第四節・第五話
――どんな最期を迎えるか。
母の死後、学校にも行かず考えていた。
最低限の食事だけ摂って、窓から覗く空を見ながら、思い馳せる日々。
一応、独り身になった私のもとに保護や里親の話もきたけれど、全て適当に受け流していた。ずっと誤魔化し続けるのは難しいだろうけど、ほんの数日でも空白が生まれればそれで十分。
まず求めたのは、死に場所だった。
思い浮かんだのは、茉代。
母が生まれ、そして帰れなかった場所。
図書館に通い、未練のように茉代について調べているうち、近年地元の中学校が廃校になったことを知った。
茉代中学校、おそらく母も通った学校。
ここしかないと思った。
そして私は、廃校での生活なんてものを真剣に考え始めた。
ネットで情報を集めて、必要な物を残ったお金で買い集めて。
誰も知らない、私だけの廃校生活。
そんなものを夢想した。
暗く、冷たい廃墟の中に、私だけがいる光景。
誰も苦しめず、ただ静かに横たわる日々。
一日一日、死体に近づく日々。
きっと、それが私の得られる、一番綺麗な終わり方……。
――でも、その景色を心の中で思い描いても、空ろなままで。
一人じゃ意味なんかなくて。
結局私は、最後の願いからすら逃げ出してしまった。
せっかくの準備も段取りも無駄にして、学校の屋上を目指した。
誰もいない屋上で。
空を見て、落ちて、潰れる。
それがいい、そう思ったんだ。
早朝、まだ誰も登校していないような時間に学校へ向かう。
まず職員室へ向かって、部室の鍵を借りる。
忘れ物を取りに来ました。
そんな理由で、応対してくれた先生は納得し鍵を渡してくれる。
朝早かったから顧問の先生も、クラスの担任もいないのは幸いだった。もし出くわしてたら面倒なことになっていたかも。
数回しか入ったことのない天文部部室に入る。
部室はだいたい六畳程度の広さで、中央に長テーブル、壁際に資料や備品の収められた棚が置いてある。そして壁には何本かの鍵が吊るされている。
そこから「三号館屋上」というシールの貼られたものを持ち出す。
あまりにも呆気なく、準備が整ってしまった。
失敗したらまた別の場所でやり直そうと思ってたから、ちょっと拍子抜け。
あとはもう、屋上から飛び降りるだけ。
朝練の声も聞こえない、静寂の校舎を歩いて、屋上へ向かう。
ゆっくり、ゆっくり階段を上ったのに、あっという間に辿り着く。
鍵は普通に鍵穴にはまって、当然のように開錠してしまう。
扉を開ければ、そこは屋上。
空が建物に遮られて、ちょっとだけ窮屈な屋上。
屋上を囲むフェンスを乗り越えてしまえば、あとはもう終わり。
……でも私は踏み出さず、そこから背を向ける。
実行する前に、顔を洗いたかった。
呼吸を整えて、トイレも済ませて。
いろいろ言い訳しながら、近くのトイレに入る。
恐かったんだ。
こんなに簡単に死ねることが。
なにも叶わないまま死ぬのが。
無意味に死んでしまうのが。
その朝、何度も何度も私はこの自殺が失敗する様を思い描いた。
先生に止められたら。
部室に誰かがいたら。
鍵がなかったら。
クラスメイトと会ったら。
屋上がなにかの事情で封鎖されてたら――――。
そういった「もしも」がきっかけで死が遠のくのを、無意識に期待してた。
でも実際にはうまく事が進んでしまって。
さあ、もう死ぬだけだぞ、って時に怯えてしまっている。
どこまでも臆病で、意志の弱い私。
かといってこれからも生き続けるのは恐くて。
震える足を運んで、もう一度屋上に戻った。
けど、そこで予想外の出来事が私を迎える。
さっきまで確かに誰もいなかったはずの屋上に、男の子がいる。
制服からして、同じ学校の生徒。
彼はフェンスに手をかけてうつむいている。こっちには気づいてないみたい。
どうして。
私の胸は緊張と期待で苦しくなる。
なんで、さっきまでいなかったのに。
……ああ、そっか、離れてる間鍵開けっぱなしだったから、それで入れたんだ。
でも、これで今日は死ななくて済むんだ……。
そんなことを心の中、呟く。
彼に気付かれないうちに引き返そうとすると、男の子の方から水音が。
なんと、彼は嘔吐していた。
さすがに少しびっくりして、思わず様子を見る。
その時になって、ようやく私は、彼が泣いていることに気付く。
彼は苦しそうにえづきながら、喉も涙も枯らさんばかりに泣いていた。
時折、フェンスを拳で叩きながら。
やがて私の耳に、彼のボロボロな言葉が届く。
――いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。
――なんで、なんで、なんでだよ。
――なんで俺が。
――死にたいかよ、ふざけんな。
――やだ、やだ、やだ、やだ…………。
彼が誰かも知らないけれど。
なんで、そんな苦しそうなのか分からないけれど。
その姿を見ていると、なんだか。
それは、私の心を代弁しているように見えて。
望んでこんな死に方するんじゃないんだって。
本当はもっと別の生き方をしたかった。
幸せに生きたかった。
そう言ってくれてるみたいで。
もう、これが私に与えられた、最後のチャンスだと思って。
私は、前葉君に声をかけた。
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