シーンC『いのちと聞いて思い出す話』
■ シーンC『いのちと聞いて思い出す話』
20歳を過ぎた頃からだっただろうか。私たちはお互いに、将来のことについて語り合う機会が増えた。
中でも家庭や子どもの話に花を咲かせることが多かった。輝彦は家庭的なことが得意なタイプで、子育てにも関心があるようだった。
何人子どもを産んで、どういう家に住んで、子どもにどういうものを買い与えて、休みの日には家族でどこに行って、習い事は何をさせて……、という話を、彼は目を輝かせながら口にした。
私も、どんな子に育てたい、自分はどういう親になりたい、などということを考え、彼に話すようになった。
若者の青い理想ではあったのかもしれないけれど、それでも彼の語る未来は、聞くたびに胸が躍った。
まだ籍は入れていないけれど、私は輝彦と一緒に歩んでいきたいと思っていた。
彼の話す願いを、私も叶えてみたかった。
*
一週間ほど前のある日。
普段は初詣にすら行きたいとは思わない私だけど、この日は神社に行ってお祈りをして、お守りを買ったりなどもした。
妊娠していたことがわかったのだ。
嬉しかった。やっと私たちの願いが叶えられると思った。
輝彦に電話をかけた。迷いはなかった。彼も喜んでくれると思っていた。
「は? 妊娠?」
嬉々として妊娠の報告をする私に返ってきたのは、驚嘆と侮蔑が混ざったような輝彦の声だった。
「そう。私と輝彦の子どもだよ!」
「おい待てよお前。俺は責任なんてとれないぞ」
怒鳴ってこそいないけれど、声にはたしかに怒りが込められていた。
「ちょっと、なんで怒ってるの? 子どもが産まれたら何がしたいとか、こんな家庭を作っていきたいとか、今までたくさん話してきたじゃん!」
「あれはもしもの話だろ!? 本気にしてたのかよ!」
何を言われているのか、わからなかった。輝彦がどうしてこんな口調になっているのか、理解できなかった。悔しさとショックで、頭が真っ白になっていた。
「もっとよく考えてくれよ」
「今の俺一人の稼ぎじゃ子どもは養えない」
「俺たちには子どもなんてまだ早い」
「俺は子どもの面倒なんて見ないからな」
「第一、俺たちまだ結婚もしてないだろ?」
輝彦が電話の向こうで冷たく言い放つのを、私は呆然と聞き流していた。
「とにかく、俺は知らない。その赤ん坊はおろしてくれ」
その言葉が聞こえたのが最後だった。電話が切れてから私がどうしたかは、よく思い出せない。
輝彦とはそれ以来、連絡がつかなくなってしまった。もちろん、直接会うこともない。
あれだけ二人で将来の展望を語っておきながら、いざ実際に子どもができたら、あっさり私を切り捨てたのだ。
両親にも一応話をした。案の定ではあったけれど、いい反応はしてくれなかった。
父からは何やってるんだと非難され、母からは子育てをなめるなと叱責された。それだけならまだよかったものの、輝彦は何て言ってるんだと訊かれたら、返す言葉がない。
彼氏には逃げられ、家族からは軽蔑される。
……それでも、私は。
その日、私は一人で泣いた。
赤ちゃんが産まれたら、したいことがたくさんあった。ほしいものもたくさんあった。私と輝彦と、産まれてくる赤ちゃん。みんなでこれから、幸せな家庭を築いていきたかった。
それなのに、私の願いは全部なくなってしまう……。
まだ大きくなってはいないけれど、たしかに新しい命が宿っている自分のお腹を撫でながら、語りかけた。
「ねえ、私のお腹の中の赤ちゃん、聞こえてる? せっかくもらった自分の命が、勝手に殺されちゃうのって、どんな気持ち? もし何かお願いできることがあれば、あなたは何を願うのかな?」
*
願いを
お腹の中の赤ちゃんだけを殺すなんて、私にはできなかった。
お腹の中のこの子と一緒に、私も死のう。
そう決めて、私は線路に身を投げ出すことにしたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます