そして決心する私

「——ん! ——リル——ちゃん!」


 音が聞こえる。

 次第にそれは声だと認識し、さらに友人アリアのものであると分かり、私の意識が戻っていく感覚を得た。

 目を開けると、視界はぼやけていて、近いものから徐々に見えてくるように。

 自分のブロンドの前髪、こちらを覗き込むアリアの顔、木造の天井。


「……あれ?」


 そこは屋内であった。

 確か兵士から逃げて洞窟に逃げ込んだのだが、辺りを見渡した感じ、どこにも洞窟要素はない。


「リルちゃん!! よかったぁぁ〜〜!」


 アリアの長い黒髪が私の鼻に垂れてきて、くすぐったい。

 大きく赤い瞳に、みるみるうちに涙が溢れていく。

 そして、兵士に頭突きをした時にできた傷をいたわるように、アリアは私のアタマを優しくなでてきた。


「痛っ」

「ご、ごめんねぇリルちゃん!!」


 回復魔法でもかけてくれるといいんだけど。

 アリアは使えないのかな?

 必修だけどな?

 私は苦手だけど。


「……アリア、ここは?」

「街の宿だよ! あのひとが助けてくれたんだよ!」


 アリアはその恩人がいるであろう空間を指差す。

 顔はこっちに向きっぱなしなので、なんだか失礼な状態だ。

 指し示された方向には、ひとが二人、テーブルに座っていた。

 視界がまだまだぼやけていて、しかも逆光になって、そのひとたちがどんな顔をしているのかわからない。

 シルエットから、おっぱいが意味わからないほど大きい方と、驚くほど小さい方のコンビだということだけは把握した。


「あの……」

「ふふ。あなたはまる2日、寝込んでいたのですよ。リルフィさん」


 壁……間違えた、おっぱいの小さい方の恩人が返事してくれた。

 彼女が椅子から立ち上がると、ポニーテールゆれる。

 それにしても、二日も寝込んでいたのか。

 飲まず食わずだろうに、そんなにずっと寝ていて大丈夫なのかと不安になる。


「アリアったら、ずっとキミのそばから離れないんだもんね」


 と、おっぱい大きい方。

 こちらは歩くと胸が揺れる。

 ぶるんぶるんと下品な音を立てながら、爆弾が近づいてきた。

 何かと揺れる恩人ふたりに対して、起き上がって向き直ろうとしたが。


「……あれっ」

「リルちゃん!」


 急に目眩に襲われて枕と再会。

 やっぱり二日も寝込んでいたから体力がなくなっているんだ。

 慌てるアリアを制して、寝ながら恩人と話すことにした。


「……あの、私たちを助けてくれたんですか?」

「そうですね。リルフィさんが私たちのキャンプ地に走りこんできて、いきなり倒れるんですもの」

「血だらけでびっくりしたよねぇ!」


 はっはっは、と、爆裂ボディの持ち主が笑う。

 賑やかな性格。

 一方の壁……間違えた、とても身軽そうな恩人様は、比較的おだやかな性格だ。

 静か笑い、私の方に寄ってきた。


「調子はどうですか? 未熟ながら、回復魔法で止血しましたが……」

「は、はい。ありがとうござい……いった~!」


 脇腹を刺されたことを思い出した途端、ズキリと脇腹が痛む。

 思い出したせいで傷が開いたじゃないか!


「リルちゃん! 死なないで!」

「死なないよ」


 自分の怪我を実感して、ようやくアタマの中の整理がついてきた。

 そうだ、あの洞窟でこのふたりと出会ったのだ。

 兵士から命からがら逃げた私たちは、運よく胸部装甲厚薄コンビの野営部屋に逃げ込んだ。

 

 彼女たちは、冒険者だった。

 ダンジョンに眠る薬草や鉱石などを採取したり、凶悪な魔物を退治して素材を集め、報酬を得て生活する肉体労働者。

 私たちが無防備に洞窟に走りこんで無事だったのも、彼女たちがあらかじめ周囲の魔物を倒していたからなのかもしれない。


「ありがとう、ございます。えっと……」

「ユリア、と申します。呼び捨てで結構ですよ」

「アタシはマリオンだよ。冒険者は助け合い精神なんだから、そんなかしこまらなくていいんだぞ」


 ぺっっったんこがユリア、ボヨンボヨンがマリオン。

 しっかり覚える。

 ひとの名前を覚えない私だから、交友関係イコール地位の魔法学校でヒドい目にあったのだ。

 今度から気をつけよう。


「改めてありがとうございます。…………あー、ゆりえさんと、まりこさん?」

「ユリアです」

「マリオン」


 そうそうそれそれ。


「……見た所、魔法学校の学生様のようだけどさ、あんなところで遊ぶのは危険だよ? って、思い知ったよね」

「こらマリオン。何か事情があるに決まっているでしょう。あそこの魔物はあんな傷をつけられません」


 私の傷は魔物によるものではなく人間の攻撃。

 投げられた剣が脇腹をえぐりとったもの。


「冗談さ。ま、あんなことがあったんだし、色々事情がありそうだよね」

「あんなこと……?」


 私の知らない間に何か事件でも起こったのだろうか。

 魔法学校の学生が怪我してダンジョンに転がってきても納得するような事件が。


「まあまあ、病み上がりだから焦らずに。食事でもして一度落ち着きましょう?」


 という言葉で、空腹なのに気付く。

 言われてから反応する私の身体、なんなの?




・・・・・・・・・・・




 湯。


 病み上がりでお腹を驚かせないためだと、渡されたのは、湯。

 身体は肉を欲している。


「はいリルちゃん、あーん」

「あーんして食べるものじゃない」


 カップを突き出されても、全然届かない。

 もしかして、口をあけたらそこに流し込む気?

 そんなことをさせないよう、アリアからカップをうばい取った。

 そして一口。

 うん、マズい。

 人肌と同じくらいの温度の湯には、申し訳程度の小麦粉が溶けていて、なんだか焼く前のパン生地を食べているような背徳感。

 まずは流動食でお腹をならすらしいが、こんなにもマズいと逆にびっくり。

 味わわないようにして飲み込むと、脇腹がズキリ。


「あいたたたた」


 ほんの少しのお腹の動きが傷口にひびく。

 ユリアさんの回復魔法のおかげで大きな傷はふさがっているものの、あまり質の良くない施術のせいか、痛みなんかは残っている。

 そもそも魔法自体が貴族の技術だから、この状態でも文句は言えない。

 冒険者が使えるのは奇跡と言ってもいい。


「あああリルちゃん~~」


 心配してくれたアリアが追加で回復魔法をかけてくれたが、傷自体はもうふさがっているので効果がない。

 っていうかあなた、使えるじゃないですか、回復魔法。


「いっそわたしもリルちゃんと同じくナイフで切腹」

「しないでいいし意味がないよ」


 というふうに冷静な判断ができなくなっているから、高望みは禁物。

 魔法学校という、貴族の学生が一応守られている環境から急に追い出されて、急に身軽に動けるワケがないのだ。

 慌てふためくアリアの姿があるからこそ、私が私を保っていられる。

 私のアタマが動くうちは、ちゃんと守ってやらないと。


「もう飲んじゃった」


 慌てふためくアリアを眺めながらカップを傾けていると、いつの間にか空っぽになっていた。

 まだまだ空腹感はあるんだけど痛みもあって食欲がわかない。

 痛みのせいで眠れそうにもなくて、もう、なんでこんなに痛いの!!


「……それで、私が目を覚ますまでになにがあったんですか?」


 不自由へのイライラを隠して、ユリアとマリオンに話しかける。

 ふたりは武器の手入れを中断して、椅子をこちらに向けた。


「魔法学校で爆発が起きたらしいですよ」

「ば、爆発……?」

「いつもどおり、アタシら一般市民への説明はまったくなーし。お偉い貴族様同士の内輪もめって噂だね」


 私が追放されたあと、学校でなにがあったのだろう。

 ここエルフィード王国城下町の端にある魔法学校は、高い塀に囲われていて、世間とは完全に隔絶されている。

 エルフィード王国貴族の子供はそこで領地経営学を叩き込まれ、剣と魔法で領民を支配するための武力も、徹底的に鍛えられるのだ。

 だから先生はモチロン、上級生であれば誰でも爆破なんてできると思うけど……。

 私の一件と無関係とは思えない。

 でも、そんなひとは心当たりがない。


「アリア、やった?」

「……?」


 首をかしげるアリア。

 かわいい。


「では、今度はあなたたちのことを聞かせてもらえますか?」

「事情によっては面倒を見てやらないこともない」


 私は丸二日寝ていたのだから、その間にアリアが事情を説明していなかったの?

 アリアに目線をやると、にっこりと微笑みを返された。

 そういうことじゃないよ。


「リルフィさんをとても心配して、片時も離れなかったんですよ」

「お友達は大切にね。いざという時に助けてくれるのは親友だからね」


 お互いに拳を合わせるユリアとマリオン。

 命がけの世界で生きる冒険者の言葉。

 アリアの手を握り、これまでのことを話すことにした。


「私たちはごくふつうの魔法学校の学生だったんですけど——」


 いつもと変わらぬ何気ない日常。

 昼休みに、アリアとお昼ごはんにしようとしたところ、どこからともなく先生たちがやってきた。

 話があると言われてついて行くと、まるで法廷みたいな部屋に通される。

 裁判官は校長、検察官は先生、証人は学生、弁護士はなし。

 そんなところで一方的に罪をなすりつけられ、一瞬にして貴族位を剥奪され、反論も何もできないままダンジョン送りにされることに。

 私をかばってくれたアリアも共犯者として仕立て上げられ、一緒に処罰された。

 私たちを連行した兵士は、私たちに乱暴しようとしたため、命からがら逃走。

 

 話すことで、自分の中でも記憶の整理がつく。

 おかげで、男の醜悪な表情を思い出し、吐き気を催し。


「ぅ、うぅ…………!」


 さきほどの食事を全部戻してしまった。

 そのせいで脇腹が痛み、より一層あの記憶を鮮明に思い出し。

 守るべきアリアの手を強く握ってしまった。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 服が汚れるのもいとわず、抱きしめてくれる。

 その暖かさに、涙を染み込ませる。


「す、すみませんっ、辛いことを思い出させてしまいました」

「もういいから、ここは安全で、アタシたちがついてる」


 恩人に気を遣わせてしまい、必死に平静を取り戻そうとした。


「いえ、助けてくれて……ありがとう、ございますっ……!」 


 強がり。

 すべて失い、ユリアとマリオンにすがるしかない状況で、迷惑だと思われるワケにはいかない。


 突然、冤罪による退学処分を受けた謎は未だにわからないが、事実は事実。

 弱肉強食の貴族社会から淘汰された身としては、原因究明よりもまず、自分たちの安全を守るように振る舞わないといけない。

 そんな私の覚悟が伝わったのか、ふたりもあたふたするのをやめた。


「貴族位も剥奪されて、住むところも働くあてもないよねぇ……」

「お国に見つかれば面倒ごとは避けられないでしょうし、厳しいようですが普通の職には就けないでしょう」


 一応、私たちはもう、死亡したことになっているのだろう。

 兵士たちは元々、私たちを殺す気であそこまで連れ出したのだ。

 かろうじて逃げ出したとはいえ、まだ十代前半で魔法の習得も満足ではない私たち。

 そんな子供がダンジョンに逃げ込んだって、常識的に考えて生き延びるワケがない。

 しかも私は重傷を負っていたのだ。

 冒険者に出会えたのは奇跡であり、学園関係者も予期していないハズ。

 死亡判定の可能性は高い。


 しかし、これから私を知る貴族や兵士に遭遇すれば、次はない。

 なぜ冤罪で殺されそうになったのか。

 それは、口封じのため。

 未成年の学生を冤罪で追放した事実を隠蔽するために、確実に殺しにかかってくるであろう。


「リルちゃん、わたしがついてるからね」


 アリアが勇気づけようとしてくれる。

 私にとってアリアは巻き込んでしまった存在であり、どうにか平穏な日常に帰してあげたい。

 憧れの貴族である彼女は、血が流れる場所なんかとは無縁でいなければならないのだ。


 ……私に力があれば、全てが丸く収まる。


「冒険者、か」


 恩人ふたりの格好を見て、思わず漏れた言葉。

 それは、彼女の言う「普通じゃない職業」のひとつ。

 冒険者とは聞こえのいい言い方で、決まった住所もなく安定もせず、日銭を稼いでなんとかやりくりしていく根無し草というのが実情。

 ……私たちにはぴったりな生き方じゃないか。


 今の私たちが、幸せを手に入れるには、どうすればよいか。


 人目を避けながら、冒険者稼業で細々と暮らしていく。

 顔を覚えられないように、移動を続け。

 最後には国外へ、逃亡。

 そうして私たちはようやく自由という名の幸福を得る。


 思わず笑みがこぼれる。

 このエルフィード王国は周囲から孤立した半島。

 海路は船を寄せ付けない岩礁と異常な潮流に囲まれ、陸路は踏み入った人間に災いを与えるとされる山々が連なる。

 外国人など見たことがない。

 国外に出た人も存在しない。

 そんな閉鎖された国から逃げ出すなんて、冗談でしか言えないこと。


「——私、冒険者になる。なってやる」


 私たちにはそんなバカげた手段しか残されていない。

 この国にいる限り、安心できない。

 たとえここで安全が確保されたとしても、こんなくそったれな国では生きたくない。

 国外で、生活拠点をつくって、アリアを保護して。




 そして最後に、私はここに戻り、復讐を成し遂げる。



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