1章 衝動

冒険者になろう

 冒険者として生計を立てるには、冒険者ギルドへの加盟が必要だ。

 ギルドは冒険者として生きる者に仕事を与えるべく、国民からの依頼を集め、金銭のやりとりを行う。

 優秀すぎて自分で仕事を持って来られるプロの冒険者は、フリーの冒険者としてやっていけるが、普通の冒険者にはそれができない。

 だからギルドが仕事をあっせんして、誰もが仕事を受けられるようにするのだ。


 しばらくの間、冒険者コンビであるユリア・マリオンにお世話になり、療養していた私。

 だいぶ動けるようになったので、本日は巣立ちの第一歩としてギルドに登録にやってきた。

 ギルドは学校と違い、煤けた木材やなんの飾りもない明かりなど、上品に言うと、見た目より機能性が重視されている。ガヤガヤと野太い声で賑わっており、治安は良くなさそう。


「リルフィさん。そんなキョロキョロしているとヘンなのに絡まれますよ」

「冒険者と犯罪者は見分けがつかないって言うしねぇはっはっは!」

「ははは……」


 ついこの間まで貴族で魔法学校の学生だったのに、落ちぶれたものだなあ。


「リルちゃんは犯罪者なんかじゃないよ! ヘンなこと言わないで!」

「そういうアリアは犯罪的にカワイイなあ」


 私の影から威嚇する友人アリア。

 私が冒険者になるならアリアも、という流れでついてきてしまった。

 身分証明書が発行されるから、登録だけでもやっておくと便利だ。

 自分という存在の証明のために、決して安くはない登録料を払って小さな札をもらうなんておかしいと思うけど。

 そのお金を払ってくれる先輩方にはアタマが上がらない。 


 下卑た目線をちらほら感じつつ、誰とも目を合わせないようにユリアについていく。

 隣のアリアはきらびやかな貴族社会とはかけ離れた殺伐とした雰囲気に震える。

 私にくっつきながら周りを威嚇するのを止めて、前を見るよう促す。


「ほら、そこのカウンターで登録を済ませてきなよ」


 複数あるカウンターの一番端に、ヘルプデスクの札が掲げられたカウンターが、目的地のようだ。

 周りの視線をかき集めながらも、恐る恐るそこに近づいていく。

 一応、私も貴族だったのだ。

 筋肉モリモリの大男とか、刃物をギラつかせている目つきの悪い女とか、そんなのとは無縁な世界。

 なるほど、マリオンの言う「犯罪者と冒険者の見分けがつかない」というのは、こういうことか。

 ああいった感じの犯罪者が捕まっている光景は遠目で見たことがあるが、まさか自分がこういったこわい人々の輪の中に入るのは想像していなかった。


 ユリアとマリオンが目を光らせていたおかげで、なんの障害もなくカウンターについた私たち。

 態度の悪そうな赤毛の女性が、めんどくさそうにこちらを一瞥した。


「……登録?」


 そう歳はいっていなさそうなのに、ガラガラな声で聞いてきた。


「お、お願いします。私と、こちらの子の二人です」

「……あんたら、いいとこ育ちだね。見りゃわかるけど」


 魔法学校の制服姿の私たちを見て、受付のお姉さんは鼻で笑う。

 受付は二枚の紙を乱暴に差し出してきて、そこに個人情報を記載するように示した。


「字は書けるだろう。細かいことは聞きゃしないが、生半可な気持ちで冒険者なんかできねぇよ。簡単に死ぬぞ?」

「大丈夫です。冒険者にならなくても死ぬだけなので」

「はっ。そりゃいい」


 手垢で汚れた羽ペンをとり、必要な情報を書いていく。

 名前、リルフィ。家名はもうない。

 歳、14。

 住所、空欄。

 特技、魔法。

 実践経験、なし。

 欄の大きさに対して書けることが少なすぎて、悲しい気持ちになってくる。

 これから冒険者として頑張って、書けることが増やせたらいいね。


「書けたね。じゃあ、実技と洒落込もうじゃないか。黒髪の嬢ちゃんは少し待って、キンパツの方はこっち来な」


 待って実技とか聞いてない。

 しかも一人ずつ。

 動揺して動けないでいると、受付はニヤニヤしながら私の腕をわしづかみ、ギルドの裏口から広場に連れられてしまった。




・・・・・・・・・・・




 リルフィさまが連れて行かれた。

 わたしは書き終えた書類をそのままに、空いたテーブルに座る。

 本当はリルフィさまから一秒たりとも離れたくはないが、冒険者になれば二人っきりの時間が増えるから、いまはガマン。


「——アリアさん、あなたにずっと聞きたいことがありました」

「君らが元貴族だからってことで、アタシら最底辺の人間は警戒せずにはいられない。何かあるといけないからね。少し調べさせてもらったよ」

「……なに?」


 ユリアとマリオン。

 リルフィさまとの時間を邪魔するメスブタ2匹。


「リルフィ・ノーザンスティックスといえば、誰が聞いても知らないような地方貴族ということはわかりました」

「……酷い言いようね」

「でも、あなたは違うよねぇ。アリア・ヴァース・C・C・エルフィード。エルフィード王国の第三王女さま?」


 乳を垂らした乳牛が、周りに聞こえないようにわたしのフルネームを呼ぶ。

 最近のリルフィさまの目線は、終始この乳に向いており、いつかもぎ取ってやろうと思っている。

 学校でも重職以外には秘匿していたわたしの素性を調べるとは、やはり野蛮な野生動物どもは鼻がいい。


「……で?」

「リルフィさんと一緒の時とは、まるで別人ですねアリアさん。それがあなたの本性ですか?」


 壁が喋っている。壁は喋らないはずなので、わたしには何も聞こえない。

 興味のないものはどうでもいい。リルフィさまのそばにいたいという想いだけが、この瞬間にも積み上がっていく。


「何が目的なんだい?」


 乳牛が顔を近づけ、わたしの目をまっすぐ見る。

 やめろ家畜臭い。

 思わず顔をしかめてしまう。


「末席とはいえ、一国の王女さまが家出とは、褒められた話じゃないよね」

「さらに無名な貴族を貶めて、一体あなたになんの得があるのでしょうか」


 全て調べられているようだ。

 わたしが魔法学校の人間を利用して、リルフィさまを退学させたこと。

 学校関係者に話を聞けば、すぐに調べがつく。

 まあ、わたしが何をしたか知られても、全くなんにも問題ない。

 そんなんで勝った気になる2匹のメスブタは、なんともまあ、家畜にぴったりな知性をお持ちのようだ。


「ふふふ。ふふふふふ」

「なに笑ってるんだ」

「図星を突かれて笑うしかない、と?」


 情報を集める能力はあっても、そこから考察する知性がない。

 好き好きに鳴く動物の姿といったら、なんと愚かしいものか。


「ああ、なんて醜い。リルフィさまの尊さを理解できず、どうでもいいことで騒ぐメスブタども」


 つい本音を漏らしてしまう。

 それを聞いた2匹は、顔を真っ赤にして立ち上がり、わたしの襟首を掴んできた。


「……あまり、冒険者をナメんじゃないよ、お姫様」

「優しい顔をしていられるのも、今のうちです。すぐに謝れば許してあげます」


 うざい。


「——っ!!」

「あ、てっ、手がっ!」


 使い勝手の良い切断の魔法で、動物たちの手をチョッキンして、拘束から逃れる。

 ボトリ、と落ちた手を拾って、持ち主に返してやることにする。


「そんな簡単に落とすなんて、ものを大切にする気がないのね」


 治癒の魔法でくっつければ、最初から何事もなかったように。

 豚とはいえ、リルフィさまのお気に入り。

 わたしなんかが傷つけてしまったと知られれば、わたしがリルフィさま捨てられかねない。

 それではわたしがここまでやってきた意味がなくなってしまう。


「あ、あ、あ、」


 2匹は不満そうな目でこちらを見てくる。

 せっかく直してやったのに、野生動物は感謝の仕方も知らないのだろうか。

 あ、返すほうを逆にしてしまったのかな。


「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 もう一度切断を施して、2匹の手を入れ替えてやる。

 どうだ、これで満足でしょう。


「ああ、なんか調べてたっぽいけど、リルフィさまにはナイショね? ばらしたら、わかる?」


 そう言うと、豚どもはぺたりと座り込んで、臭い液体を垂れ流し始めた。

 もう、躾がなっていないね。

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