うん……」
「……そうですね」
「あれ? どうかしたんですか? 顔色が優れないようですが……?」
ユリアとマリオンは、私が向かいに座っても俯いたまま、微動だにしなかった。
他愛のない世間話をしようにも、やっとのことで絞り出したような返答。
私がいない間に、何か嫌なことでもあったのだろうか。
「い、いや、まあ。……ちょっと財布を失くしちゃったことに気づいてね……」
「……っ」
「それは大変じゃないですか! 探さないと、生活できなくなっちゃう!」
宵越しの金は持たぬ。
冒険者は安定した収入が得られず、そういう生き方を余儀なくされる。
中堅の冒険者であるユリアとマリオンは、そこそこ稼いでいる方だが、それでも商人と比べればスズメの涙ほど。
今は、私たちの宿代も彼女らの好意で払ってもらっているため、一日の出費が激しいのだ。
「ユリアさんとマリオンさんはお財布を探しにいってください! 私はアリアが帰って来たら一緒に探しますから」
「……いや、なんと言いますか」
こちらに視線を合わせようとせず、どうも歯切れの悪いユリアさん。
私もどうすればいいのかわからなくなってしまい、しばらくの間、微妙な沈黙が漂う。
「……ユリア」
「……マリオン」
二人はお互いの手を合わせて、お互いの顔を見合って、何か決心したように頷いた。
「乗りかかった船だからね」
「リルフィさんがしっかり自分の身を自分で守れるようになるまで、私たちがついてあげます!」
「うん?」
ありがたいけど、どうしたのいきなり?
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