退学の次には

 あっという間に貴族位を剥奪され、ただのリルフィとなってしまった私。

 寮に戻る間も与えられず、ひきずられるように学園から連れ出される。

 あんな場所には特に未練はなく、逃げる気もない。

 もう少しやさしく連行してほしいものだけど。

 学園を囲む高い塀に沿って進み、市街地からはどんどん離れていく。

 しばらくして連れ出された先は、牢屋ではなく洞窟であった。


「へ、へへ。罪人に人権は、ないよなぁ?」


 これまで無表情だった5人の兵士は、だらしなく顔を歪め、私たちを包囲する。

 私たち、というのは、共犯者として一緒に連行された友人、アリア・ヴァースが隣にいるからだ。

 唯一の友人がこうして一緒にいるワケだから、学園には何も残っていないのだ。 


「最期に気持ちよくしてやんよぉ」


 多数の男に少数の女が混じれば、必然的にこうなるのだ。

 私の故郷でもそうだった。

 田舎の領地には道徳観など存在しない。

 言葉を喋ってはいるものの、魔物の巣の中と同じ環境なんだろう。

 男と女が密着してなにかやっている光景を、窓越しによく見ていた。

 低く威圧的な声と圧倒的な腕力を持つ男と、非力な女。

 カミサマはどうしてこんなに不平等にカラダを創ったのかと、子供ながらに感じていた。

 そして今日、その不平等が私たちにも襲いかかってきた。


「やめてください」


 と言って見たものの、これは相手を興奮させるだけの逆効果。

 ここで泣いても怒鳴っても、男の征服欲を満たすスパイスにしかならない。

 分かっていても、ありもしない希望にすがってしまう私は、まだ助かることを諦めていないのかもしれない。


「おう、いい声で鳴けよ?」


 体に巻かれていた縄が解かれる。

 拘束しなくたって蹂躙できるのだと、そういう傲慢さを煮詰めた先の行為。

 自由になったところで何か行動しようとする前に、背中を突き飛ばされた。

 別の兵士が密着してきて、後ろから腕をねじりあげられる。


「ううっ」 


 無理な方向に腕が曲げられ、痛みとともに私は再び身動きが取れなくなる。

 こうしてリアルな痛みが与えられ、いよいよ私も昔見た光景と同じようになるんだと、恐怖心が芽生えだす。

 男に掴まれる女。

 屈辱と苦痛に歪んだあの表情。

 よく見知る領民同士ですら残酷な場面が出来上がるのに、それが悪意に満ちた兵士と未成年の私たちならどうなってしまうのか。


「お前はな、ここで俺らと遊んだあと、この洞窟に捨られてるんだよ」

「罪人の行方なんて誰も気にしねえからなあ!」


 無実の罪で、事実上の死刑。

 この世で最も重い処罰だ。

 貴族の集まる魔法学校では、気に入られないことが最大の罪。

 目の前の兵士たちが鎧を外し、その金属音が鳴るたびに男の息遣いが荒くなっていく。

 一方で、私を拘束する兵士が耳元で囁くように言う。


「洞窟にはゴブリンやらスライムやら、うようよいるぜ。お前はどうやって死んじまうかなぁ? 抵抗して苦しんで死ぬか、ここで俺たちに服従して意識も命も天にトんでイクか」


 お先真っ暗。

 吐き気がする。

 泣いて喚いて、自らで命を絶つ方が楽だ。


「やだ! 痛い! やだ! リルちゃん! 助けて! おとうさん! おかあさん!」

「……!」


 楽だが、隣にいるアリアの悲痛な叫びに、理性を放棄できなくなった。

 アリアは私の冤罪をかばって巻き込まれただけ。

 本来ここにいるべきではない存在なのだ。

 少しでも抵抗して、なんとか彼女だけでも逃してあげたかった。


「貧相な身体しやがって、逆にそそるぜぇぇ!!」

「おら、大人しくしてろよぉ!」


 横目で見ると、同じく拘束されたアリアが制服のローブを脱がされようとしていた。

 細身のアリアが必死に抵抗しても、男二人にはまったく通用しない。

 キレイな黒髪を振り乱し、涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃになったアリアの顔は、今まで見てきた友人の表情からはあまりにもかけ離れていて、見ていられない。


「や、やめろ!」


 思わず叫ぶ。

 駆け出しそうにもなったが、私を拘束する男のチカラに全く抗えない。


「おお? おトモダチがひどい目にあってるのは許せないか?」

「尊いねぇ!」


 田舎貴族の自分になら覚悟とか我慢とかでなんとかなるだろうが、アリアは温室育ちの貴族さまそのもの。

 貧乏貴族だった私の、憧れなのだ。

 そんなアリアには、こんな最低な現実を知って欲しくない。


「炎よ、リルフィの名のもと……ぁぐっ」

「おっと、魔法は使わせないぜ」


 発動できればラッキーだと思って唱えた詠唱は、あんのじょう口を塞がれて不発に終わる。

 でも口を塞がれたことによって少しだけ体勢が代わり、ほんの少しスキができた。


「こ、のぉぉっ!!」

「なに!?」


 死にものぐるい。

 腕の骨を折る覚悟で思いっきり体をひねって、兵士からの拘束を逃れる。

 パキリという音に続いて、後からやってくる肩への激痛。

 幸いなことに脱臼で済んだ。

 しかしここで止まるわけにはいかない。

 痛みを我慢しながら、真後ろにいる兵士に向かって飛び込み、アゴを目がけて頭突きをする。

 兵士の兜に当たって、私のアタマが切れた感触がしたが、しっかり有効打を与えることができたようだ。

 脳震盪を起こして真後ろに倒れた兵士を確認して、すぐにアリアの助けに入る。


「炎よ、リルフィの名のもとに顕現せよっ!」


 アリアを拘束していた兵士に向かって、炎の魔法を放つ。

 学生が放つような基礎魔法でも、動揺を誘うには十分だ。

 兵士の手がアリアから離れた瞬間を見計らって、一気に駆け寄っていく。


「させるか!」


 兵士の1人、私たちが逃げ出さないように警戒役をしていたやつが、すかさず抜いた剣を投げてきた。


「リルちゃん!」

「――ぃ゛っ!」


 アリアの叫びは飛んでくる剣を知らせるものだった。

 それに気づかなかった無防備な私の脇腹に、まっすぐ剣が刺さり、途端にあかい血が、黒いローブをさらに黒く、染めていく。


「こんなところで、まけて、たまるかっ!!」


 アリアの手をとって、さらに走る。

 脇目もふらず、走っていく。

 一歩踏み出すごとに、血が、ボタボタと、散っていく。

 これは体を軽くしているだけなのだ。

 問題ない。

 なんともない。


「リルちゃん! だめ! だめだよぉ!」


 今は止まる方がダメ。

 兵士が追ってこないように、隠れられるように、洞窟の暗がりへと進んでいく。


 背後に足跡は聞こえなかった。

 興が冷めたのだろう。

 抵抗するような人間、しかも魔物がいっぱいの洞窟に向かって行くような自殺志願者を、無理に追っても楽しくはない。


 入り口が見えなくなって、外からの光源が絶たれる。

 しかし、この洞窟はダンジョンと呼ばれる魔法の建造物で、中は魔力の光でうっすら明るい。

 そんな道を右へ左へ。


 簡単に追ってこられないよう、奥まで走り続ける。

 夢中だった。

 私たちを襲う魔物に、出くわしていたかもしれない。

 その魔物を、魔法で追い払っていたかもしれない。

 もはや自分が何をやっているのかもわからず、しかしアリアの手だけはしっかりと握り続ける。


 そうして辿り着いた小部屋。

 魔物がいない部屋。

 なんだか暖かい光が見える。

 その光を求めるように歩んで、すぅっと、意識が飛んでしまった。


 ――。




・・・・・・・・・・・




 男。

 汚い、臭い、気持ち悪い。


 リルフィさま。

 綺麗、香ばしい、気持ち良い。


 あれとリルフィさまが同じニンゲンだなんてぜったいに認めない。

 わたしなんかとも同じ種だと言ってもおこがましい畏れ多い。

 リルフィさまはリルフィさま一人で種を形成しているといっても過言ではない。

 種、というか神ではなかろうか。


 そんな神に男どもはベタベタベタベタベタベタベタベタ触れやがって。

 でもリルフィさまと愛を育むためには、まだ耐え時だった。

 分かってはいても、理性が感情を抑えきれなくなり、ちょっとだけ我慢の限界を越した。

 それはもう、穴という穴から液体を撒き散らしてしまった。

 この世で最も尊いリルフィさまにたいして、無様な顔を見せてしまった。

 すぐ近くにもっときたない男がうじゃうじゃとのさばっていたから、ある程度カバーできていたと信じたい。

 そんなきたないわたしを必死になって助けてくれたリルフィさま。

 血だらけになりながらも、焦点の定まっていない目で、わたしに手を差し伸べてくださった。

 ああ、なんて尊い。

 そのままキャッチアンドベッドインしたかった。

 思い出しただけで全身がうずく。


 まだ耐えなくては。

 男に生々しい恐怖を見せられたリルフィさまは、とってもセンシティブな状態。

 無闇に触れれば壊れてしまう。


 リルフィさまをそんな状態にした男共は洞窟に入る直前に始末しておいた。

 高熱の魔法で男共の口と肛門を結合させて、汚物を循環させる回路を構築した。

 環境汚染から自然を守るのに貢献し、リルフィさまが暮らすセカイをより良くすることができた。

 ほんとうは市街地にいる汚物達も処理する自律走行機能をつけたかったけど、そこまでする時間も技量もなかった。


 自分自身の未熟さを思い知る。

 こんな未熟な技量でリルフィさまと添い遂げられるのか。


 不安が急に胸の中を支配する。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 魔法を練習しないと。

 魔法は使わないと上達しない。

 そうだ、男に触られたところを魔法で消毒しよう。

 汚れはローブを突き抜けて肌にまで達しているにちがいない。

 気持ち悪い、きもちわるい。


 消毒はどうやってやればいい。

 洗い流す、吹き飛ばす、焼き切る、取り除く、……。

 全部、全部やらないと。


 水流魔法で患部を念入りに洗浄、汚れがとれた気がしない。

 突風魔法で水分ごと吹き飛ばすも、意味がないと感じた。

 だから焼却の魔法で自分の身を焼いた。

 リルフィさまのためなら痛みなんて感じない。

 焼いて焦げたところを切断魔法で切除し、回復魔法で補填する。

 まだ足りない。

 同じサイクルを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返し、確実に汚れを駆除する。

 完全にきれいな身でいないと、リルフィさまと一緒にいる資格がない。


 ……。

 何度も何度も何度も身を清めて、リルフィさまが目覚めるまで、リルフィさまのアリアを取り戻す作業に専念した。


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