セカイでいちばんのわたし

スズキ風三租

第一部

プロローグ

絶望する少女と、それを眺める者

「万引き、無銭飲食、器物破損、暴力沙汰……。数々の校則違反、いや犯罪行為について、言い分はあるかリルフィ・ノーザンスティックス」


 これは裁判である。

 目の前には怖い顔をした校長と、それを取り巻く教師陣。

 左右を見渡せば、被害者ヅラして傍聴している学生たち。

 私を突き刺すみんなの不快な視線、視線、視線。


 ごく普通の学生である私に降りかかってきた災いは、この時から始まったのだ。

 私がここに立つ理由は、残念なことにまったく心当たりがない。


 面倒な諸事情と言えば、ここが貴族の学校であること。

 それと私の家は国の端の端に小さな領地をもつ、ありんこのような弱小貴族というところか。

 つまるところ、他の貴族が何かの体面を保つために、いてもいなくても変わらない私のような無名貴族をおとしいれたのだろう。


「リルちゃんは何もやっていない! この子はそんなことをするような子じゃない!」


 私の友人であるアリア・ヴァースが、私を断罪せしめんとする雰囲気にあらがい、弁護をする。


「リルフィ・ノーザンスティックスの人格などは意味を持たない。重要なことは罪を犯した事実のみだ」


 校長が言うと、傍聴席から数人が出てきて、私の前に並ぶ。


「購買でアルバイトをしている者です。この人は購買の商品を、店長の目を欺いて持ち去ったのです。ちょうど品出しをしていた私は、その瞬間を見てしまいました」


「ウチの食堂はねぇ食券式なんだけどねぇ、こいつったら偽の食券を大量に作っているのよぉ。食券のデザインを変えた時にボロを出したわぁ」


「リルフィ・ノーザンスティックスは破壊衝動が強いようです……! 僕が放課後、委員会の仕事で少し遅い時間に帰路につくと、学園長の銅像に爆裂魔法を放っているリルフィを、見てしまいました……!」


「私はリルフィ・ノーザンスティックスの魔法で、怪我をしました。成績優秀な私に嫉妬していたのでしょう。唯一私に勝てる魔法実技で、リルフィは事故を装いつつ、私めがけて火炎魔法を放ったのです」


 まったく身に覚えのない証言が順番に唱えられていく。なぜこうも事実無根の出来事がでっち上げられるのか。

 この場での私の信用は地に墜ち、誰に何を言っても受け入れられないだろう。


「なんでそんなこと言うの!? リルちゃんに言いがかりをつけないでよ!」


 唯一、友人であるアリアはこちらを守っていてくれるが、その行為は彼女のためにならない。


「アリア・ヴァースはリルフィ・ノーザンスティックスの友人だな。そこまで必死にかばうとは、さてはお前も共犯者だな」


 校長の意識が私からアリアへ。こうなってしまうから、犯罪者をかばうことはよろしくない。

 今にも校長に掴みかかって行きそうなアリアを手で制す。

 今さら冤罪が犯罪になったところで状況は変わらないだろうが、人間としての矜持が傍観を許さない。

 アリアだけはこれからもまっとうな日常を送って欲しい。


「アリア、もういいから」

「よくないよ! リルちゃん、このままじゃ……」


 ごく普通の学園生活を送っている中、突然呼び出しを受けたと思えば、この状況だ。

 何が起こっているのか理解ができないし、理解できないまま全てが終わるのだろう。


「……ふむ」


 校長が後ろに控える教師たちと、こそこそ話をしている。

 そして不敵な笑みを浮かべながら、道端の糞でも見るような表情で、判決を下した。


「ああ、たった今ノーザンスティックス家に問い合わせたところ、『リルフィ』という人間は存在しないそうだ」


 そうか、そういうやり方か。

 ここは王国貴族の通う学校で、貴族に大切なのは体裁。

 何一つ真実が存在しないこの裁判でも、つけられた汚名は家名の損失へ。

 親はノーザンスティックス家に泥が塗られる前に、私を切り離すことで守りに入ったのである。


 と、言うのが建前。

 国の中心から辺境まで、こんなにも早く連絡がいくワケがない。

 もっともらしい理由をつけて、冤罪の立証や弁解の余地など与えずに、今すぐに判決を下したいだけ。


 虚構の絶縁状を叩きつけられた私には、貴族のための魔法学校に在籍する権利はない。


「残念ながら、この学校は『平民』が通う場所ではないのだよ」


 校長がチリン、とベルを鳴らすと、学校付きの警備兵がわんさかと部屋に押し入ってくる。

 罪人は人間にあらずと言うかのように、突然殴られ、ふらついた隙に腕を縛られ、その縄を強引に引かれる。

 歩かなければ引きずられるだけ。

 アリアが追いかけてこようとしたが、別の兵士に阻まれる。

 偽りの法廷の扉が閉まった音で、私はもう終わりなのだと諦めた。




・・・・・・・・・・・




 ——リルフィさまが兵士に連行され、即席で作られた『法廷』の緊張が和らぐ。


「みんな、ご苦労様」


 素晴らしい演技だった。100点だ。

 ありもしない罪で一人の人間をこんな風に陥れるなんて。


 理屈なんてあったものではない。

 取ってつけたような冤罪が一つ、また一つと積み重なっていくうちに、絶望に顔を歪ませていく彼女の表情。

 思い出しただけで何回もイケる。


第三王女さま。少々、度が過ぎるかと……」


 リルフィさまのあの表情を脳内でなんども再生して楽しんでいると、校長と称される男がわたしに意見した。

 リルフィさまをあんなに苦しめておいて、よくもそんなことが言えたものだ。

 死んで謝ったって許されないこと。


 わたしは毒の魔法を唱え、ふざけたことを抜かす音源を消すことにした。


「うっ、かはぁっ……!」

「リルフィさま受けた苦しみはそんなものじゃない。あやまりなさい」

「もうし、わけ、ご……」

「喋んないで。この音がリルフィさまを傷つけたと思うと、虫唾がはしる」


 うう。トリハダがすごい。

 すぐに刃の魔法で男の首をきる。

 それだけではリルフィさまを貶めた存在が目に入って不快なので、さらに刃の魔法をなんども放つ。

 一回、二回、十回、百回。

 念入りに切断してミンチにする。

 一部の観衆は悲鳴をあげる。

 そういうやつも耳障りだからミンチの仲間入り。

 合い挽き肉の完成だ。


 臭いし液が飛び散ってきたないから最後には焼却の魔法で灰にする。

 粉末がわたしの中に入るのは気色が悪いので、集合の魔法でまとめあげ、遠投の魔法であっちの方に追いやる。

 わたしは掃除のできる女。

 少し勢いが強くて何人かのヒタイを貫通したけれど、そいつらもリルフィさまを罪人に仕立て上げた粗大ゴミ。

 今処分するか次に処分するかの違いでしかない。


 ああ、でもわたしは灰になってリルフィさまに吸い込まれてみたい。

 吸い込まれてリルフィさまの血肉となり、一生を遂げたい。

 リルフィさまが考えることを共有して、リルフィさまの全てを知り尽くしたい。


 おっと、まだ掃除の最中だった。

 早く終わらせてリルフィさまを迎えに行かないと。

 ちょうど目に入ったので、次はリルフィさまの被害者役を片付けることにした。


「窃盗損壊暴行? リルフィさまがそんなことをするわけないし、そんな力もないでしょ。うふふ」


 この学園において、リルフィさまは加害者になることはなく常に被害者だ。

 リルフィさまの所有物は当然のように盗まれ、壊され、リルフィさま自身にも故意の事故がふりかかる。

 魔力保有量が少なく地位も低いリルフィさまには抵抗するすべもない。


「そんなリルフィさまが愛おしい……!」


 この法廷にいるのは全て加害者。

 わたしは舞台を整えただけで、裁判自体は加害者達の脚本だ。


 あまりにもお粗末で退屈だった。

 これには罰を与えなければならない。


 リルフィさまの火球の魔法の被害にあったとの虚言があったので、叶えてやることにした。

 小さな火球を形成し、加害者達の穴という穴に押し込んでやる。

 目や耳や鼻や口。

 喉はすぐに焼け、うるさくならずとてもよい。

 火の息を吹きながらダンスをするのたうちまわる様は、愉快きわまりない。

 まあ、一瞬で終わったが。


「く、狂っている……!」


 誰かがわたしに向かってそう呟いた。

 そうじゃない。これは愛。

 彼女の全てを知りたいと思って、彼女と添い遂げたいと思って、セッティングしたこの舞台は、愛の結晶。

 愚民どもはこの尊い愛のかたちを壊してはならない。

 理解しなくてはならない。

 共感しなくてはならない。

 それを分かっている常識人を探そうと、あたりを見渡すが、誰一人として一般常識を身につけているものはなかった。


 なるほど。

 不要不要。


 わたしは加圧の魔法を唱えて、この場にいる生物全てを空気で潰す。

 個別にやっていたらきりがないので後は適当なのだ。


「リルフィさまぁぁぁっ♡ 今お迎えにあがります♡」


 終劇。

 プチプチ、ポキポキ、という拍手喝采を背に、血のレッドカーペットを踏んで役者わたしは舞台を後にした。

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