第四節・第四話
早朝、居間の扉を開けると、目に入るのは吊るされた母。
全然綺麗じゃない、母の死に様だった。
私はずっと、それを見ていた。
止まったように、ぶら下がった母を見上げていた。
母に訊きたかったことも、伝えたかったことも、謝りたかったことも。
なにも届かないまま、終わってしまった。
やがて、警察に通報しなければと思い立ち、力の入らない足で立ち上がった時、テーブルの上に遺書を見つけた。
きっとそこには、母が遺した、最後の言葉が記されている。
それを目にした私は、さっきまでの茫然自失が嘘みたいに、糸で手繰られるようにゆっくり足を運ぶ。
静かに遺書を手に取って。
母の亡骸の傍で、遺書を読んだ。
そこには、私の知らない母がいた。
そこでは、私の罪が告発されていた。
私は、最低な形で生まれた命なのだと知った。
私こそが、母の人生の不幸と理不尽、その権化だった。
私は望まれた命ではなかった。
私を孕まされた、その時から母の人生は狂い始めた。
戻る家もなくなった母。
女一人、子を宿しながら生きるその地獄。
何度も中絶を考えながらも、とうとう最後まで良心の
自分の産んだ子供を愛することができない、そんな自分が嫌いだったこと。
日に日にかつての自分に似てくる娘を見ていると、過去を思い出して狂いそうで。
それでも堪えて生きたけれど、娘の一挙手一投足が、まるで自分を責めているように見えて。
遂には親として最低な振る舞いをしてしまって。
こんな、娘を殺しかねない自分が生きているのは罪だと思い、命を絶ったこと――――。
そんな、呪われた人生が、あまりにも簡素な言葉で綴られていた。
遺書の最後は、こう締めくくられる。
“椎名。”
“不幸なあなたを、私は最後まで愛してやれませんでした。”
“ごめんなさい。”
私は、鵠椎名は。
生まれ方を間違えたんだ。
――その日から、私は生きるのが恐くなった。
とうに壊れてしまった私の世界。
きっとまた狂い始める、私の世界。
なにもかもが間違っていた、私の世界。
警察の聴取を受けている間も。母がいない、私だけの部屋で横たわる間も。
考えていたのは、幸せに死ぬことだけだった。
自らの意思で、最期を彩る。
それだけが、私の望みで。
それ以上は、必要なかったんだ。
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