第二節・第四話

 おぼろで寂しい室内天体観測を満喫した頃には、日も傾き始めていた。

 そろそろ風呂に向かわないと、帰りが遅くなってしまう。

 そういうわけで前日同様、風呂支度をして廃校を出た。

 今回も昨日同様、隣町への行き帰りで特にどうということは起こらなかった。

 通常なら略筆で済ませてしまうところだが、一点だけ取り上げておこうと思う。


 廃校から茉代ましろ駅へ向かう道中、昨日と同じ道を歩いていると、初めて地元民と出くわした。

 いや、正確には雑貨屋の婆さんに次いで二人目か。

 ともかく出会った場所はとある民家の前で、家自体は木造だが立派な代物であり、別段劣化や補修の跡も見受けられなかった。狭い道路を挟んで赤い丸型ポストが立っていたのが印象に残っている。

 そんな家屋の前で、ある一人の少年がサッカーボールでリフティングをしていた。

 その少年はおそらく小学四、五年生程度の背丈で、髪は短めに切り揃えてあった。 いわゆるお坊ちゃんヘアーというやつだ。その彼が短い脚を懸命に上げ下げしてリフティングを試みているのだが、素人目に見ても決して上手いとは言えなかった。  二、三回は連続して宙に維持できるのだが、四回目には必ずボールを彼方へ飛ばしてしまう。

 下手なくせに、飽きもせずそれを繰り返す。退屈そうな表情で。

 歩いていく鵠と俺が近付いてくると、見慣れぬ人間に気付き、彼はリフティングを中断した。

 わずか二秒ほど逡巡しゅんじゅんする様子を見せた後、彼はお辞儀することに決めたようだ。どうにも臆病な目をしていた。

「頑張って」

 すれ違いざま、鵠が彼を励ます。

 相手は子供なのに、俺には声をかけるのがどうにも恥ずかしく、顔の横で拳を一つ作り、地味なエールを送るに留まった。

 赤の他人に応援されるとは予想外だったのか、少年は目を丸くし、なにか口の中でもごもごとさせた。最終的に彼は、黙って再度お辞儀をした。


 まるでなんということのない、取るに足らない数分間の出来事であった。

 少年の境遇も、その後の人生もなに一つ俺は関知していない。

 ただ、その少年が、家庭や学校で苛められていなければいい、弱くても健やかに、そして優しく生きて、死ぬ時は安らかであってほしい。

 そんな他人事を抱いた。


 背後からは、再びボールを蹴り上げる音が聞こえてくる。

 五回目に繋がったかは、憶えていない。

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